文化・ライフ

 政府は6月24日、「骨太の方針」とともに規制改革実施計画を閣議決定した。アベノミクスの要となる規制改革の目玉の1つが医療における「岩盤規制」の切り崩し。自由診療が進めば、わが国が誇る国民皆保険の崩壊が始まる懸念もある。

“混合診療拡大”の波紋 「例外」規定で徐々に切り崩し

 「困難な病気と闘っている患者の方々にとって、病気克服の励みになると確信しています」。安倍晋三首相は混合診療の拡大が患者のためになり、成長戦略のカギにもなるとした。

安倍首相

混合診療拡大をもくろむ安倍首相

 政府の規制改革会議(岡素之議長・住友商事相談役)が6月13日に安倍晋三首相に提出した第二次規制改革答申に盛り込まれた医療改革の中で、混合診療を進める「患者申出療養」制度導入を「医師が治療の内容や安全性・有効性などを患者に対して十分説明し、患者が理解、納得した上で申し出ることを前提とする」と規定した。

 混合診療の拡大につながる同制度は、国内未承認医薬品を自由診療で早期に使えるようになる。健保や国保などの公的な健康保険が効く保険診療と、適用されない自由診療を併用しても、医療費の自己負担は自由診療部分のみとする。次期通常国会に提出され、2015年度にも始まる見通しだ。

 しかし、日本医師会は「自由診療でないと患者を救えない治療は現時点では非常に少ない」(横倉義武会長)と反対の姿勢を崩していない。「使いたいけれど使えないもの(医薬品や医療機器)はそんなにない」(日本病院会の堺常雄会長)。両会長とも制度自体は認めるものの、医療者側からは実際にどのようなニーズがあるのかについて未知数と見る。

 日本の医療保険制度の大原則は、病気やけがに対して必要な治療をまるごと提供するということ。根底にあるのは生存権を保障した憲法25条だ。国と保険者が、国民に必要十分な医療を提供する責任を負うのが国民皆保険制度。国民すべてが加入し、収入に応じて保険料を納め、病気をしたときは少しの負担で治療を受けられる。

 混合診療の導入のきっかけとなったのは01年の米国の「年次改革要望書」だ。小泉政権で総合規制改革会議は同年12月に混合診療の全面解禁を求める答申を行った。しかし、厚生労働省と医療団体はこぞって反対、国会で「皆保険制度は守る」という決議で日の目を見なかった。

 第2ラウンドは04年4月に始まった。名称が変わった規制改革・民間開放推進会議は、規制改革の目玉として再び混合診療解禁を提言した。そして06年6月、小泉政権の下で、「混合診療の禁止」の「例外」を設ける医療制度改革が成立した。

 「例外」とは特定療養費で、事実上の混合診療の部分解禁だった。特定療養費として認められているものの1つが「高度先進医療」といわれるもの。例えば、心臓や肝臓の移植は「特殊な先進医療」として保険が効かないが、大学病院など先進医療を行う一部の病院ではできることは保険で行い、後は患者の負担か大学の研究費で治療を行っている。事実上の「混合診療」だが、例外として認められている。

 特定療養費には、もう1つある。患者の選択で自費との併用を認めるというものだ。歯科医にかかると保険が効く材料と効かない材料があるように、効かない材料でも保険診療の中で差額を払って使って良いことになっている。

 さらに、02年からは入院が180日を超えると、保険から病院に支払われる入院基本料が15%カットされた分を特定療養費(差額)として徴収していいということになった。患者が自分で選択できない内容まで自費負担となった。

“混合診療拡大”の波紋 保険会社にビジネスチャンス到来か

 解禁反対派は「お値段しだいで、松竹梅の三段階の手術方法がありますが、どれを選択しますか? などという話が起きかねない。米国では既にそうなっている」と言う。自由診療が基本の米国では、富裕層は高額の医療費に備えて保険会社と契約している。また、「いくら金が掛かるのか分からない保険外の治療がどんどん増えると、株式会社が優秀な医者と高い機械を集めて病院を開き、米国で開発された先進医療で『お金は掛かるけれど治りますよ』と宣伝するということも起きる。金持ちはそこに行って治せるけど、お金がないとあきらめるしかない」と話す。

 これに対し、規制改革会議の健康・医療ワーキング・グループ座長の翁百合・日本総合研究所副理事長は、「現行の評価療養で救えない患者を救えるようにしようというもの」と反論する。また、「所得の低い人にもメリットがある。先進医療部分は自己負担だが、そのデータが保険適用の増加に結び付く」と弱者救済にもつながるという。

 しかし、がん患者のうち、公的医療保険ではカバーされていない医療の利用者は半数近くを占め、その医療費は総額1兆円弱と推計されている。国民の2人に1人が罹患するがんの治療薬すべてを公的保険の対象とすれば保険財政は破綻する。民間保険で対応するしかなく、生命保険会社や損害保険会社は「大きなビジネスチャンス」(佐藤義雄生命保険協会会長・住友生命保険会長)と意気込む。

 民間医療保険市場は50兆円にも及ぶ総医療費の2・4%にすぎない。混合診療が進めば市場は急拡大することは間違いないだろう。

(文=ジャーナリスト/沖田 健)

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

社員17人で41億円を売り上げた社長が語る「中国で越境ECを成功させる秘訣」―栖原徹(ピルボックスジャパン社長)

今や米国と並び、世界最大級の消費市場となった中国。その中国で爆発的なヒットを飛ばしているのが健康食品・サプリメントなどの越境ECで展開するピルボックスジャパンだ。同社を率いる栖原徹社長に、中国市場で成功するための秘訣を聞いた。(取材・文=吉田浩) 栖原徹・ピルボックスジャパン社長プロフィール…

栖原徹・ピルボックスジャパン社長

意思決定の効率化を実現しデータ活用に革命を起こす―インティメート・マージャー

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

 企業経営者にとって「理念」や「志」が大事とはよく言われるものの、今一つピンと来ない向きも多いのではないだろうか。成功した経営者がいくら精神面の重要性を説いても、日々の現実と格闘している経営者にとっては、ただの綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれない。 それでも、ビジネスを成功させるために最も大切なのは「志」だと…

立志財団

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

アスリートのセカンドキャリア問題に真正面から取り組む―中田仁之(一般社団法人S.E.A代表理事)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年3月号
[特集] 令和女史のリーダー哲学
  • ・元谷芙美子(アパホテル社長)
  • ・石黒不二代(ネットイヤーグループ社長)
  • ・小巻亜矢(サンリオエンターテイメント社長)
  • ・石渡美奈(ホッピービバレッジ社長)
  • ・戸田泰子(理化電子社長)
  • ・吉本新喜劇で初の女性座長は「イキらず、驕らず、高ぶらず」の支えるリーダー
  • ・敏腕ヘッドハンターが語る リーダーに求められる力は使命感に裏付けられた勇気
  • ・本と映画に学ぶ女史たちの生き様
[Special Interview]

 橋本聖子(女性活躍・東京五輪・男女共同参画担当大臣)

 女性が輝く新時代へ 政治家もOne Team

[NEWS REPORT]

◆CESでコンセプトカーを発表 ソニーが自動車メーカーになる日

◆アマゾンと提携したライフ 新規顧客獲得は成功するのか

◆ゴーン被告逃亡の影響は? 内田誠・日産新社長の前途

◆血液によるがん診断で日本の医療費は高騰する

[特集2]

 スタートアップ!関西

 日本の起業家たちが関西に注目する理由

ページ上部へ戻る