政治・経済

 安倍晋三内閣が「地方創生」に乗り出した。アベノミクス効果を地方にも波及させ、経済成長の底上げを図る「ローカル・アベノミクス」だ。霞が関の中央官庁は「地方創生」を具体化する新政策の構築に躍起だが、首相の本音は選挙対策にほかならない。

地方創生をアベノミクスの柱に据える

 安倍晋三首相は8月上旬の会見で「デフレ脱却は道半ば。景気回復を全国津々浦々に実感してもらうため、豊かで元気な地方の創生というテーマにチャレンジします」とぶち上げた。「景気回復の果実を地方にも届け、人口減少問題をはじめ構造的な課題も取り組む」と表明。「アベノミクス第2弾の大きな柱」と位置づけ、「スピード感をもって実行するべく(秋の)臨時国会に向け法案を準備する」と語った。

 首相が安全保障から地域経済を活性化させる「地方創生」に重点政策の軸足を移し始めたのはいくつかの理由がある。

 ひとつは額面どおり地方経済のテコ入れだ。

 安倍政権は経済再生を内閣の最優先課題に掲げ、デフレ脱却のため政権発足直後から大胆な金融緩和、機動的な財政政策、思い切った規制緩和などのアベノミクスを実施した。出足は好調で株価は急上昇、円安も進展し、企業業績は好転。内閣支持率も向上した。

 だが今春の労使交渉で賃上げを実施したのは、輸出企業を中心とした大企業がメーンだった。数の上で圧倒的に多く、地方経済を支えている中小企業まで景気回復の実感が行きわたるにはなお時間がかかる。どの地方も人口減と高齢化に直面している。生産人口が減って市場も縮小しているので企業活動は停滞し、新たな雇用が生まれにくい。所得も伸び悩み、消費は低迷するばかりだ。地方には「安倍政権の経済政策は大企業や大都市優先」との不満が根強い。

 もうひとつは来年春の統一地方選だ。

 今年4月に断行した消費増税は駆け込み需要を喚起したものの、その後の反動減は予想より深く大きかった。デフレ脱却のための政策を講じたため物価も上昇し、政府が目論むほどには個人消費は回復していない。

 日銀短期経済観測調査(短観)をはじめとした主要経済諸指標はいずれも今後の好転を予想しているが、このままでは安倍首相が10月にも決断すると公言している消費税率10%の実施、つまりさらなる増税に拒否感を抱く国民が増えて政権基盤を危うくするだろう。

 7月の滋賀県知事選では集団的自衛権問題の影響もあり与党推薦候補が敗退した。秋の福島県知事選も東京電力福島第一原発の廃炉問題を抱えて与党候補が勝てるかどうかは不透明な情勢だ。こうしたことから統一地方選に向けた与党、とりわけ自民党内の危機感は強い。最近は選挙対策の事実上の責任者である石破茂幹事長だけではなく、菅義偉官房長官も週末になると地方回りに精を出している。

 自民党政権の基盤を盤石にするためにも「地方創世」という名の新たな景気テコ入れ策が不可欠というわけだ。

地方創生の名の下、バラマキ予算再燃の恐れも

 こうした政治の意向を反映してか、来年度予算の概算要求のシーズンを迎えた霞が関は例年になく張り切っている。どの中央官庁でも「地方創生」をテーマにした新政策に知恵を絞っているのだ。

 国土交通省は全国の道路沿いにある「道の駅」の拡充に乗り出す方針だ。道の駅は一般道の利用者に無料駐車場やトイレ、道路や地域の情報を提供するほか、その土地で取れた農産物や水産物などを販売したり、食堂で実際に味わえたりする施設だ。1993年の誕生以来、地産地消の商品の安さや新鮮さに人気が集まり、現在は全国に1千カ所以上、年間の来訪者はのべ5億人で全体の売上高が3500億円を超すまでに発展している。

宮城県七ヶ宿町の道の駅

今年4月にオープンした宮城県七ヶ宿町の道の駅。災害時の避難場所としても活用される予定

 自治体が道路沿いの土地を確保して施設を建て、第3セクターや民間企業が指定管理者として施設の運営を担う「公設民営」が特徴の施設だが、この道の駅を物品販売だけでなく、宿泊施設や映画館などを併設して地域の活性化に役立てようという構想だ。観光立国を目指す国の目標にも合致する上、道路沿いにあるメリットを生かして地域の防災拠点にする案も浮上。関係者は「道の駅の拡充は〝ローカル・アベノミクス〟にピッタリではないか」と強調する。

 こうした構想は政府内に新設される地方創生本部で精査され、実現可能性を諮ることになる。

 ただ、同本部は国交省だけでなく、総務省、厚労省、経産省、財務省など各省庁からの出向者で構成される見通しで、結局は各省庁の新政策を寄せ集め、地方に必要な予算を配分するバラマキ型に陥る危険性がある。本気で地方創世に取り組み、効果を上げるには全体を目配りできる司令塔役や不必要な公共事業予算に目を光らせるしくみが必要になるのは言うまでもない。

 安倍首相は就任以来「古い自民党には戻さない」と繰り返し、従来型のバラマキ予算とは一線を画す姿勢を崩していない。一方で「必要な公共事業には相応の投資をしていく」とも述べており、関係者によれば首相は消費増税や法人減税をにらみ、新たな補正予算編成の検討も指示しているもようだ。

 ローカル・アベノミクスが地方経済を活性化させ、さらなる景気浮揚の原動力になるのかどうか。秋口から安倍政権の真価が問われることになる。

(文=ジャーナリスト/梨元勇俊)

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

チェ・ゲバラに憧れた10代起業家が目指す「働き方革命」― 谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長

高校中退、ITスキルなしの17歳の青年が立ち上げた会社が、わずか2年で利用企業約500社、ユーザー約6万人のアプリを運営するまでに成長している。「世の中を変えたい」という思いを原動力に突っ走る谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長に話を聞いた。(取材・文=吉田浩)谷口怜央氏プロフィール…

Wakrak(ワクラク)社長 谷口怜央氏

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年7月号
[特集] 素材の底力〜世界をリードする素材産業〜
  • ・素材のイノベーションが日本経済をリードする
  • ・化学工場 企業ごとの特色も鮮明に存在感増す化学素材
  • ・電気自動車普及が始まる車載バッテリーの覇権戦争
  • ・炭素繊維 市場を開拓してきた日本が技術的優位を保ち続ける法
  • ・「鉄は国家なり」の時代を経て問われる「日の丸製鉄」の競争力
  • ・経産省 日本の素材産業が世界をリードするための3つの課題
  • ・就職人気は下位に低迷でも焦らない素材メーカー
[Special Interview]

 日覺昭廣(東レ社長)

 「長期的視点で開発するのが素材企業のDNA」

[NEWS REPORT]

◆営業利益率10%突破 ソニーならではの「儲けの構造」

◆日本初の民間ロケットが宇宙空間に到達

◆携帯参入まであと4カ月 国内4番手「楽天」の勝算

◆日産・ルノーが直面する「経営統合問題」長期化の落とし穴

[Interview]

 「君は生き延びることができるか」──ガンダム世代が歩んだ40年

 常見陽平(評論家・労働社会学者)

ページ上部へ戻る