マネジメント

 日本の新たなリーダーを育成することを目的に、松下幸之助氏が1979年に創設した松下政経塾。幸之助氏が当時思い描いていたのは、高い志を持った政治家の育成、そして自民党に取って代わることができる保守政党の創出だった。

 民主党政権で内閣総理大臣を務めた野田佳彦衆議院議員は、松下政経塾の第1期生だ。幸之助氏が当初理想としていた政治がどこまで実現できたかはさて置き、「地盤・看板・カバン」に頼らない政治家を多数輩出し、卒業生が国のトップを務めるまでになったという意味では、その理想の一部は実現できたと言っていいだろう。

 野田氏に政経塾から学んだこと、政治家として、これからなすべきことについて語ってもらった。

 

松下政経塾では自らカリキュラムを組んで実践

 

野田佳彦

野田佳彦(のだ・よしひこ)
1957年千葉県船橋市生まれ。80年早稲田大学政経学部卒業後、松下政経塾に入塾。卒塾後、千葉県議会議員を2期経て、93年衆議院議員初当選。2009年民主党菅直人内閣で財務副大臣、10年・財務大臣を務める。11年・第95代内閣総理大臣に就任。12年民主党最高顧問。

-- 早稲田大学を卒業してすぐに松下政経塾に入ったとのことですが、どういうきっかけだったのでしょうか。

野田 学生時代はメディア志望で、政治部の記者としていずれは立花隆さんのような形で政治にかかわる仕事がしたいと思っていました。就職活動の時期にたまたま政経塾の第1期生募集を知り、パンフレットを取り寄せてみました。単なる座学ではなく、体験も含めて、将来の世直しのリーダーをつくるとそこに書かれていて、何となく惹かれて応募したんです。

-- 何となくという感じだったんですか。

野田 何となくです(笑)。応募したら割と順調に進んで、最終面接で松下幸之助さんとお会いしました。

-- 幸之助さんの印象は。

野田 立志伝中の人物なので、お会いできたこと自体がうれしかった。ただ、確かに笑顔でしたが、目が笑っていない。鋭く射抜くように、すべて見抜いてやろうという目でした。あと、耳が大きくてぴんと立っていてしかも相手に向いているので、一言も聞き漏らすまいという様子に見えました。

-- どんなことを聞かれたんですか。

野田 「親族に政治家はいるか」と聞かれて「いません」と答えたら「ええな」と言われて、「お金持ちか」と聞かれて「中の下ぐらいです」と答えたら「なお、ええな」と言われて。何がええんだろうかと思いましたが(笑)、要は「地盤・看板・カバン」がなくても、自分の志で道を切り拓いてほしいということだったのでしょう。

野田佳彦-- 政経塾では、自分でテーマを決めて活動する実践課程が中心とのことですが、どんなことに取り組んだのですか。

野田 卒業まで5年あったので年次によって全然違いますが、まず、自分でカリキュラムを作るように言われました。小学校からずっと受け身の教育を受けてきたので、驚きました。「君たちは僕より知識があっても、足りないのは知恵だろうから、それをどうすればいいか考えなさい」と言われて、エライところに入ってしまったなと。

 私自身は地方政治家からスタートしようと思っていたので、地方自治や教育分野の勉強など、いろいろやりました。例えば、地域の課題を勉強するために、プロパンガス業者のガス漏れ検診を手伝う傍ら、各家庭でお喋りをしながらどんな問題があるのか聞いて回ったりもしました。

-- 幸之助さんの教えで印象に残っていることは。

野田 鮮烈に覚えているのは、家康と秀吉と信長のリーダーシップの比較で「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」「鳴かせてみせようホトトギス」「殺してしまえホトトギス」という3つの類型がよく使われますが、ある塾生が、「松下さんはどれが一番自分に近いか」と尋ねたんです。すると、即答で「3つとも違う」と。答えは「泣かぬならそれもまた良しホトトギス」だと仰ったのです。禅問答みたいですが、そういうやりとりにも、非常に刺激を受けましたね。

-- 自主性に任せるところが、逆にもの足りずに辞めていく人もいたらしいですが。

野田 第1期は23人入って、卒塾したのが19人。皆、それぞれ葛藤はありました。卒業しても何か資格が取れるわけではないし、開塾した昭和55年頃というのは、終身雇用、年功序列の時代で、卒塾後にどこか大企業に入ろうとしても壁がある。企業に就職した人たちは、私たちが卒業する頃には会社でやりがいのあるポジションに就いていたり、結婚したりしていたわけですから。不安になって、天井を仰いで夜眠れないという経験を誰もがしました。

松下政経塾の卒塾式

松下政経塾の卒塾式(左端が野田氏)

 

松下政経塾は続けていくべき

 

-- 幸之助さんの理想の1つに「無税国家の実現」というものがありましたが、野田さんは首相時代に消費税増税の決断をされました。そこで葛藤はなかったのですか。

野田 それは、常にありましたね。とはいえ、無税国家が語られたのは昭和50年代の前半。その頃は日本の財政状況は今よりはるかに良くて、税収と歳出の差はそれほどなかった。

 私が財政をお預かりする立場になった時期は、入ってくるお金が右肩下がり、出ていくお金が右肩上がりで、そんな時にいきなり無税国家と言っても無理な話です。財政健全化の道筋をきちんと辿って、2020年までにはプライマリーバランスを黒字化することで、ようやく債務の山を下げるためのとば口にたつことができる。無税国家の話が現実味を帯びるのはそれからです。もちろん松下さんの理想は意識していましたが、私の役割は、無税国家を実現するための、ずっと前の地ならしだと思っていました。

-- 実際に政治家になって役立った教えはありますか。

野田 政経塾の塾是である「五誓」の中に、「素志貫徹」という言葉があります。常に志を持ち、懸命に成すべきを成すならば、道は必ず開けてくる。成功の要諦は、成功するまで続けるところにあるという意味です。

 これを若いころ毎朝唱和してもなかなかピンとはきませんでしたが、その後政治活動を始めて、毎朝、津田沼や船橋市内に立ち続けて街頭演説するわけです。私の場合は、これを25年ぐらい続けたわけですが、そのうちにだんだんと諦めずに続けることの尊さが分かってきました。落選して浪人した時も、この言葉が自分の支えになっていましたね。

-- 政経塾への今の思いを。

野田 時代に応じて役割は変わるかもしれませんが、これも、まさしく「素志貫徹」で続けていくべきだと思います。

 私が塾生だった時代は創設期ですから、県議会議員になるのも大変でした。その壁を破って、世襲や官僚出身以外にも、政治家の人材供給ルートを拡大したという点で、先駆的な役割を果たしてきたと思います。

 松下さんの想いに応えるまでの実績はまだ出せていないかもしれませんが、政経塾をつくって良かったと、天国から思っていただけるような仕事をするしかないと思います。

(文=本誌編集長・吉田浩 写真=葛西龍)

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