マネジメント

 1995年に赤字転落して苦節20年、優先株をすべて消却し、今年3月期には6期ぶりに復配したマンション建設最大手の長谷工コーポレーション。4月に社長となった辻範明氏は財務再建までの道のりを振り返るたび、「社員はよう頑張った」「協力会社はようついてきてくれた」といった言葉が出てくる。辻氏をはじめ役職員、下請けとなる協力会社は、どうして同社と共に歩んで来られたのか。そして辻氏は苦境に何を考え、この経験を生かしてどんな未来を描いているのだろうか。

バブル崩壊後、負の遺産を清算出来た3つの復活要因

 「今年の株主総会で『20年間、株主さまや金融機関、取引先に多大なるご支援をいただき、そして協力会社、役職員全員が力を合わせ、修羅場、土壇場、正念場を乗り切ることができました。ありがとうございました。今後もご支援のほど、よろしくお願いします』と感謝の気持ちを申し上げると、会場から大拍手が起こりました。感激して涙が出そうでしたね」

 しみじみと振り返る辻氏だが、倒産危機に瀕したのはバブル崩壊がきっかけだ。1995年から5期連続で赤字となり、2002年には優先株を発行。営業強化と財務体制の改善に取り組み、この春、復活した。辻氏は復活の要因を3点挙げる。1つ目は、同社特有の土地持ち込み型のビジネスモデルだ。同社は営業担当者がマンション用の土地を仕入れ、事業収支と企画設計を直接デベロッパーに持ち込む。

辻 範明

辻 範明(つじ・のりあき)
1952年岡山県生まれ。75年に関西大学法学部卒業後、長谷川工務店(現長谷工コーポレーション)入社。99年取締役、2005年専務執行役員、10年副社長兼長谷工アネシス社長。14年より現職。

 「工事だけ取りに行くのだったら発注につながらなかったでしょうね。土地持ち込みの営業は、僕が新入社員で入ったころから変わらず、新人営業マンは配属された翌日から土地を探します。最初は土地の知識もなく、勇気がいりますが、それが脈々と続いているのです。そうした歴史が『長谷工ならベストプライスを出してくれる』という信頼関係を築け、発注につながったと思います」

 これにより、苦しい時期も首都圏で年に1万戸、関西で5千戸をコンスタントに受注してきた。しかし、受注が決まっても、下請けとなる協力会社がなければ現場は進まない。同社を信頼する協力会社が存在したことが、復活要因の2点目だ。

 「協力会社の多くは、当社の創業期から長谷工設計・施工のマンションをつくり続けていて、手慣れている職人ばかり。マンション施工は土地の契約から約1年後に着工するので将来の仕事が見えています。コンスタントに仕事があるということも協力会社が当社から離れなかった理由でしょう」

 昨今のゼネコン業界の人材不足は深刻さを増す。しかし同社は信頼関係を結んだ協力会社があることに加え、工業化工法の採用拡大や各工事のピーク時期を平準化する等の工夫で、労務の効率化を図った。人材不足の影響による工事費の上昇も緩やかだという。

 3点目は、高品質のマンションを適正な価格でつくる設計・施工の技術力だ。同社が持つ技術力を発揮できたのは前社長の大栗育夫氏(現会長)の存在も大きい。大栗氏はもともと設計畑出身で、建設業界の経営者としては珍しい存在だ。営業畑を歩んだ辻氏と同時期に専務となり、長谷工の再生を誓い合った仲だ。辻氏は大栗氏が社長に就任した時をこう振り返る。

 「土地取得能力の高さが売りだった当社の社長に、技術部門のトップだった大栗が就任して、当社の技術部隊が活性化したのです。文系の多いデベロッパーさんが抱いたふとした疑問に、現場経験のある大栗が答えるなど、大栗自ら当社の技術力を説明、発信したことで技術力がクローズアップされ、きちんと評価されるようになったことが大きかったです」

バブル崩壊後の長谷工を「普通の会社」にしたい

 営業と技術の両輪でマンション事業を進める強みを手にしたことが、今の受注につながったと辻氏は分析する。建設業界は今、東京五輪開催決定などで追い風が吹く。大手ゼネコンは得意分野に集中する中、マンション専業の長谷工がマンション建設を受注する流れができた。

 「今季は受注4千億円台を目指しますが、営業ベースだけで見れば4千億円を超える勢いで進んでいます。ただ、品質や工期の問題もあるので技術部門と足並みをそろえ、無理はしません。2年先までの受注材料は積み上がっていますが、入社して40年、いい時も悪い時も見てきましたから、足元をしっかり見たい」

辻 範明 好調な流れにも気を引き締める辻氏。これも苦しい時を乗り越えてきたからだ。辻氏は99年に取締役に就任した。その後、同社が潰れると思ったことは2、3回あった。危機感を感じるたび、辻氏は自社株を購入した。営業のトップが株を持つことで安心材料をつくりたい一心だった。

 「社員から『苦しい時期によく株を買いましたよね』と言われました。それは、会社をつぶすまいという気持ちが強かったからです。赤字に陥った時、僕は部長職で責任の一端はあると感じていました。だからこそ、定年を迎えるまでに会社の負の遺産を清算して『普通の会社』にしたいという強い意志を持っていました。やっとここまで来られました」

 社員が踏ん張れたのは、マンション施工戸数が業界1位であるというプライドが大きいと辻氏は語る。マンションのことを知り尽くし、技術力があるという気持ちは社員を一つにさせ、それにふさわしい企業にしたいとの思いに結び付けたという。

 そんな辻氏は10年に副社長に就任。同時にグループのサービス関連事業を統括する長谷工アネシスの社長を兼務することとなり、同社の社員全員と話す機会を設けた。夕方会議室でミーティングをした後、近くの中華料理店で酒を交わしながら本音を聞き出した。接待のない夜はすべて社員と過ごし、2年半かけて1850人と対話した。

 「仲のいい社員と一緒にいるほうが楽ですよ。ただ、それではだめだと思いました。若手社員でもトップと意見を交わしたことで励みになることもあるだろうと始めました。2年半、自宅でご飯を食べた記憶もないですし、正直しんどくてやめたくなったこともあります(笑)」

 2年半にわたる社員とのミーティングでは辻氏にとって発見が多かった。会議室では緊張して話せなかった社員も酒をはさめば意見を出すようになり、辻氏はそれに耳を傾け、権限の範囲内で解決策を提示していった。

 一番のヒットとなった意見は「長谷工のコマーシャルをつくらないのですか」という意見だった。BtoBのゼネコンにはテレビCMは必要ないと考えられていた。しかし、マンション管理を行うグループ会社の若手社員の意見を聞いた辻氏は、BtoC事業を行うグループ内の企業にはメリットがあると考え、当時の大栗社長と相談して制作を決めた。これにより社員のモチベーションを高め、管理契約延長が難しそうな案件を更新につなげるなど良い影響があった。

 「長谷工はマンションで1番だというプライドはありましたが、自画自賛な面があることも事実でした。だからこそ、真の意味でお客さまに愛されるために、私たちはおもてなしの心を持たないといけないのです。現場にいる社員の声に耳を傾け、彼らが抱える仕事上の問題に向き合えば、結果的にお客さまに対応することができます。上からの号令だけではなく、それによって現場で生じる悩みを汲むことも必要なのです。直接意見を聞けたことで、社員への優しさをさらに育むこともできました」

負の遺産を清算した長谷工が向かう先

 辻氏は強みであるマンション建設がいつまでも好調を維持できるとは思っていない。修羅場を乗り越えた今、「二度と失敗したくない」と辻氏は噛みしめるように話す。人口減少社会、20年東京五輪後の生き方として、新築マンション事業に加えて、マンションの修繕や管理、高齢者住宅事業などを含むサービス関連事業(ストック事業)を伸ばすことが重要だとする。

 「賃貸マンションを借りる時や中古マンションを買ってリフォームする時、自宅を売却して介護施設に入る時など、住宅に関連することをお客さまの生涯にわたってサポートできるグループ会社にしたい」とビジョンを語る辻氏は、そのビジネスの種は身近にあるとする。だからこそグループ全社員が営業マンとしてビジネスの種を見つけられるように、新築マンション事業の社員とストック事業の社員それぞれが一堂に会する朝礼を毎月行う。

 「トップや役員の話よりは、介護現場の主任や若手社員など第一線で働く社員の声を届けるようにしています。臨場感があるから面白いですよ。それがきっかけになり、担当外の案件を見つけ、ビジネスにつなげる機会は今後増えると思います」

 営業トップを走り続けた辻氏は、時間をかけ、徹底的に全社員をグループ全体の営業マンとして育てたいと話す。サービス関連事業を盤石なものにするためには重要な鍵となるだろう。

 「一度死んだ会社が生まれ変わり、今はよちよち歩きを始めたところ。今後3年は自己資本を積み上げていきます。その後は将来を見据えて勝負をかけなければいけません。守りだけでは勝てません」

 将来は世帯数減少に伴い新築マンションの需要も減る見通しだ。その中で長谷工はマンション建設の強みを発揮し続けるだけではなく、新しいビジネスチャンスをつかんでいかなければならない。サービス関連事業には競合もある。その中で長谷工らしい強みをつくり、周知させる必要もあるだろう。再生した今こそ、未来に向けて動き出す時だ。

(文/本誌・長谷川愛 写真=佐藤元樹)

 
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