テクノロジー

 米アップルの新型スマートフォン「iPhone6」と同時に発表されたモバイル決済システム「Apple Pay」は、日本ではほとんど話題になっていない。しかし、もしApple Payが本格上陸すれば、電子マネーにおける日本の優位は一気に覆される恐れが大きい。

 

Apple Payは少額決済インフラの起爆剤に

 

 日本では「おサイフケータイ」に代表される非接触型電子マネーが広く普及している。

 非接触とは、かざすだけで情報を読み書きできる方式で、世界的には「ニア・フィールド・コミュニケーション(NFC)」と呼ばれる。

 形態はカード型と、携帯電話機などへの組み込み型がある。どちらも同じマイクロチップを搭載している。

 日本の非接触電子マネーの事実上の業界標準は、ソニーが開発したICチップ「フェリカ」を利用する。海外ではほとんど普及していないガラパゴス規格だが、既に商用化から20年以上の歴史がある。

 フェリカは最初から電子マネー以外の用途を想定して開発された。本格普及はJR東日本が切符や定期券を代替する「Suica」に採用したのがきっかけ。ほかにも全日本空輸(ANA)のマイレージカード、ヨドバシカメラやマツモトキヨシのポイントカードなどもフェリカだ。

 つまりフェリカチップを搭載した携帯電話機なら、これらの電子マネーやポイント機能を搭載できる。同様にフェリカに対応したリーダーライターなら、どの種類の電子マネーも読み書きできる。

 もちろん技術的に可能なだけで、どの電子マネーに対応するかは取り扱い店舗側が決めることだ。ただ、コンビニエンスストアなどが複数の電子マネーの扱いを始めたことで、国内での利用は一気に広がった。

Apple Payの導入を発表

Apple Payの導入を発表するアップルのティム・クックCEO(Photo:EPA=時事)

 しかしApple Payはフェリカとは全く別のNFC規格を使う。

 基本的にはクレジットカード会社が提供している「PayPass」などのオンライン決済を利用する。PayPassのリーダーライターにiPhoneをかざすと、クレジットカード会社を通じて代金が支払われる仕組みだ。日本でNTTドコモがVISAジャパンと組んで開発した「iD」に近い。

 問題は、それがどこで使えるかである。海外でもPayPassなどのリーダーライターを置いている店はごくわずかだ。

 決済を求める客が少ないから店はリーダーライターを置かない。しかしスマートフォンの業界標準であるiPhoneに決済機能が加われば、店舗も投資を決断しやすくなる。Apple Payは、こうした少額決済のインフラ構築の起爆剤になると考えられる。

 アップルがすることは、iPhoneの中に小さなチップを組み込むだけ。リーダーライターは店舗側の負担だし、利用者が支払った代金の回収はクレジットカード会社がしてくれる。

 アップルは決済のたびに手数料を取ればいい。1件当たりはごく少額でも、全世界で使われれば巨大な収入が見込める。欧米諸国でApple Payが話題になるのは、それだけ魅力的なビジネスモデルだからだ。

 

流通業界にApple Payに対抗する戦略はなし

 

 日本にApple Payを投入するかどうか、アップルは明確にしていない。しかし以上の仕組みを理解すれば、PayPassなどのリーダーライターさえあればApple Payを利用できることが分かる。つまり「黒船襲来」は既に決定事項だ。

 電子マネー先進国である日本はどう対抗するのか。今のところ各社とも敏感な反応を示していない。それにはいくつか理由がある。

 既に日本にはフェリカを基盤とした少額決済インフラが出来上がっている。これが簡単に崩れることは想像しにくい。

 また、鉄道各社がSuicaのような乗車券機能を別方式に置き換える可能性は極めて低い。電子マネーを兼ねるSuicaが存続するのだから、フェリカを使う他方式も生き残ると考えられる。

 さらに流通大手の非接触カード、セブン&アイの「nanaco」やイオンの「WAON」などは顧客の囲い込みを狙った独自サービスを兼ねている。Apple Payではポイントを付けたり割引をしたりすることは難しい。

 しかし、これこそ〝ガラパゴスの論理〟だ。日本勢に、海外でのApple Pay普及を妨げる力はない。

 ひとたび世界標準になれば、外国人の訪日客からも、また海外に渡航する日本人からも「Apple Payが欲しい」という声が高まるだろう。それにどう対処するのか。

 iPhoneは独自技術というより、多くの優れた技術の組み合わせである。アップル創業者の故・スティーブ・ジョブズは「大胆に他を真似するべき」と語っている。非接触技術を少額決済に限る必要はなく、将来は日本のように鉄道の乗車券やポイントカードに応用する可能性もある。

 「いろいろ考えるとね、われわれには対抗するための戦略はないんですよ」と流通業界の関係者は打ち明ける。コンビニなどのレジの装置は数年おきに更新する。その時に「Apple Payを読み取れるようにしておいたほうが、売り上げを伸ばすためには有利かもしれません」。

 来日した外国人が目を見張るほど進化した日本の電子マネーは、後発であるApple Payの上陸に怯えている。

(文=ジャーナリスト/小森昭)

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

今後、10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

テクノロジー潮流

一覧へ

科学技術開発とチームプレー

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

[連載] テクノロジー潮流

エネルギー移行と国民の価値観の変化

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

前田浩氏

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

一般には馴染みが薄い産業廃棄物処理の世界。古い慣習が残る業界を、ITによって変えようとしているのがトライシクルの福田隆社長だ。業界の老舗企業がテクノロジー導入に舵を切った背景と今後の展望を聞いた。(吉田浩)福田隆・トライシクルCEOプロフィール 産廃処理で「B to B版メルカリ」を目指す&nbs…

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

佐藤輝英・BEENEXTファウンダーに聞く「起業家から投資家に転身した理由」

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年8月号
[特集] SDGsは江戸にある
  • ・「仁義道徳」 経済人に必要な「利益」と「倫理」
  • ・「利他」 「気候変動に具体的な対策を お金の流れが意識を変える」
  • ・「善の巡環」 高邁な理想を支える創意工夫と挑戦
  • ・「才覚、算用、始末、商人倫理」 SDGsの精神宿る江戸商人
  • ・「国利民福」 国が栄えれば人々も幸福になる
  • ・「先も立ち、我も立つ」 石田梅岩と商人道徳
  • ・「気丈」 学問は「治安」「エンタメ」「立身出世」──江戸庶民の教育事情
  • ・「心田開発」 二宮尊徳の報徳思想
[Special Interview]

 里見 治(セガサミーホールディングス会長グループCEO)

 日本初のIR事業への参入はエンターテインメント事業の集大成

[NEWS REPORT]

◆メガバンクからの陥落目前 みずほ銀行の昨日・今日・明日

◆巨大ドラッグストアチェーン誕生か 業界再編はココカラ始まる

◆カリスマ・鈴木修会長に陰り? ピンチを迎えたスズキの前途

◆G20農相会合で見えてきたスマート農業の未来像

[特集2]

 AI時代に稼げる資格

 今必要な資格、将来必要な資格はこれだ!

ページ上部へ戻る