政治・経済

 鎌倉初期の禅僧・永平道元の言葉に「万法来たって我を修証す」がある。意味は「自分を売り込むような真似は絶対にしない。が、知らず知らずのうちに周囲が評価し、気づけば押しも押されぬ存在になっていた」。それは、財界人・芦原義重を表現するのに最も適切な言葉だろう。

 京都帝国大学工学部で電気工学を学び、阪急電鉄に入社した芦原はごく平凡な社会人生活を送っている。小林一三との出会い、太田垣士郎との出会いは、やがて大きく花開くことになるが、阪急入社後しばらくは、ごく平凡なサラリーマン。「麻雀が好きで、梅田の『一枝』、北新地の『双葉旅館』などで正月三が日を過ごした」という。そんな麻雀狂時代にサヨナラを告げたのは、「趣味は広く持つべきだよ」という、太田垣の勧めだ。電鉄マンから関西配電・関西電力役員へと昇格していく中で、太田垣と接する時間が大幅に増えたことが背景にある。

 こうして芦原は、南画の直原玉青画伯に師事し、静物・風景画を描くようになる。ただ、生来の几帳面さのためか、例えば、ブドウを描くにしても、必ず数を数えて描いていた。聞けば、「自分の絵心がごく自然に葉の枚数、雄蕊、雌蕊を数えさせ、対象物の勉強をしてから絵を描くことに熱中させた」という。芦原の絵仲間は自然と増えていった。

 太田垣の提唱で誕生した「朝の会」の仲間とも話が弾んだ。芦原は酒に弱かったが宴席は好き。ゆえに、明治34年生まれの「丑の会」が誕生する。メンバーは、伊藤忠の越後正一、南海電鉄の川勝傳、吉兆の湯木ら10数人。やがて一世代下の住友銀行・磯田一郎、大和銀行・古川進らも参加し、そろいの浴衣がけで一夕を優雅に過ごす。芦原を筆頭に宴会を楽しむ財界人の表情は満面の笑みだった。

 他方、昭和38年初め、エネルギー担当記者として筆者が「五月会」に所属した直後、人形峠でウラン鉱石が発見され、原子力発電の燃料になる「イエローケーキ」の説明を聞く。その時、芦原は「広島に原爆が落ちたとき、原子力の平和利用が脳裏に浮かんだ。既に研究は進めている」と語っていた。今日とは異なり、関電の業績は絶好調。そんな関電絶頂期の昭和39年3月、太田垣が71歳で逝く。

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