
(もとえ・たいちろう)
1998年慶応義塾大学法学部法律学科卒業。01年弁護士登録(第二東京弁護士会)、アンダーソン・毛利法律事務所(現アンダーソン・毛利・友常法律事務所)勤務を経て、05年法律事務所オーセンスを開設。同年、法律相談ポータルサイト弁護士ドットコムを開設。代表取締役社長兼CEOを務める。
「あずきバー」の商標登録却下でブランド戦略につまずく
企業のブランド戦略は年々重要度を増し、コーポレート・ブランドからプロダクト・ブランドに至るまで、さまざまな戦略が展開されています。そんなブランド戦略の一翼を担っているのが「商標」です。今回は、この商標をテーマに最近の傾向を見ていくことにします。取り上げる事例は、井村屋のアイス「あずきバー」をめぐる事件です。
【事例】
井村屋の「あずきバー」は、昭和47(1972)年から販売されてきた、あずき味のアイスです。発売以来、全国の小売店で販売され、累計販売本数は平成22年度で2億本を突破。井村屋では、毎年7月1日を「井村屋あずきバーの日」と定め、テレビコマーシャルを打つなど、全国規模の宣伝活動も展開していました。
平成22年7月、井村屋は、看板商品の名称「あずきバー」の商標登録を行うべく、特許庁に登録申請を出願しました。しかし結果は申請却下。特許庁から商標登録を受けることはできないと査定されてしまったのです。
それを不服とした井村屋は、直ちに特許庁へ不服審判を申し立てましたが、それも退けられてしまいました。そこで井村屋は、知的財産高等裁判所に対して訴えを提起し、特許庁による審決の取消しを求めたのです。
「あずきバー」の商標に関する2つの指摘
結論から先に言えば、知財高裁は、特許庁の審決を取り消す判決を言い渡しました。
商標は、いわば自他商品を区別するための標識です。ですから、単に商品の品質や原材料を表すタイプの標識(例えば「あずき」など)は、本来商標として認められません。
しかし、先の判決を下した知財高裁は、以下の2つの興味深い指摘をしています。
(1)「『あずき』と『バー』の組み合わせには特段の独創性も認められず、それ自体に自他商品識別機能があるとは認められない。」
(2)「『あずきバー』の販売実績及び宣伝広告実績並びにこれらを通じて得られた知名度によれば、『あずきバー』との商標は、商品の販売開始当時以来、井村屋の製造・販売する商品を意味するものとして全国的に使用されてきたことが容易に推認される。」
このうち、(1)の指摘を言い換えれば、特段の独創性が認められるなどの例外的な場合を除いて、品質や原材料の名称を組み合わせるだけでは商標登録を受けることはできないということになります。
また、(2)の指摘は、たとえネーミングが奇抜でなくとも、販売実績を上げたり、宣伝広告を頻繁に行ったりすることで知名度をアップさせれば、商標登録の可能性が高まることを意味しています。
この2つの指摘は、商標の役割・目的をあらためて気付かせてくれました。それは「自他商品の識別」です。要するに、自社製品と他社製品を明確に区別できるような機能を(どんなかたちにせよ)持たせれば、その名称は商標として成立し得るというわけです。これはまさに、企業がブランド戦略で目指すところと言えるでしょう。
「あずきバー」をめぐる判決への批判とブランド戦略における商標の今後
もっとも、あずきバー事件に関しては、知財高裁が「自他商品の識別」について緩やかに判断し過ぎているとの批判もあります。
商品の商標を出願する場合、出願者が商標によって保護してほしい範囲の商品を指定する必要があります。こうして指定された商品は「指定商品」と呼ばれますが、井村屋は「あずきバー」がアイスであるにもかかわらず、より広範な「あずきを加味してなる菓子」を指定商品として出願しました。
特許庁は、「あずきを加味してなる菓子」はアイスに限定されないと判断し、井村屋の申請を退けましたが、知財高裁は、アイスであっても菓子であることに変わりはなく、需要者は「あずきバー」といわれれば識別可能として強行突破したのです。
この知財高裁の論理に従えば、仮に「あずきバー」と称する「最中(もなか)」を他社が販売している場合も、井村屋は、その販売差し止めを請求することが可能となります。その点では、実際の商品と指定商品との同一性を緩やかに認めた知財高裁の判決には疑問の余地が残ると言えるでしょう。
実のところ、自他商品識別機能の有無が問題となる最近の事例において、実際の商品と指定商品との同一性を緩やかに認める判例が散見されています。これは、裁判所が、「ブランド戦略における商標の活用」という近年の傾向を意識した結果かもしれませんが、それを批判する声も少なくありません。
また、競合他社としては、どの範囲の商品にまで商標の縛りが及ぶかが予測しづらくなっています。今後は、商標をめぐる紛争が増大するかもしれません。
筆者の記事一覧はこちら
【マネジメント】の記事一覧はこちら
雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら
経済界電子版トップへ戻る
好評連載
年収1億円の流儀
一覧へ起業して得られる経験・ノウハウ・人脈は何ものにも代え難い。--鉢嶺登(オプトホールディングCEO)
[連載]年収1億円の流儀

[連載]年収1億円の流儀
5時間勤務体制を確立した若手経営者 フューチャーイノベーション新倉健太郎社長
[連載]年収1億円の流儀
新倉健太郎氏 ~経営者は、相手の立場に立つことだと16歳の身で悟った~
[連載]年収1億円の流儀
南原竜樹氏の名言~人生の成否はDNAで決まっている 要はDNAの使い方だ~
[年収1億円の流儀]
元マネーの虎 南原竜樹 儲かるからではなく、「楽しいから」やる、と言い切れるか。
銀行交渉術の裏ワザ
一覧へ融資における金利固定化(金利スワップ)の方法
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)
定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)
メインバンクとの付き合い方
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)
銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)
融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける
元榮太一郎の企業法務教室
一覧へ社内メールの管理方法
[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)
タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)
ブラック企業と労災認定
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)
電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)
女性の出産と雇用の問題
温故知新
一覧へ[連載] 温故知新
エイチ・アイ・エス澤田秀雄社長が業界各社に訴えたいこと
[連載] 温故知新
小山五郎×長岡實の考える日本人の美 金持ちだけど下品な日本人からの脱却
[連載] 温故知新
忙しい時のほうが、諸事万端うまくいく――五島昇×升田幸三
[連載] 温故知新(第19回)
最大のほめ言葉は、期待をかけられたこと--中條高德(アサヒビール飲料元会長)
本郷孔洋の税務・会計心得帳
一覧へ税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」
[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)
グループ法人税制の勘どころ
[連載] 税務・会計心得帳(第17回)
自己信託のススメ
[連載] 税務・会計心得帳(第16回)
税務の心得 ~所得税の節税ポイント~
[連載] 税務・会計心得帳(第15回)
税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~
子育てに学ぶ人材育成
一覧へ意欲不足が気になる社員の指導法
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)
子育てで重要な「言葉」とは?
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)
女性社員を上手く育成することで企業を強くする
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)
人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)
人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~
ビジネストレンド新着記事
注目企業
一覧へ総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)
広告やマーケティング、ブランディングを事業プロデュースという大きな枠で捉え、事業が成功するまで顧客と並走する姿勢が支持されているグランドビジョン。経営者の思いを形にしていく力で、単なる広告代理店とは一線を画している。 中尾賢一郎・グランドビジョン社長プロフィール &nb…

新社長登場
一覧へ森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは
前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

イノベーターズ
一覧へ20歳で探検家グランドスラム達成した南谷真鈴さんの素顔
自らの手で未来をつかみ取る革新者たちは、自分の可能性をどう開花させてきたのか。今回インタビューしたのは、学生でありながら自力で資金を集め、世界最年少で探検家グランドスラムを制した南谷真鈴さんだ。文=唐島明子 Photo=山田朋和(『経済界』2020年1月号より転載)南谷真鈴さんプロフィール&nbs…

大学の挑戦
一覧へ専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長
2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …
