文化・ライフ

10年前に比べれば……

 今から10年ほど前、東京の大学病院と大病院をアポなしで取材した。外来の待合室や診察室の前、あるいは院内食堂などをチェックして回ったのである。当時の病院の多くは、それはひどいありさまで、建物は古く、とても患者優先とは思えなかった。しかし、その5年後に同様の取材を行ったところ、病院もようやく本格的にホスピタリティーを考えるようになっていた。最近では、ホテルのようなサービスを始める病院も出始めている。もっとも、病院をいかに快適にしようと、病院は病院でしかなく、長く過ごしたい場所ではない。大抵の人は、療養するにしても、「病院ではなく自宅で」と考える。その辺りを見誤ると、改革に大金を注ぎ込んだにもかかわらず、一向に患者が増えないという状況に陥りかねない。

保険制度が病院のホテル化を阻む

 また、ホテル化を目指すにしても、日本の病院には制約や規制が多過ぎる。

 中でも、日本の保険制度は病院のホテル化を阻む大きな障壁と言えるだろう。

 この保険制度のお陰で、日本の医療へのアクセスの良さは世界一の水準にある。先進諸国の中で、「いつでも、誰でも、どこの病院にもかかれる国」は日本しかない。

 だが、そのことが多くの無駄も生じさせている。

 例えば、単なる風邪で大学病院の診察を受けようとする人が相当数いる。実際、私が大学病院の外来診療をやっていた時は、少なくとも全体の6割が大学病院に通う必要のない患者だった。加えて、都内の場合、「家に近いから」という理由だけで、大学病院の外来診療を受けようとする人も珍しくない。結果、大学病院の外来は患者であふれ、働く医師たちは、午前中だけで60人もの患者を診なければならなくなっている。

 病院側は、入院患者だけでは経営が成り立たず、外来患者も一定数確保しなければならない。だが、外来患者がやたらと増えることで、医者たちは、それぞれの専門性を生かした診療を行う時間的な余裕が持てなくなる。それが結果的に、「大病院の先生は、通り一遍の診察しかしてくれない」といった、患者たちの不満へとつながっているのだ。

 しかも、今の健康保険制度では、医者が患者にどれだけ時間を割いても、評価の対象とはならず、医療報酬に反映されない。例えば、高血圧の患者は、2分の診療でも、30分の診療でも料金は一緒なのだ。となれば、より多くの患者を診たほうが病院経営は良くなり、1人の患者にじっくりと時間をかけるのは損という話になるだろう。

 ホテルの場合、個々の顧客に対応する時間を増やし、「くつろぎ」を与えれば与えるほど料金を上げることができる。ところが病院では、顧客に「くつろぎ」や「ゆったり感」を与えても一切評価されず、料金をアップさせることもできない。要するに、今の保険制度の下では、「病院をホテル(高級ホテル)のような施設にする」という発想は成り立たないのである。

すべて平等ではサービス向上はあり得ない

 ホテル化を目指す病院の中には、患者をソファーに座らせておいて、病院の事務員が動き、さまざまに世話をするといったサービスを提供しているところもある。だが、それを他の病院でも実現するには、1日に診る患者数をかなり制限するか、完全予約制にするしかない。数をこなさなければ経営が成り立たない今の病院では、このようなことは現実的ではないだろう。つまり、病院のホテル化を実現したいなら、医療制度改革を先に行うべきということだ。

 まず必要なのは、医者の能力をきちんと評価し、その情報を開示することだ。要は、名医が誰かを明らかにするのである。もちろん、名医が誰かが分かれば、その医者の元に患者が殺到し、結果、イギリスのように「手術を受けるまでに5年も待つ」といった事態が起こるだろう。それを避けるには、名医の診療報酬を上げるしかなく、そうしなければ、名医はただ忙しいだけの医者になる。

 名医の診療報酬を特別に上げるというのは、日本の医療の大原則である「医療の平等性」を崩壊させる行為でもある。それは、「平等」を好む日本の医師会が最も嫌うことだ。しかし、それを行わないかぎり、患者を真に満足させる「ゆったりとした医療」は実現されない。言い換えれば、病院の建物をホテルのような立派な造りにしても、スタ