[連載] 温故知新(第9回)
「心的資源」を生かすリーダーの条件--武田 豊×小林陽太郎
2014年8月21日

「企業は人なり」。弊誌の掲げてきたテーマである。時代がどんなに変わろうとも、組織の在り方、人材の活用など、経営はリーダーの手腕で決まる。対談は、大脳生理学の研究者でもあった武田豊氏と、当時、まだ若手ながら抜群の感性を持つ小林陽太郎氏の2人で行われた。(1985.8.13号)
武田 豊の考えるリーダーの条件とは

小林陽太郎(こばやし・ようたろう)
(1933〜)東京出身。富士フイルム入社後、富士ゼロックスに移る。社長、会長を務め、経済同友会代表幹事など財界でも活躍。国際派の経営者と知られる。現在は、国際大学理事長として活躍中。
小林 よく適材適所といいますでしょう。言葉でいうのは簡単ですが、ではどうやって人を見分けるのか。どちらかといえばこの男は、どこが不得手かなという具合に、長所よりも短所に目がいきやすい。リーダーとしては、やはり部下の長所を生かすことが大切だと思うんですが、その場合の態度、眼のつけどころというのは、非常に難しいですね。
武田 私も大脳生理学を勉強して26年になりますが、人間の問題というのは永遠で、クエスチョンマークばかりなんです。以前、時実利彦先生(東京大学名誉教授)とリーダーに欠くべからざる条件について話し合ったことがあったんです。
-- それはどういうものですか。
武田 順不同ですが、第一に健康体とした活力がないといけない。如何なる場合でも活力がなくてはダメですからね。次に強固な意志力がなくてはならない。ただ、これはちょっと説明が要るんです。
小林 といいますと……。
武田 一般的に、我慢とか忍耐だけが意志力と思われがちだが、それは一部にすぎないんです。いわゆる意欲、創造力、実行力などの〝陽の意志力〟と我慢強さ、忍耐、理性といった〝陰の意志力〟。この両方のバランスがとれてなくてはならない。
それから責任感がないとまずい。というのも、人間はひとりで社会に生きているわけではない。次に知識力。これも単に記憶力がいいとかではない。それを土台にして、ある目標を設定し、クリエイションへともっていく知識力がないといけない。それから包容力。これも非常に重要な意味があるんです。
小林 どういったことでしょう。
武田 人間にはいろんな習性があり、特徴を持っている。その特徴を掛け算することにおいて、大きな発想の基がつくれるんです。例えば、A、B、Cといった全く違った要素を10組つくる。これを足し算すると55にしかならないが、あらゆる順列に掛け算すると300万組以上できる。だから漠然と人間の特徴を足し算するのではなく、思い切ったディスカッションをさせながらの掛け算的行動をさせるという、懐の深さがトップマネージャーには必要なんです。
それから、人格に基づく説得力も大切です。「オヤジのいうことにはまいった。しょうがない」といったふうにね。
リーダーとして全人格的な包容力、説得力が必要な理由

武田豊(たけだ・ゆたか)
(1914〜2004)宮城県出身。東京帝国大学卒業後、日本製鐵(現・新日鉄住金)に入社。秘書役時代は永野重雄氏を支え、その後新日鐵の社長、会長を務めた。大脳生理学の研究者と知られる一方、若い頃より弓道の世界でも名を馳せ、学生時代はインカレのチャンピオンにもなった。
小林 富士ゼロックスは合弁でしょう。一方では富士フイルムのいい点も採り入れているけど、いろいろな意味でアメリカ型のアプローチ、経営の影響を受けるんです。われわれはそれを無批判に受け入れているつもりはないけれど、数字とか業績でやろうということになる。
だから包容力といっても、全人格的というよりは、押しつけの包容力になりがちなんです。今の武田さんのお話をうかがって感じるのは、イソップ物語の「北風と太陽」です。旅人のマントを脱がそうと競争する。あるべき姿の包容力、説得力というのは太陽だけれども、われわれは知らないうちに北風的になっている。人の長所を見抜いてマントを脱がせるということが、なかなかできない。
今後、新製品の開発や営業ネットの拡大を図らなくてはならない。その時、会社の目標を掲げて、それに向かって社員に頑張ってもらうには、やはりリーダーとして全人格的な包容力、説得力が必要になるでしょうね。
武田 孫子の兵法はうまいこと言っているんです。それは「衆を治むること、寡を治むるごとくするには分数これなり」。つまり合理的な組織化をすることであるという。それから「衆を戦わしむること、寡を戦わしむるごとくするは形名これなり」とある。これはインフォメーション、コミュニケーションの軍型です。合理的組織化で、完璧でスピーディに相手に伝えることができるコミュニケーションが必要なんです。
-- ウ〜ン。なるほどねぇ。
武田 それから、これは人間にまつわる問題ですが、人間の幸福は何かという研究は昔からされてきた。例えばフランスのアランという哲人は『幸福論』の中で「意欲して創造することが人間の最高の幸福である」と言っている。やる気を起こして創造する、つくり出すことが最高の幸福というんです。ここが意欲の座であり、先ほどのリーダーの条件の座でもあるんです。
小林 ということは、後天性が強く、鍛えることが可能なわけですね。
武田 ええ。ですから、そうしたことを考えると、企業の中で小グループごとの自主管理活動などは、ピシャリと合うんです。小グループで目標を設定して、お互いの知識を掛け算し合って成果を生む。
-- そのためには、きちんとした目標設定が大事になりますね。
武田 創造というものは、偶然からは絶対に生まれない。目標設定がしっかりしていないとダメなんです。人間の脳の習性で、目標設定がなされると、次に思いをめぐらすという精神活動が出てくる。推理、連想、イマジネーションです。次に自分の知識と他人の知識の掛け算が始まる。これが思考活動あるいは思考工夫です。だからそういう雰囲気を社内に充満させなくてはいけないけど、それには小グループごとに目標設定をさせる自主管理活動があうんです。日本が戦後、産業が大きく伸びた理由のひとつは、地味だけどこれをやったからなんです。
小林 そうした柔軟な頭、ものの考え方を持つことによって、はじめて周囲の人間の長所も引き出せるんでしょうね。
小林陽太郎が経営者として大切にしてきたこととは
武田 「家貧しくして孔子出づ」と昔から言うけど、日本の産業のほとんどが戦争で灰となった。そこから精神的な活力で立ち上がってきた。私はこれを敢えて「心的資源」と言っているんです。日本は鉄鉱石の99%は輸入だし、石炭も90%は輸入です。資源は何もない。その国が1次、2次のオイルショックで一番立ち直りが早い。これは重要なことですよ。日本が資源に恵まれていない状況で、苦しんできたということは……。
-- 恵まれていないということが、日本にとってプラスだった。逆に恵まれていたということかもしれませんね。
武田 ですから、資源も何もないということを、どうみるかが問題なんです。陰々滅々と考えるのか、それとも明るく前向きに考えるかで、大きく差が出てくる。だから経営者がネアカなほうがいいというのも、ここにポイントがあるんです。ネアカといっても、ただ底抜けな漫才みたいな明るさでなく、苦労を苦労と思わない。ここが大切なんです。

「苦労を苦労と思わない、そこが大切なんです」 武田 豊
「信頼と公平を大切にしてきた」 小林陽太郎
小林 この前、アメリカのAT&Tのブラウン会長と初めてお会いしたんです。この人は情報産業の頂点に立っている人ですが、話を聞いていると感心させられます。業界の将来にお役にたちたいということもそうなんですが、何より謙虚なネアカさが伝わってくるんです。
-- 小林さんがこれまでの経験で経営者として大切にされてきたことはなんですか。
小林 それは信頼と公平ですね。個人対個人でもそうですが、会社の中の役員と社員の関係、私どもとお客さまの関係、そして競争企業との関係もそうだと思うんです。それをどうやって徹底していくか。難しいのは、人に要求するより、自分自身がやっているかどうかです。富士ゼロックスの創業の理念というのは、実質創業者だったウィルソンの哲学が今も生きている。それは一言でいうならエクセレントです。本当にギリギリまで秀でたもの、よりよいものを追求しようということ。
-- 真実の追求、探究ですね。
小林 ええ。ですから決していい加減な妥協は許さない。単にいい商品ということではなくて、また企業が単に伸びるということでもない。企業のあり方ということを常に背景としてもっていたんです。
武田 こうして小林さんの話をうかがっていると、わが意を得たりという点が多々ありますね。
小林 こちらのほうこそ武田さんに教えられるところが多いです。今後ともよろしくお願いします。
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