マネジメント

 求人数が増えると3Kと評されるような職種から労働力が流出してしまう傾向にある。新幹線の清掃業という、世間でいう「3K」の業種ではあるものの、そこに「生きがい」「誇り」を植え付けることに成功した企業がJR東日本テクノハートTESSEIだ。同社は今、ハーバードビジネススクールに教材として取り上げられ、海外メディアからも注目される存在となった。このような社風はいかにして作られたのか。改革の先導役であった矢部輝夫氏に聞いた。

 

矢部輝夫・JR東日本テクノハートTESSEIおもてなし創造部顧問プロフィール

 

矢部輝夫

矢部輝夫(やべ・てるお)1966年、日本国有鉄道入社。安全対策部課長代理、運輸車両部輸送課長、立川駅長、運輸部長、運輸車両部指令部長などを歴任。2005年鉄道整備(12年にJR東日本テクノハートTESSEIに社名変更)取締役経営企画部長に就任。11年に専務取締役。13年に退任後嘱託としておもてなし創造部部長、14年に同部顧問。著書に『奇跡の職場 新幹線清掃チームの“働く誇り”』(あさ出版)

 

 

矢部輝夫氏のマネジメント① 職場を「新幹線劇場」に

 同社は1952年、鉄道整備株式会社の社名で設立。JR東日本に11ある清掃関連子会社の1つで、新幹線車両および東京駅などの新幹線駅構内を請け負う。

 中でも新幹線車両内清掃は時間勝負の仕事だ。新幹線の折り返し停車時間は12分、乗客の乗降時間を差し引いた7分間で1人当たり100席を担当する。

 同社のスタッフが清掃する座席、テーブル数は1日に約12万席ある。年間約5千万席に上るが、クレームは年間5件程度だという。

 矢部氏は2005年に同社の取締役経営企画部長に就任した。当時のTESSEIは事故やクレームも多い、グループ内で「評判の悪い」企業だった。従業員のパート率58%。その半数は入社して1年未満と入れ替わりが多く、仕事のノウハウを伝え、サービスの質を保つことも難しかった。

 この状況を打破するべく、矢部氏は改革に乗り出した。

 当時、同社で講じられていた対策は徹底した「管理」だった。ただでさえ人が好まない仕事に携わる現場の従業員を抑圧し、徹底したルールと規律を求める手法を繰り返していた。そこでまず、真の意味で従業員を大切にすることから始めた。

 「よく『お客さま満足度を向上させよう』と言いますが、それを生み出すのは現場です。当社では清掃活動を『新幹線劇場』と呼んでいます。これはお客さまが主役で、私たち従業員が脇役となって、一緒にこの場所で素晴らしい思い出を作ろうという意味合いです。お客さまの満足感は従業員に満足感がなければ生み出せません」

 そもそも、この「従業員満足」とはどのようなものなのか。矢部氏は次のように説明する。

 「従業員満足とは従業員を甘やかすことではありません。どんな職業でも、そこに自分の役割、存在意義を見つけて、生き生きと働いてもらうことです」

 矢部氏は従業員満足度を高めるためにまず、本社の「従業員支援力」を備えるところから始めた。従業員の身分保証、生活の安定を図ることを目的に20年までに社内のパート従業員率を30%にまで下げる方針を掲げる。JR東日本の反対を押し切り、1年以上のパート勤務を経た従業員は誰でも正社員登用試験を受けられる制度を導入した。

 現在パート従業員は全体の46%にまでなった。今でも厳しい職場環境に入社後すぐ脱落してしまう人もいるが、その数は少なくなってきているという。

 

新幹線を迎える従業員

新幹線を迎える従業員。この後7分間の“劇場”が開幕する

矢部輝夫氏のマネジメント② 成功体験を共有するエンジェルリポート

 

 矢部氏はもともと安全畑の人間だった。66年に旧国鉄に入社。電車や乗客の安全対策を専門に、安全対策部課長代理、立川駅長、運輸部長、運輸車両部指令部長などを歴任してきた。清掃業という分野の違うTESSEIで、矢部氏の経験が生かされた。

 「安全対策を講じても、事故が起これば終わりです。重大事故が起こる前に、軽微な事故を食い止めようとするのですが、同じようなミスは繰り返し起こります。その時、どのような対策をしていたか並べてみると、同じ対策があるんです。ということは、その対策は効果がないということです。だったら、ほかの対策をやらなければいけない。これを前職では繰り返していました。TESSEIでは従業員を管理するということは効果がなかったので、全く違う手を考えました」

 こうして矢部氏は、従業員が生き生きと働ける職場にするという1つの目標につなげるために、手当たり次第にさまざまな取り組みを行った。

 いかにも清掃員であることを主張するような制服をスタイリッシュに変え、「コメット」と呼ばれる従業員のリーダーを作った。

 さらに従業員の指導役であるインストラクターと公正に評価を行う役割を持つチューターを導入。現場で見つけた改善点を意見する発表会などの機会も設けた。

 会社の従業員支援力を高める活動の中でも、効果があったのは「エンジェルリポート」だ。

 社内で選ばれた30人の主任が良い行いをした従業員をリポートし、それを本社がまとめて発行する。このリポートをもとに、従業員を褒賞、表彰を実施する仕組みも作った。良き行いを認め、社内全員で共有することで仕事に対するやりがいや誇りにつなげるためだ。

 「Aさんが道に迷ったお年寄りを案内した」「Bさんがコンコースで飲み物をこぼした乗客に対して素早く対応していた」など、リポートは1万6千件になった。

 「当初は『当たり前のことをやっているのに、なぜ褒めるか』と言われたこともありました。

 100人のうち1人が行ったことが事故やクレームにつながることがあります。多くの経営者はこれをなくすために必死になりがちですが、本来このTESSEIを支えているのは残りの99人です。その人たちが地道に当たり前のことを当たり前のようにやってくれるから会社が成立しています。

 だから、当たり前のことを褒める必要がないと言うのは違うと考えます。平凡な人に非凡なことをやらせるのは難しいこと。平凡な人が平凡なことをちゃんとやる。それが大きな力になるんです」

ベビー休憩室

現場の提案で設置されたベビー休憩室を清掃する従業員

 従業員は清掃業務という受託された仕事を淡々とこなすだけではなく、利用者に新幹線を通した「よい思い出」を作ってもらうためにもてなす役割と、新幹線利用者の大半を占める「サイレントカスタマー」の代弁者としての役割も担うようになった。

 乳児を連れた利用者が休めるようにベビー休憩室の設置や、新幹線内に女性専用トイレを作ることなども提案し、実現した。こうした成功体験を積み重ね、着実に従業員は仕事に誇りを持つようになった。

 これらの取り組みも、矢部氏が入社した当初は受け入れられないことも多かった。

 例えば、新幹線の座席にあるテーブルを拭くのも当初はなかった作業だ。目視のみで汚れを見落とし、クレームにつながることもあった。

 矢部氏はテーブルを開けたついでに拭く作業も組み込むことを提案した。しかし限られた清掃時間にひと手間加えることは不可能だと突き返された。

 2年ほどたち、ある従業員が作業を試したところ時間内に作業を終えられることが分かった。その時のことを矢部氏はこう振り返る。

 「改革が進まない4つの理由があると思います。まず、改革をしなければいけないということを従業員が認識していない。2つ目は、改革が面倒くさくて人も組織も動かない。3つ目は改革によって発生するリスクが怖くて乗りだせない。しかし、何より大きい要因は、改革の先導役が気に食わないからやらない。私自身も言葉で発信し、新しい取り組みを導入することを通して態度を示しました。そうすることで現場から『矢部さんの言う通りやってみよう』という言葉が聞こえるようになりました。人を動かすためには『あの人のためなら』と思わせる信頼関係が必要だと再確認しました」

 

矢部輝夫

矢部輝夫氏のマネジメント③ 改革を断行するトップの本気度

 

 改革が進む原動力は、現場の従業員にある。しかしそれを根気強くトップダウンし続けるリーダー、もしくは上層部の「真摯さ」「真剣さ」「本気度」「熱意」も重要だと矢部氏は指摘する。

 例えば、従業員による駅にベビー休憩室を設置する意見や、新幹線内に女性専用トイレを備える提案を無視せずJR東日本側に伝え、実現に向けて取り組んだ。新幹線利用客をもてなすために発案されたアロハシャツやサンタクロースの衣装を着用することも、本社は「No」と言わなかった。

 「当社を視察に来たある経営者から『あなたと同じことをやっているが、うまくいかない』と言われたことがあります。彼らと私たちの違うことは、現場の声やちょっとした行動をどれだけ見逃していないかです。私たちは従業員の意見も、エンジェルリポートに取り上げられるような現場の出来事も、取りこぼしなく拾い上げています。この作業が難しい。視察に来た経営者も実践しようとしたもののできていなかったようです。制度や仕組みを取り入れても、上層部の真摯さが欠ければ効果は上がりません」

 TESSEIはJR東日本グループの中にある1企業であるゆえに上層部の入れ替わりもある。トップが代わり、社風が変化することがあるのではないか、との疑問を矢部氏に投げ掛けた。しかし、矢部氏はそれを否定した。

 「9年でマネジメントも現場も変わり、風土が根付いています。もし幹部の考えが変わり、また現場をないがしろにするやり方を導入しようとしても、簡単には現場が受け入れないのではないでしょうか」

 こうして「キツイ、汚い、危険」と呼ばれ、多くの人が敬遠する清掃業のイメージを変えることに成功した同社。取材で出会った従業員は生き生きと明るかった。

 矢部氏はその理由を「清掃業を感謝、感激、感動という3Kを届けている素晴らしい仕事だと思っているからでしょう」と語った。新しい3Kの在り方を垣間見た気がした。

 

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

【特集】2019年注目企業30

 2018年の日本経済は、世界のマーケットを席巻してきた中国経済の成長鈍化が鮮明になり、併せて米・中の経済摩擦、英国のEU離脱問題などの対外的な課題が重なって大きな閉そく感が漂う年だった。 しかしながら元気な中堅・中小企業はネガティブな要因をものともせず独自の経営手法で活路を開いている。 原点回帰で、顧客第一…

「超サポ愉快カンパニー」としてワクワクするビジネスサイクルを回す―アシスト

ITと建設機械、グリーンエネルギーの3本柱で地球環境問題解決に貢献する―Abalance

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年4月号
[特集]
日本の「食」最前線

  • ・総論 日本の「食」から世界の「食」へ 成長産業となった農水・食品産業
  • ・「食」の輸出1兆円を支えるジェトロの役割
  • ・全国で進むブランド化「食」から始まる地方創生
  • ・上海で見た日本の「食」の未来
  • ・海外進出した外食チェーン「成功」と「失敗」の分かれ目
  • ・日本人が知らない中国の「日本食ブーム」の真実
  • ・消費税引き上げで始まる「外食VS中食」最終戦争

[Special Interview]

 星野晃司(小田急電鉄社長)

 「未来を見据えた挑戦で日本一暮らしやすい沿線をつくる」

[NEWS REPORT]

◆中国リスクが顕在化 電機業界に再び漂い始めた暗雲

◆持続可能な水産業へ 魚はいつまで食べられるのか

◆CES 2019現地レポート 家電からテクノロジーへの主役交代が鮮明に

◆相次ぐトラブルで業績悪化 SUBARUの見えない明日

[総力特集]

 2019年注目企業30

ページ上部へ戻る