文化・ライフ

医者によって言うことが違う絶対的な治療法の不在

 医者によって言うことが違う--。そう感じている方は少なくないのではなかろうか。ある医者は手術を勧め、ある医者は薬を飲んで治療したほうがいいと言う。患者にすれば、どちらを信用するかで大いに迷うところだ。

 そんな中で、最近では、医者側がさまざまな選択肢を提示し、どれを選ぶかの最終判断は患者側に任せる傾向も強まっている。

 確かに、患者の年齢や社会的な背景事情を考えると、1つの治療法を提示しにくいのは事実だ。外科的な手術は年齢が高いとリスクを伴い、薬での治療にしても副作用の問題をはらむ。とりわけ、がん治療では、薬の副作用は大きなリスクだ。そのため、一概に「この治療法が良い」とは断言できず、勢い、患者に治療法を選ばせるという風潮が生まれてしまう。

 このような状況の裏を返すと、絶対的な治療法が依然として確立されていない医学の現実も浮かび上がってくる。

 言うまでもなく、特定の病気に対する唯一絶対の治療法があれば、医者も患者も楽になる。また、医療がそこまで進歩すれば、医学も「科学」により近づいたと言える。

 だが、今日の医療はそのレベルにまだまだ達していない。雑誌やテレビなどのメディアはよく「日本の名医」なる企画を展開しているが、そもそも医療の質が属人的な技量によって変化すること自体、医学が科学からはほど遠い学問であることの裏付けと言える。

「必ず治る」と医者が言い切る勇気

 医者が「絶対に治ります」、「必ずよくなります」という言葉を使うことはあまりない。

 だが、整形外科の開業医の中には、「うちに半年通えば、必ずよくなる」といった言葉で通院を勧める向きがいる。

 私も腰痛患者を診たことがあるが、その経験から言って、例えば、高齢者の腰痛がよくなるケースは例外的だ。また、脊柱管狭窄症が原因の腰痛が内科的な治療でよくなることもまれにしかない。とはいえ、患者にすれば、「絶対に治る」と医者から言われれば、治療への期待感が増し、希望も持てるだろう。つまり、「絶対に治る」、「必ずよくなる」といった医者の言葉は、単なる営業トークにすぎないかもしれないが、一方で、患者を勇気づける力も持っているのだ。

 ベル麻痺と呼ばれる顔面神経麻痺は、ほとんどの場合、後遺症なく自然に治癒するが、まれに後遺症が残り、完全に治らないことがある。そのリスクを承知で、医者が患者に「絶対によくなる」と言ったとすれば、それは、病気に対する患者の不安を消し去る上で、この言葉が最も効果的との考えがあるからだろう。逆に、「まれに後遺症が残る場合があります」と言う向きは、患者の不安を消し去ることよりも、自己保身を優先させる医者と見なすこともできる。そのため、私は最近、「絶対に治る」と言い切れる医者は、勇気のある良医だと考えるようになった。そして、「私を信じなさい、必ずよくなるから」といったフレーズを患者に対して使い始めてもいる。

 現状では、多くの医者が自分の立場を守るために、「絶対に治る」「絶対によくなる」といった言葉を使おうとしていない。だからこそ、「絶対に治る」と言い切れる医者は貴重な存在とも言えるのだ。

名医が名医たる真の条件とは

 一方、患者を突き放すような医者の言葉を一度聞いたことがある。それは、都内某有名医大の整形外科に父を連れていった時のことだ。

 「これは治りませんね」--。

父を診察した医者は、あっさりとこう言い放ったのだ。

 確かに、私が専門とする神経内科でも、治らない難病は少なくない。だが、「治らない」と医者に言われた場合、それを患者や家族が受け入れるには時間がかかる。そんな患者や家族に対して医者ができることは限られている。だからこそ、患者や家族の想いに共感し、ともに悩み、悩みを解消する何かを一緒に考えていく姿勢が重要だ。また、それにこそ、医者としての存在意義があると言えるだろう。

 にもかかわらず、患者に対する思いやりや誠意に欠ける医者は依然として少なくない。「有名な教授に診てもらったが、『治らないね』のひとことだった」と嘆く患者の声も耳にする。名医と称えられ、手先が器用で、技術知識があっても、患者の心のケアまでできる医者は本当に少ない。

 病気は、完全に治るか、進行していくか、あるいは、症状に変化がないかの3つの道筋をたどる。その結末を経験・知識で知る医者が、たとえ「治らない」と分かっていても、「必ず治ります」と患者に言ってあげられる勇気は大切だと思う。また、仮に「治らない」と言い切った場合でも、患者に共感し、ともに苦難を乗り越える誠意を示せるかどうかが、名医が名医たる真の条件ではないだろうか。

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