文化・ライフ

筆者プロフィール

(よねやま・きみひろ)作家、医師(医学博士)、神経内科医。聖マリアンナ大学医学部卒業。1998年2月に同大学第2内科助教授を退職し、著作活動を開始。東京都あきる野市にある米山医院で診察を続ける一方、これまでに260冊以上を上梓。講演会、テレビ・ラジオ出演、テレビ番組企画・監修も行っている。NPO日本サプリメント評議会代表理事、NPO日本プレインヘルス協会理事。

 

10年前に比べてサービスが向上した病院

 今から10年ほど前、東京の大学病院と大病院をアポなしで取材した。外来の待合室や診察室の前、あるいは院内食堂などをチェックして回ったのである。当時の病院の多くは、それはひどいありさまで、建物は古く、とても患者優先とは思えなかった。

 しかし、その5年後に同様の取材を行ったところ、病院もようやく本格的にホスピタリティーを考えるようになっていた。最近では、ホテルのようなサービスを始める病院も出始めている。もっとも、病院をいかに快適にしようと、病院は病院でしかなく、長く過ごしたい場所ではない。大抵の人は、療養するにしても、「病院ではなく自宅で」と考える。その辺りを見誤ると、改革に大金を注ぎ込んだにもかかわらず、一向に患者が増えないという状況に陥りかねない。

保険制度が病院のホテル化を阻む

 また、ホテル化を目指すにしても、日本の病院には制約や規制が多過ぎる。

 中でも、日本の保険制度は病院のホテル化を阻む大きな障壁と言えるだろう。

 この保険制度のお陰で、日本の医療へのアクセスの良さは世界一の水準にある。先進諸国の中で、「いつでも、誰でも、どこの病院にもかかれる国」は日本しかない。

 だが、そのことが多くの無駄も生じさせている。

 例えば、単なる風邪で大学病院の診察を受けようとする人が相当数いる。実際、私が大学病院の外来診療をやっていた時は、少なくとも全体の6割が大学病院に通う必要のない患者だった。加えて、都内の場合、「家に近いから」という理由だけで、大学病院の外来診療を受けようとする人も珍しくない。結果、大学病院の外来は患者であふれ、働く医師たちは、午前中だけで60人もの患者を診なければならなくなっている。

 病院側は、入院患者だけでは経営が成り立たず、外来患者も一定数確保しなければならない。だが、外来患者がやたらと増えることで、医者たちは、それぞれの専門性を生かした診療を行う時間的な余裕が持てなくなる。それが結果的に、「大病院の先生は、通り一遍の診察しかしてくれない」といった、患者たちの不満へとつながっているのだ。

 しかも、今の健康保険制度では、医者が患者にどれだけ時間を割いても、評価の対象とはならず、医療報酬に反映されない。例えば、高血圧の患者は、2分の診療でも、30分の診療でも料金は一緒なのだ。となれば、より多くの患者を診たほうが病院経営は良くなり、1人の患者にじっくりと時間をかけるのは損という話になるだろう。

 ホテルの場合、個々の顧客に対応する時間を増やし、「くつろぎ」を与えれば与えるほど料金を上げることができる。ところが病院では、顧客に「くつろぎ」や「ゆったり感」を与えても一切評価されず、料金をアップさせることもできない。要するに、今の保険制度の下では、「病院をホテル(高級ホテル)のような施設にする」という発想は成り立たないのである。

すべて平等では病院のサービス向上はあり得ない

 ホテル化を目指す病院の中には、患者をソファーに座らせておいて、病院の事務員が動き、さまざまに世話をするといったサービスを提供しているところもある。だが、それを他の病院でも実現するには、1日に診る患者数をかなり制限するか、完全予約制にするしかない。数をこなさなければ経営が成り立たない今の病院では、このようなことは現実的ではないだろう。つまり、病院のホテル化を実現したいなら、医療制度改革を先に行うべきということだ。

 まず必要なのは、医者の能力をきちんと評価し、その情報を開示することだ。要は、名医が誰かを明らかにするのである。もちろん、名医が誰かが分かれば、その医者の元に患者が殺到し、結果、イギリスのように「手術を受けるまでに5年も待つ」といった事態が起こるだろう。それを避けるには、名医の診療報酬を上げるしかなく、そうしなければ、名医はただ忙しいだけの医者になる。

 名医の診療報酬を特別に上げるというのは、日本の医療の大原則である「医療の平等性」を崩壊させる行為でもある。それは、「平等」を好む日本の医師会が最も嫌うことだ。しかし、それを行わないかぎり、患者を真に満足させる「ゆったりとした医療」は実現されない。言い換えれば、病院の建物をホテルのような立派な造りにしても、スタッフを増やして接客をよくしても、医療制度の思い切った改革がなければ、本質的な医療サービス改善は果たせず病院の真のホテル化も不可能なのである。

 「もっといい先生に、ゆっくり話を聞きたい」--そんな患者の要求に応えるには、「医療の平等性を打ち壊す」という、医師会が恐れる変革を断行するしかない。

 

筆者の記事一覧はこちら

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次なるステージを駆け上がる日本電子「70年目の転進」–日本電子

 最先端の分析機器・理科学機器の製造・販売・開発研究等を手掛ける日本電子(JEOL)は、ノーベル賞受賞者を含むトップサイエンティストや研究機関を顧客に、世界の科学技術振興を支えてきた。足元の業績は2019年3月期で連結営業利益、同経常利益、同最終利益がいずれも過去最高を更新。かつては技術偏重による「儲からない…

独自開発のホテル基幹システムで業務効率化と顧客満足度を向上–ネットシスジャパン

逆転の発想で歴史に残る食パンを 生活に新しい食文化をもたらす–乃が美ホールディングス

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

非大卒就職マーケットの変革に挑む元教師の挑戦―永田謙介(スパーク社長)

日本企業の年功序列と終身雇用が崩壊に向かう中、制度を支えてきた大学生の新卒一括採用の是非もようやく議論されるようになってきた。一方、高校卒業後に就職する学生のための制度は旧態依然とし、変化の兆しがほとんど見えない。こうした現状を打ち破るべく、非大卒就職マーケットの改革に挑戦しているのがSpark(スパーク)社…

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年5月号
[特集] 巻き込む力
  • ・高岡浩三(ネスレ日本社長兼CEO)
  • ・唐池恒二(九州旅客鉄道会長)
  • ・河野 仁(防衛大学校教授)
  • ・入山章栄(早稲田大学大学院・ビジネススクール教授)
  • ・出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)
  • ・中竹竜二(日本ラグビーフットボール協会理事)
  • ・時代も国境も超えた普遍のリーダーシップを学べるベストブックス
[Special Interview]

 小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)

 イノベーションを起こすために「人間とは何か」を問う

[NEWS REPORT]

◆零細企業でも活用できるインターネットM&A最前線

◆業界再編はあるのか 日本製鉄、巻き返しへの一手

◆技術研究所を解体してホンダは何を目指すのか

◆新型コロナウイルス治療薬 なぜ日本企業は創れないのか

[特集2]

 経営者に贈る「イロとカネの危機管理」

ページ上部へ戻る