マネジメント

孫正義のライフプラン

 ソフトバンク社長の孫正義氏には、「人生50年計画」がある。20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低でも1千億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ。これは、孫氏が19歳の時、米国留学中に人生の目標を表したものだとされる。孫氏の経営者としての、これまでの歩みは、大筋でこの計画通りに進んでおり、本人も折に触れて「全くぶれていない」ことを強調する。

孫正義

孫正義(そん・まさよし)
1957年生まれ、佐賀県出身。75年米ホーリー・ネームズ・カレッジに入学、77年カリフォルニア大学バークレー校に編入、80年同大学卒業。81年日本ソフトバンクを設立。90年にソフトバンクに商号変更、現在に至る。

 当社が刊行していた『平成義塾』1990年9月号のインタビューにおいても、人生50年計画の内容に言及している。当時は起業から10年が経過しようとしている時期だ。

-- これから10年で一番やりたいことは。

 やはり今から10年で軍資金を1兆円貯めたいですね。本当にやりたいことはそこからなんですね。だから今から10年間というのは、あくまでもそのための序曲だと思います。これから10年たった後、西暦2000年から本当に思い切った事業を始めます。コンピューター分野、情報分野の中でね。

-- 具体的には。

 僕にもまだ、はっきりとは分かりません。何かインフラストラクチャーがらみのものになると思います。いろいろ言うと邪魔が入るもので(笑)。

-- これまでを振り返っていかがですか。

 最初の10年はとにかくコンピューター業界で名乗りを上げるという10年でした。少なくとも、コンピューター業界で名乗りを挙げましたから、これからは軍資金を貯めますよ。

 孫氏は計画通りに、日本に帰国後の24歳の時、1981年に日本ソフトバンクを設立。30代(87〜96年)では、90年にソフトバンクに商号変更後、軍資金集めのための布石を打っていく。94年に株式を公開し、その資金を元にM&AやIT関連企業へ出資。ジフ・デービスやヤフーの買収を行った。

 そして勝負と位置付けた40代(97〜2006年)で仕掛けたのが、ヤフーBBによるブロードバンドサービスへの参入と、ボーダフォンジャパン買収による携帯電話事業の参入だ。

 現在、孫氏は50代(07〜16年)で、事業を完成させる段階にある。米スプリントの買収や中国アリババグループへの出資など、ワールドワイドでの事業展開を進めている。

孫正義はなぜコンピューターに魅了されたのか

自動翻訳機のプロトタイプを手に持つ孫正義氏

自動翻訳機のプロトタイプを手に持つ孫正義氏(『平成義塾』1990年9月号)

 こうした計画通りに進んでいる孫氏とソフトバンクの歩みだが、コンピューターソフトに始まり、インターネット、携帯電話へと事業を発展させながら、デジタル情報革命を推進しているが、一貫しているのは孫氏のコンピューターへの熱い想いだ。

 そもそもの起業の経緯は、米国留学中のコンピューターとの出会いにある。本誌1992年4月28日号のインタビューでは、コンピューターとの出会いの衝撃を次のように語っている。

 ある日、サイエンスマガジンをめくってたんです。すると、摩訶不思議な虹色に輝いている写真があったわけです。まるで未来都市のような幾何学模様で、すごくきれいだったんです。

 何なんだろうと次のページをめくると、それがコンピューターの正体だった。現在のICの拡大写真ですが、これを初めて見た時の驚きは、両手両足の指がじ〜んとしびれて、感動して、涙がぶわ〜っとあふれました。ついに人間は、20世紀、21世紀の境で人間を超える知的生物を自ら作り出したのかもしれないと……。ものすごいショックと興味を持ったんです。

 こうしてコンピューターに興味を持った孫氏は、米国留学中に自動翻訳機を開発、その売り上げを元手に起業する。起業してからも、コンピューターへの想いやインターネットへの情熱が深まっていき、事業を発展させていく。勝負と位置付けた40代に入った頃、本誌1999年11月22日号のインタビューにおいてもコンピューターへの想いが進化していく様子がうかがえる。

-- ヤフーを買収しようと決めた動機は何ですか。

 非常に漠然としたイメージでしたが、インターネットがこれから大きな流れになると思っていました。その中で、(ヤフーを買収する)少し前に(米国で有力なパソコン情報誌を出版している)ジフ・デービス社を買収したことが、ヤフーを見いだすのに役に立ちました。

 ヤフーの創業者や経営陣は、純粋にインターネットを愛していて、好きで好きでたまらないから本当に詳しかったんですよ。インターネットのユーザーが、これから何を求めるのかを体の底から分かっていました。だからこそ、見よう見まねで作るのとは違って、他社に先駆けて次々に新しい機能やサービスを作るクリエイティビティーが全く違っていたんです。当時は、まだ社員が15人でしたが、彼らの目は輝いていました。

-- それで、将来間違いなく伸びると。

 われわれは100億円を投じたわけですが、当時はアメリカでもクレージーだと言われました。しかし、われわれはパソコンのスタートのころを全部体験して、自分の目で成長の具合を見てきましたから、インターネットがこれから間違いなく大きな流れになると、本能的に感じていました。その広がりの中で、インターネットの道案内人的な機能が絶対に必要不可欠だと思っていたんです。ジャングルの道案内には、ジャングルを心から好きで住み着いているターザンのような人間のほうが、ネクタイをしている人よりもずっと頼りになります。

-- 孫さんも、パソコンが好きでたまらないから、やっているわけですからね。

 そうです。特に、インターネットの世界はスピードが速く、変化が激しいですから、その中を先が分からないながらも読みながら、手を打っていくのは本当に面白い。

孫正義

「コンピューターを初めて見た時の驚きは、感動して涙がぶわ〜っとあふれました」

-- インターネットの時代が必ず来ると信じた決め手は何でしょう。

 大学時代にコンピューターに最初に触れて、その時、コンピューターは人間の知恵と知識を人々と分かち合う、あるいは最大限に加工する最高の道具であると感じました。従来の工業製品は筋肉を延長させるもので、今度の革命は知恵と知識を分かち合う、頭脳の革命です。これは最大限に広がり、はるかに付加価値が高いものです。

 インターネットは、従来のコンピューターが単体で動いていたのに比べて、世界中の電子機器やコンピューターを全部ネットワークしてしまうものですから、これは究極の情報革命だと言えます。

 4年前の1月1日に、ソフトバンクの全役員に電子メールで「インターネット元年だ」と送りました。当時は、ネットスケープがそれなりに広まってきて、ヤフーが株式公開する直前です。アマゾンやEトレードなどの現在活躍しているインターネットカンパニーがちょうどそのころに産声を上げたんです。

 インターネットは電話よりも大きな発明であり、テレビよりも大きく広がり、車よりも大切な社会基盤になると思います。情報社会の最も重要なインフラになるのがインターネットです。一時的なブームではありません。よく「インターネットバブル」と表現されますが、一時的に伸びて後で下がる物をバブルと言い、伸びて、伸びて、伸び抜くものは成長です。だから、私は片足をインターネットに突っ込むのではなく、体ごと飛び込みました、インターネットが花開かなかったら、ソフトバンクはただの石ころになっても構わない。革命期には、命を投げ出してでも新しいパラダイムを切り拓いていかなければ、先頭を切るのは難しいんです。片足で乗り越えられるほど甘いものではないと思います。

 孫氏のコンピューターへの想いは、来年2月に発売するパーソナルロボット「Pepper」にもつながっており、現在まで拡大し続けている。

ソフトバンクの事業完成に向けた孫正義の次の一手は?

孫正義

「インターネットが間違いなく大きな流れになると、本能的に感じていました」

 40代での勝負は、世の中のパラダイムシフトを読み切った上で大勝負を仕掛ける。まずブロードバンド参入については、本誌2003年3月11日号で次のように語っている。

 1876年に電話、1941年にテレビ放送、75年にマイクロコンピューターがそれぞれ誕生したわけですが、この3大電子メディアが、今後ブロードバンド(BB)で全部つながっていくわけです。つまり単にインターネットのスピードが速くなったという程度の位置付けではなくて、まさに電子メディアの集大成だと考えています。ですから世界発のBBによるテレビ放送も行ったんです。このほかにもさまざまなサービスを計画中ですが、これからは興奮の連鎖、連続が始まっていきます。

 もちろん無線LANによるサービスも同時に行っていますから、将来は「いつでも、どこでも、だれとでも」コミュニケートできるインフラが提供できます。その結果、電話会社とテレビ局と、コンピューターの通信会社をみんな合わせたような事業会社ができると面白いと考えています。

 100年に1度の「勝負どころ」にいるのが、ちょうど今なんです。

 そして、40代最大の大勝負と言えるのが携帯電話事業への参入だ。ボーダフォンジャパン買収時に「10年以内にドコモを抜く」と宣言したが、本誌2006年1月24日号のインタビューでも、その抱負を語っている。

-- 「携帯」市場は飽和状態だと言われているが勝算は。

 新しい事業ですから、やってみないと分からないという部分はあります。スタートする前にあまり大口叩くのも何ですし、われわれはあくまで「ニューカマー」ですから。「携帯」の場合、既存3社が事実上20年以上も前から先行しているのですから、スタートラインは一緒ではありません。

-- 強気がいわば売り物の孫氏にしてはシェア獲得に関する意気込みが控えめだった気がするが。

 「ものすごく大きな成功を収めることができる」などと考えるほうが、むしろ「思い上がり」です。巨大な既存3社が立ちはだかっている現状をしっかりと受け入れて、小さく確実にスタートしていくことが肝心です。ただ、10年、20年というスパンで見た場合、それなりのポジションを取る自信は当然あります。逆に「奇襲作戦」で一気にナンバーワンを握るというのはムリだと断言できます。ある1つか2つの切り口から入って、着実に成功を積み重ねながら、10年たったらそれなりのポジションを取っている、20年たったら、もしかしたら一番になっているかもしれませんよ、ということです。

 20年と言わず、10年たたずにソフトバンクは日本の携帯電話市場を制した。次は事業の完成を目指す。そのために孫氏がこれからどんな手を打っていくのか、注目が集まっている。

(構成=本誌・村田晋一郎)

 

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