国際

『21世紀の資本論』の根幹 200年の統計分析が暴く「謎」の正体

 トマ・ピケティ著『21世紀の資本論』という書籍が欧米で話題になっている。英語版(原書は仏語)で700ページ近いハードカバーがベストセラーになっている。同書の主張は明快である。貧富の差は拡大する。富裕層が所得と富を独占し中産階級は没落していくというのである。それはなぜか。資本収益率をR、経済成長率をGとすると、R≫Gという不等式が常に成り立つ。これは、資本収益率(すなわち株式や不動産など資本が生み出すリターン)が、経済成長率(すなわち労働などが生み出す経済的付加価値)を上回ることを示している。労働者の賃金の伸びよりも、資本(家)のリターンが常に高いというのである。ピケティ氏は可能な限り世界中からデータを収集し、200年に及ぶ世界の資本収益率と経済成長率を統計にまとめ上げた。それによると資本のリターンはだいたいのところ、5%程度に収斂する。一方、経済成長率は概ね1〜2%である。この差がそっくり、「格差」となる。まさにカール・マルクスが『資本論』の中で述べた、賃金労働者からの搾取によって自己増殖する資本の論理そのものである。

 この理論を現実論として直感的に把握するためにS&P500株価指数と米国10年債利回りのグラフをご覧いただきたい。

S&P500株価指数と米国10年債利回り 低成長の経済を反映して長期金利はなかなか上がらない。その一方で株価は最高値更新が続いてきた。2000年代半ば、米連邦準備理事会(FRB)による相次ぐ利上げにもかかわらず、長期金利が上昇しなかったことを当時のグリーンスパン議長は「コナンドラム(謎)」と言ったが、現在の状況もまた「新たなコナンドラム」と言われる。株式市場が好調なのは、普通に考えれば経済が好調ということだ。景気が良いなら金利も上がるはず。そうなっていないのだから「謎」である。

 しかし、過去200年の統計分析をもとに書かれたピケティの『21世紀の資本論』によれば、株のリターンが高く、金利が上がらないのは、「謎」でも何でもなく、極めて「当然のこと」となる。

労働者の犠牲の上に成り立つ利益成長を謳う『21世紀の資本論』

 200年にはとても及ばないが、直近10年の例を見てもS&P500株価指数は約1・8倍に上昇している。これは年率6%で成長した計算になる。これに約2%の配当利回りを足せばトータル・リターンは8%となり、過去10年間のインフレ率は平均2%程度なので実質リターンは6%である。

 一方、過去10年間の実質GDP成長率は平均1・5%だった。また、過去10年の米国10年債利回りの平均値は3・4%である。2%のインフレを調整した実質金利は1・4%と実質GDP成長率にほぼ一致する。実質金利=実質経済成長率という教科書通りの結果である。資本のリターンが経済成長を上回るというのが『21世紀の資本論』のエッセンスだが、過去10年の米国経済と市場のパフォーマンスはまさにそのとおりの結果となっているのである。

時間当たり賃金の上昇率の推移 長期金利が上昇しないということは、米国景気がそれほど強くなく、ずっと低成長の経済が続いてきたということであり、そのような低成長の時代にあって、企業は業績を上げるためにリストラや賃金抑制などコストカットを進めてきた。確かに米国企業は1株当たりの利益を倍増させたが、それは売上高の伸びを伴わない、労働者の犠牲の上に成り立つ利益成長であったと言える。

 7月の初めに発表された米雇用統計で非農業部門の雇用者数は20・9万人増えた。雇用者数の伸びが20万人の大台を超えるのは6カ月連続で1997年以来のことである。この点からすれば米国の労働市場は着実に改善が進んでいるが、その一方で賃金上昇は起きていない。福利厚生費も含む広義の賃金インフレ指標である雇用コスト指数も前年比は+2・0%にとどまっている。

 このデータが示しているのは、労働者の賃金が抑制される中で企業は利益を捻出し、そしてその利益成長を背景に株価が上昇するという『21世紀の資本論』で書かれたとおりの事象である。同書が、米国で多くの支持を集めているのは、長期にわたる歴史と普遍的事実を語りながら、今の米国の経済状況が同書の内容に非常によくフィットするからだろう。

 

【WORLD INSIGHT】記事一覧はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

グローバルニュースの深層

一覧へ

習近平政権下の中国経済と新時代の到来

[連載] グローバルニュースの深層

グローバルニュースの深層

[連載] グローバルニュースの深層

原油事情に関するロシアの分析

[連載] グローバルニュースの深層

プーチン露大統領の内外記者会見

[連載] グローバルニュースの深層

中間選挙後の米国を展望する

[連載] グローバルニュースの深層

中国を制するものは世界を制す

変貌するアジア

一覧へ

鴻海によるシャープ買収のもう1つの狙い

[連載]変貌するアジア(第37回)

変貌するアジア

[連載]変貌するアジア(第36回)

SDRの一翼を担う人民元への不安

[連載]変貌するアジア(第33回)

開催意義不明の日中韓首脳会議

[連載]変貌するアジア(第32回)

朱立倫の総統選出馬と台湾海峡危機

津山恵子のニューヨークレポート

一覧へ
無農薬野菜

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第20回)

CESの姿が変わる花形家電よりもネットワークに

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第19回)

米・キューバ国交回復のインパクト

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第18回)

クリスマス商戦に異変! 店舗買いが消え行く

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第17回)

格差問題が深刻化する米国―教育の機会格差解消にNY市が動き出す

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年12月号
[特集] 沸騰する食ビジネス!!
  • ・食ビジネスが熱い!! 未来型食品が社会課題を解決する
  • ・市場規模70兆円! 食ビジネスが過熱するわけ
  • ・完全バランス栄養食で誰もがラクして健康になれる
  • ・人工光型植物工場で世界の食と農に新しい常識を
  • ・宇宙食ビジネスで勝ちに行く 10年後に5千億円市場創出へ
  • ・“大人の給食”で栄養の基盤をつくる
  • ・人工肉で糖質制限者に無制限のおいしさを
  • ・テクノロジーで高品質なジビエ調達が可能に
  • ・昆虫食ビジネスの時代到来
[Special Interview]

 伊藤秀二(カルビー社長)

 掘り出そうカルビーの未来

[NEWS REPORT]

◆エンジニアへの高額給与で 富士通は生まれ変われるか

◆豊田章男・自工会会長が挑む東京モーターショー100万人

◆消費増税で現金主義は終焉 キャッシュレス時代が到来した

◆加速するeスポーツ市場! インテルが東京で世界大会を開催

[総力特集]

経済界創刊55周年記念 新しい日本のかたち

東京1964からの55年と東京2020以降の日本の姿

ページ上部へ戻る