マネジメント

人材確保の現実 1人の求人に10倍の応募

 今や都市部の飲食店ではアルバイトの時給1千円はザラ。深夜帯であれば1300円以上というところもある。それでも人が集まらず、24時間営業の店で開店できない時間帯が発生したり、閉店を余儀なくされたりするケースも出てきた。

 人が集まらない理由として、外食企業の一部で過重労働が社会問題化し、業界全体にブラックなイメージが定着してしまったことも否定できない。人手不足は多くの外食企業に深刻なダメージを与えている。

 そんな業界にあって、時給は相場レベルながら「1人のアルバイト募集に対して大体10倍の応募があります」と言うのは、居酒屋「塚田農場」「四十八漁場」などを運営するエー・ピーカンパニーの大久保伸隆副社長だ。

大久保副社長

「媒体に頼らない採用活動」を進める大久保副社長

 「人材確保のため各社が取っている対策は大きく3つあります。1つめが機械化による省人化、2つめが時給アップや報奨金を出すなどお金をインセンティブにすること、3つめが働くことの付加価値を高めること。ウチが取り組んでいるのは3つめです」

 大久保氏によれば、お金をインセンティブにするやり方は短期的には効果を生むが、時給の引き上げには限界があるため、長期的に見れば結局は離職が増えるという。

 だが、ほとんどの企業がこうした施策を取ったため、結果的に求人情報誌やウェブサイトなどの媒体が力を付けることになってしまった。求人情報の掲載コストは効果に関係なく以前の3〜4倍に跳ね上がり、実績に応じて報酬を支払う採用課金の金額も同様に吊り上った。人が集まらない上に採用コストも上がるという、企業側にとっては何とも頭の痛い状況だ。

 そこで大久保氏が考えたのが、仕事に金銭以外の価値を加えることで人を集め、なおかつ離職を減らすことだった。

 まずは採用したアルバイトに対して最低10時間の研修を行い、会社の理念に共感を持ってもらうことに努めた。そして、現場における成功体験。エー・ピーカンパニーには、「ジャブ」と呼ばれる顧客満足のためのサービスを従業員自ら考案、実践できる制度があり、これがやりがいの向上につながっている。

 「ウチはもともと従業員満足度を大切にしているのですが、それには精神的価値と経済的価値があります。経済的価値だけを重視するという考えが、もともとウチの会社にはなかったんです。お金をインセンティブにすると目的がそれだけになってしまい、お客さまを満足させる、人のために何かするという部分がおろそかになります」

 ただ、これらだけで長期にわたってモチベーションを維持させるのは難しい。そこで考えたのが、もっと従業員のために役立つ施策を導入すること。それが、アルバイト全体の6割を占める大学生の就活支援だった。

20140805_Tokushu_5_01

エー・ピーカンパニーの戦略 就活ができるアルバイト

 大久保氏が着眼したのは、企業側と大学生側が抱えている情報格差。大手エージェントの求人媒体には限られた企業の情報しかなく、競争率が高い大手企業に人気が集中してしまう。企業側も、媒体への掲載料などで採用コストは上がる一方だった。

 これらを解決するため、大久保氏自らアルバイト従業員向けの就職セミナーを開いた。就活のポイントについて大久保氏が自らセミナーを行ったほか、さまざまな業種から企業説明会に参加してもらうなどもした。就職活動しながらアルバイトできるということで、離職を減らすことに成功。この取り組みはテレビ番組などでも紹介され、両親から薦められて塚田農場でアルバイトするようになった学生もいる。実際に、前回大久保氏のセミナーに出席した大学生からは、多くの内定をもらったという声が寄せられている。

 「終身雇用の崩壊で従来の価値観が多様化し、学生の仕事に対するインセンティブがより精神的なものに向かうようになりました。そのため、企業と学生の価値観を徹底的にすり合わせることが大切で、これができないと入社後に離職率が上がってしまいます。ほとんどの就職セミナーはテクニック中心で内定がゴールになっていますが、本当は入社して何をするかがゴールなんです」

 話を聞いていると、まるで就職エージェントのようだが、こうした発想の原点について大久保氏はこう語る。

 「結局、媒体に頼っているうちは採用コストが下がらないし、そのぶんアルバイト従業員に投資したほうがいいと思ったんです。今後も媒体に頼らない仕掛けをいくつか考えています」

 これら徹底した従業員サービスがさらに知られるようになれば、外食業界のイメージを変えることになるかもしれない。

(文=本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

チェ・ゲバラに憧れた10代起業家が目指す「働き方革命」― 谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長

高校中退、ITスキルなしの17歳の青年が立ち上げた会社が、わずか2年で利用企業約500社、ユーザー約6万人のアプリを運営するまでに成長している。「世の中を変えたい」という思いを原動力に突っ走る谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長に話を聞いた。(取材・文=吉田浩)谷口怜央氏プロフィール…

Wakrak(ワクラク)社長 谷口怜央氏

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年7月号
[特集] 素材の底力〜世界をリードする素材産業〜
  • ・素材のイノベーションが日本経済をリードする
  • ・化学工場 企業ごとの特色も鮮明に存在感増す化学素材
  • ・電気自動車普及が始まる車載バッテリーの覇権戦争
  • ・炭素繊維 市場を開拓してきた日本が技術的優位を保ち続ける法
  • ・「鉄は国家なり」の時代を経て問われる「日の丸製鉄」の競争力
  • ・経産省 日本の素材産業が世界をリードするための3つの課題
  • ・就職人気は下位に低迷でも焦らない素材メーカー
[Special Interview]

 日覺昭廣(東レ社長)

 「長期的視点で開発するのが素材企業のDNA」

[NEWS REPORT]

◆営業利益率10%突破 ソニーならではの「儲けの構造」

◆日本初の民間ロケットが宇宙空間に到達

◆携帯参入まであと4カ月 国内4番手「楽天」の勝算

◆日産・ルノーが直面する「経営統合問題」長期化の落とし穴

[Interview]

 「君は生き延びることができるか」──ガンダム世代が歩んだ40年

 常見陽平(評論家・労働社会学者)

ページ上部へ戻る