マネジメント

 福地茂雄氏は、これまでの経営者としてのキャリアで、会社や自らの命運を左右する大きな決断をいくつも行ってきた。その中でも、とりわけ印象に残る出来事を尋ねると、「発泡酒市場への参入」「ガバナンス改革」「会社の歴史上初となる赤字決算」「NHK会長への就任」「野球賭博事件に伴う相撲生中継の休止」の5つを挙げた。

 「自分はカリスマではない」と言う福地氏だが、いずれも人並み外れた決断力と求心力がなければ、乗り越えられなかった難題ばかりだ。それらのエピソードと共に、経験から学んだ経営者としての心得を、後進へのメッセージとして2回にわたって掲載する。

迷いに迷った発泡酒への参入

福地茂雄

福地茂雄(ふくち・しげお)
1934年生まれ。福岡県出身。長崎大学卒業後、57年朝日麦酒(現アサヒビール)入社。主に営業畑を歩んだ後、88年取締役、96年専務取締役を経て、99年社長就任。会長職を務めた後、2006年に相談役として経営の第一線から退くも、08年に第19代NHK会長として再び経営の最前線に身を投じる。東京芸術劇場館長や新国立劇場理事長も務めるなど、文化活動にも積極的に取り組んだ。

 2001年2月、アサヒビールは「本生」で発泡酒市場に参入しました。最初に他社が発泡酒を発売してから既に7年がたっており、大手ビールメーカーでは4番手として最後発の参入でした。

 前社長の瀬戸雄三さんの時代まで、「アサヒから発泡酒は絶対に出さない」と決めていました。1999年に私が社長に就任した時、マスコミは「発泡酒を出す前提の人事ではないか」と勘繰りましたが、私も当初は発泡酒を売るつもりはなかったのです。実際、試作品は作っていましたが、発泡酒特有の匂いが消えず、商品化することにどうしても納得がいかなかったからです。自分が納得いかないものを、お客さまに出すべきではないと思っていたし、「スーパードライ」と市場の食い合いが起きる懸念もありました。

 考えが変わったのは、社長就任2年目の夏、新たな試作品ができた時です。海洋深層水の採用や醸造法の工夫によって、独特の匂いが消えて質の高い発泡酒ができました。市場における発泡酒の位置付けも、単に安いからという理由ではなく、カジュアルな飲み物として評価が高まっていました。他と差別化できる良い商品ができて、お客さまが求めるものを世の中に出さないのは果たしてどうなのかと思うようになったのです。

 社内では出すべきという意見と、出すべきでないという意見が真っ二つに分かれました。消費者からも、出してほしいという声と出す必要はないという声があり、どうするべきか、悩みに悩みました。

 最終的に販売に踏み切りましたが、この時に決断の拠り所にしたのは、「顧客満足」の経営理念でした。アサヒビールの経営理念は「最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客さまの満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献する」というものです。ここに書かれた顧客満足の精神に則れば、出すべきというのが私の結論でした。

 某銀行の頭取からは、「朝令暮改」と言われ、取引先の百貨店の会長からも「君子豹変」と言われました。しかし、これはむしろ褒め言葉でした。私は常々、変える勇気と変えない勇気を持たなければならないと言ってきました。創業の理念、経営理念は変えてはいけないが、それ以外はすべて変えても良い。結果的にその年、ビール類トータルで、業界ナンバーワンになれたので、この決断は正解だったのでしょう。

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