マネジメント

不確実性の高い基礎研究にこそ大学の存在意義

 前回は、米国における教育水準別賃金の推移をみた。1990年代から大きく賃金の水準を伸ばしているのは、大学院卒だけである。これは米国の産業において大きな付加価値を生み出しているのが、サイエンス型産業になってきていることを反映している。

 サイエンス型産業とは、科学的な知識が企業の競争力の構築に大きな重要性を占めている産業である。

 例えば、再生医療やバイオインフォマティックス、半導体の微細加工、スーパー繊維などが代表的なものである。これらの産業では科学的な知識の進展が大きく企業の競争力を左右する。

 しかし、基礎的になればなるほど研究開発の不確実性は高い。また、科学的な知見は、公共財の側面が強く、それだけでは産業化が難しい。

 そのため、基礎的な研究開発をすべて自社で行うことは合理的ではない。そのため、大学や国の研究機関との連携がとても大切になる。産学官連携が特に重要になるのは、このようなサイエンス型産業においてである。

基礎研究比率が低下する日本の大学と増加する米国の大学

 安倍総理大臣は今後10年間で世界トップ100に10校以上をランクインさせることを目標として掲げるなど、日本の大学の改革が大きく注目されている。イノベーションという観点からすれば、重要な改革のポイントは日本の大学の基礎研究への比重の低下である。

 日本と米国における産業、大学、研究機関における研究開発費が基礎・応用・開発研究のどこで使われているのかの割合の推移を見ると、日米で最も顕著な違いが出ているのが、大学における基礎研究の比重である。 

 米国の大学の基礎研究は75年に63・7%であったものが、05年では71・4%に上昇。米国の大学は基礎研究にシフトしてきている。

 一方で、日本の大学は、75年には72・4%であった基礎研究は、05年には55・1%にまで低下。この傾向は今も続いている。

 これは、米国では企業は応用・開発研究に集中し、基礎的な部分については大学での研究の知見を活用するというパターンで産学の連携がなされていることを反映したものである。

 米国では大学と企業の間に補完的な関係がきれいに構築されている。大学に「すぐに産業化できるような技術を研究してほしい」と言う人はいない。

 企業と同じような研究開発をしているような大学には大きな存在意義は見出されない。その一方で、日本では「大学の研究は使えない。製品化につながるものを研究してほしい」という企業の声がまだまだ聞こえてくる。

 産業界からのこのような声が聞こえてくると、大学はそれに振り回されてしまう。このような本来はレベルの低い「顧客」の声でも、大学はそれに応えようとしてしまい、基礎研究ではなく応用・開発研究へシフトしてしまうのである。

 しかし、大学の研究に、企業の研究開発の代替的な役割を求めては社会的には大きな価値はでない。企業ではできないような不確実性の高い基礎的な研究を進めていくからこそ、大学の存在価値はある。

裾野の広い基礎研究へのインセンティブこそ必要

 また、日本の大学の基礎研究から応用・開発研究へのシフトは、大学の研究者の評価とも密接に関係している。論文や特許の数(あるいはその引用数)が大学の研究者の評価の指標として大きな重要性を持つようになってきた。

 グローバルなシーンでの日本の大学の研究力向上にとっては、重要な指標である。

 しかし、それに研究者の評価が大きく傾くと、彼らは当然のように論文や特許の出やすい領域で研究するようになる。基礎研究と比べると応用・開発研究の方が論文や特許の数は多くなる。そのため、基礎研究からのシフトが促される。

 この基礎研究からのシフトは日本のイノベーション・システムにとって大きな意味を持つ。

 まず、基礎的な研究の経験がなく、応用・開発研究を行う人材が多く輩出されることになる。

 次に、大学でこそ研究されるべき不確実性の高い基礎的な研究がなされなくなってくる。これらは将来のサイエンス型産業の競争力の構築においてボディーブローのように効いてくる可能性がある。

 今後も基礎研究からのシフトが続くとすれば、日本の産業の高付加価値化に大きな影響が出る。

 不確実性は高いが、今後の産業の競争力の基盤となるような裾野の広い基礎研究へと研究者を向かわせるようなインセンティブのデザインが改革のポイントになる。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

【特集】2019年注目企業30

 2018年の日本経済は、世界のマーケットを席巻してきた中国経済の成長鈍化が鮮明になり、併せて米・中の経済摩擦、英国のEU離脱問題などの対外的な課題が重なって大きな閉そく感が漂う年だった。 しかしながら元気な中堅・中小企業はネガティブな要因をものともせず独自の経営手法で活路を開いている。 原点回帰で、顧客第一…

「超サポ愉快カンパニー」としてワクワクするビジネスサイクルを回す―アシスト

ITと建設機械、グリーンエネルギーの3本柱で地球環境問題解決に貢献する―Abalance

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年4月号
[特集]
日本の「食」最前線

  • ・総論 日本の「食」から世界の「食」へ 成長産業となった農水・食品産業
  • ・「食」の輸出1兆円を支えるジェトロの役割
  • ・全国で進むブランド化「食」から始まる地方創生
  • ・上海で見た日本の「食」の未来
  • ・海外進出した外食チェーン「成功」と「失敗」の分かれ目
  • ・日本人が知らない中国の「日本食ブーム」の真実
  • ・消費税引き上げで始まる「外食VS中食」最終戦争

[Special Interview]

 星野晃司(小田急電鉄社長)

 「未来を見据えた挑戦で日本一暮らしやすい沿線をつくる」

[NEWS REPORT]

◆中国リスクが顕在化 電機業界に再び漂い始めた暗雲

◆持続可能な水産業へ 魚はいつまで食べられるのか

◆CES 2019現地レポート 家電からテクノロジーへの主役交代が鮮明に

◆相次ぐトラブルで業績悪化 SUBARUの見えない明日

[総力特集]

 2019年注目企業30

ページ上部へ戻る