文化・ライフ

進む病気のボーダーレス化

 私が愛犬といつも散歩している代々木公園。そこに生息する蚊がデング熱のウイルスを媒介していたことで、大きな騒ぎになっている。

 昨今の日本人は、「熱帯の病気(以下、熱帯病)」に無防備で、関心もあまりない。そのため、この種の病気がいくら海外で流行しても、「日本には無関係」と医療関係者ですら考えていたはずだ。

 だが、日本列島の亜熱帯化で熱帯病が日本でも次第に蔓延してくるとの予測は以前からあった。そんな中でのデング熱の国内感染で日本人も熱帯病に無関心ではいられなくなったのではないだろうか。もっとも、今回のデング熱は、日本の亜熱帯化が直接的な原因ではない。海外からの渡航者がデング熱のウイルスを日本に持ち込み、代々木公園の蚊がそれを媒介したようだ。その意味で、亜熱帯化とグローバル化を背景に、「病気のボーダーレス化」が進行した結果と見なすことができる。

猛威を振るう熱帯病の背後で

 私は医学部の学生のころ、熱帯医学研究会という学内クラブ的な会に所属していた。当時から熱帯医学は不人気な専門科目で、先進国では消滅していく医学のように思われていた。だが、熱帯医学研究会を主導していた教授は大変熱意にあふれた人で、アマゾン川での医療経験も有していた。その教授が私は好きで、阻害された熱帯医学に逆に関心を持ったのである。

 病気を世界規模でとらえると、日本の医者が診ている病気がいかに限定的かが分かってくる。とりわけ、熱帯病は、世界での数・種類が圧倒的に多い。先進国では、がん・糖尿病・認知症などの病気が主たる治療対象になっているが、地球全体で見た場合、死亡原因の多数を占めるのはマラリアだ。世界保健機構(WHO)の推計によれば、今日でも100カ国余りでマラリアが流行し、年間2億人強の感染者と、200万人の病死者を出しているという。その多くは、サハラ以南のアフリカにいる5歳未満の小児だ。

 これだけ多くの人がマラリアで亡くなっているにもかかわらず、国際社会はこの病気を制圧できていない。もちろん、マラリアの治療薬はある。それでも、病気を制圧できていないのは、薬剤耐性の問題や政治的な問題、さらには経済的な問題が複雑に絡み合っているからだ。

 少し乱暴な言い方をすれば、国や製薬会社が注ぎ込む資本(研究開発費)の過多で、病気の治療が可能になるかどうかが決まる。そして、営利企業である製薬会社や裕福な先進国が多額の資金を投じるのは、市場性の高い病気--つまり、その国で多く見られる病気だ。ゆえに、糖尿病・高血圧などに対しては続々と治療薬が出てくるが、市場性の低い熱帯病は、先進諸国も製薬会社も興味を持たない。医者たちにしても、治療対象が多くいるからこそ、それぞれの専門分野の知識が生かせるわけで、患者数の少ない熱帯病に対する関心はどうしても低くなる。実際、若い世代の医者たちも、熱帯病に対する関心は薄く、私の学生時代同様、熱帯病に詳しい日本の医者は本当に少なく、熱帯病の臨床経験のある医者となるとその数はさらに減る。だから、デング熱の感染で、日本全体が「あたふた」としてしまうのである。

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