政治・経済

 去る9月11日、日本経済新聞朝刊1面に「リクルート、来月上場 時価総額1.6兆円、今年最大」の見出しが躍った。株式会社リクルートホールディングスは東京証券取引所に10月26日、上場する。1960年に故・江副浩正氏が前身である大学新聞広告社を創業してから55期目、87年のリクルート事件、1兆円を超える膨大な借金の完済、ダイエー傘下企業の時代を経て、今年、リクルートは世界へ向けて大きく舵を切る。

リクルートの野望① 相次ぐM&Aが物語る 世界一への布石

 2012年6月、株主総会で上場準備に入ることを明言してから2年、上場を控えたリクルートの壮大な野望がその一端をのぞかせつつある。キーワードは2つ。ひとつは「人材派遣」、もうひとつは「海外」だ。

 07年、リクルートはスタッフ・サービスホールディングスの株式を取得。人材派遣事業に絞って言えば、当時、業界4位だったリクルートが1位のスタッフ・サービスを飲み込むという下剋上ぶりが話題となった。

事業別売上高 さらに驚かされたのはその買収額だ。競争入札となったことでその金額は吊り上がり、結果1700億円になったとも言われている。これは当時の企業価値からすれば2倍程度の高値。この買収により、リクルートは業界1位となり、07年の売り上げに対する人材関連分野の比率は7割に及んだ。この時点で既に人材派遣分野を事業の中核に据える青写真が描かれていたと考えてよいだろう。

 しかし、国内の派遣業界は既に成熟市場。この上、勢力の拡大を目指して第2第3の会社を買収すれば、今度は独占禁止法に抵触してしまう。リクルートの目は自ら海外へと向かった。

 10年の米CSIに続いて、11年には米スタッフマーク、米アドバンテージリソーシングおよびそのグループ会社と、リクルートは欧米の人材派遣会社を立て続けに買収。これにより、欧米だけでなく、オーストラリア、香港、シンガポール、ドバイなどの拠点も手に入れ、13年には世界第5位の人材派遣会社という地位に躍り出た。

 これらの買収劇で、リクルートが人材派遣業で世界ナンバーワンを目指していることが内外に対して明確になったといっていい。そのためには今後、既に大手派遣会社がしのぎを削っている欧米で1から事業を立ち上げていては到底追い付かない。残る選択肢はさらなるM&Aだ。

 しかし、日本では知名度があるリクルートも一歩海外へ出ると無名の存在。ビジネスパートナーとして信頼に足る魅力的な企業と認められるためには、未公開企業では限界があった。

 世界に打って出るには、公開企業でなければならない。上場は、周囲の想像よりずっと以前から既定路線だったのである。

リクルートの野望② 株保有ルールの変更で防ぐ大量退社

 株式公開が正式に発表され、まことしやかにささやかれている噂のひとつに「リクルート上場により社員に億万長者が続出!」がある。さらに「大金持ちになって会社を辞める人材も続出!」と続くことも少なくない。

 このことは江副氏も危惧していたようで、かつてのインタビューで「社員持ち株会が筆頭株主だったソニーは、上場後に株を売却して辞める社員が多かったと創業者の盛田昭夫氏から伺って、上場はできないと思いました」と述べている。

現在は使われていないカモメマークの社章

現在は使われていないカモメマークの社章。青空に飛翔するイメージから作られた

 「人材」を何よりも大切にしてきたリクルートにとって、有能な社員が一度に大量に辞める事態は何としてでも防がなければならない。これに対する策は周到に練られていた。

 上場に当たり公開された株主構成では、社員持ち株会が11・19%と筆頭株主である。その名のとおり、かつては社員でなければその株を保有することはできなかった。給与天引きでコツコツと買いためてきた社員も多く、辞める際には持株会に株式をすべて売却してリターンを得る、というのが定石だった。

 このルールがここ数年で変わっていたことをご存じだろうか。

 まず、会社を辞めても一定量まで株式を保有し続けられるようになり、その後、上限は撤廃。たとえ会社を辞めても社員時代に手に入れた株は全株持ち続けられることになった。

 このルール変更の意味するところは非常に大きい。つまり、「株を売りたい・買いたい」ということと「会社にいるか・辞めるか」ということを完全に切り離したのだ。これにより、株価の上下に社員が辞めるタイミングが左右されてしまうというリスクは回避された。

 また、11年4月からは退職金制度も変更されている。対象者は35歳、38歳、41歳、44歳、47歳の社員で、この年齢の時に退職すると750万円または、1500万円が退職金に加算して支給される。これは社員の高齢化を防ぐと同時に〝辞め時〟を個々に年齢でコントロールすることで一度に大量に社員が辞めるのを防ぐ効果もある。

 そして14年はこの「3年に一度」の人事制度がスタートしてちょうど一巡するタイミング。この制度が上場に対する社員の覚悟を計る踏み絵の役割を果たしているのかもしれない。

リクルートの野望③ 利益率を改善できる独自ノウハウが武器

 では、上場後のリクルートに死角はないのだろうか。

 まず、上場の大きな目的のひとつである海外での人材派遣事業について考えてみよう。リクルートグループにはもともと1987年に設立されたリクルートスタッフィングという派遣会社があり、業界の中でも「スピードのリクルート」として知られる存在であった。

 この「スピード」とは、登録者が実際に職を得るまでの期間が短いことを指している。言い方は悪いが、人材派遣会社にとって登録者は〝在庫〟である。在庫の回転率がよければ利益率は上がる。この、いかにして登録者に仕事を早く見つけてくるか、という部分に他社が一朝一夕にマネできない〝リクルートウェイ〟とも呼ばれる独自ノウハウがあるという。

 事実、これまでに買収してきた人材派遣会社についていえば、ビジネスモデルは共通ながら買収後、平均して3%程度の営業利益率の改善がみられているという。これは今後、海外でさらなるパートナーを募る際の強力な材料となろう。

 一方、同じ海外でもアジアに対しての戦略は異なる。

 昨年、リクルートは香港とインドの法人を傘下に収めている。この2社は人材派遣会社ではなく、〝人材紹介会社〟である。

 アジアの新興国へ進出を目論む外資系企業からは幹部クラスの人材に対する旺盛なニーズがある。これに対応するために、Recruit Global Familyの頭文字をとった「RGF」をブランド名に冠し、アジア全域でエグゼクティブサーチを提供している。上場により、この分野のM&Aもさらにスピード感を増して進められていくと想定される。

 人材ビジネスは、リクルートが最も得意とする分野である。今後も盤石だと思ってよいのではないだろうか。

リクルートの野望④ IT人材が支える開発とビッグデータの活用

 加えて、さらなる成長の要として力を入れているのはIT人材の積極的な採用と育成だ。資金の調達はもちろんのこと、上場企業という立ち位置もまた、人材の吸引力としてリクルートが必要としているものである。

 IT人材の活躍の場として注目したいのは、CMが話題になった「リクルートポイント」。「じゃらん」、「ホットペッパー」、「ポンパレ」などのサービスを利用するとポイントが貯まる仕組みで、昨今はグループ以外の実店舗へサービス拡大を急いでいる。

リクルートの連結営業収益 まず、店舗側に対してスマートフォンやタブレット端末を利用してPOSレジの機能が使える「Airレジ」をリリース。これは注文から会計、予約や席の管理、売り上げ管理などの機能が凝縮されている。

 「Airレジ」が店舗側のサービスなのに対して、顧客と店舗を結び付けるためのサービスが「Airウォレット」だ。店舗側は「Airレジ」に加えて「Airウォレット」に参画することで、リクルートポイントが貯まる・使える店舗となる。一方、顧客側は「Airウォレットアプリ」をダウンロードすることで、「Airウォレット」参画店舗が検索可能になる。実際に来店利用することでリクルートポイントを貯めることもできる。

 一方で、リクルートポイントは来春には「Pontaポイント」へ統合されることが決まっている。Yahoo!のTポイント陣営、楽天ポイント陣営、Pontaポイント陣営の3つに収束しつつある、ポイント覇権争いはこれからが正念場だ。

 また、リクルートはこれまでリクナビやゼクシィなど、サービスごとに会員管理をしてきたが、この垣根を取り払い「リクルートID」として一本化した。これにより、日常消費のほか、就職や結婚などのライフイベントに関するデータもID単位で管理可能になった。加えて関連するスマートフォン向けアプリも次々とリリース。アプリの利用にもIDによる認証プロセスを組み込むことで利用データは加速度的に蓄積されつつある。

 これらの動きを加速し、獲得したデータを利益に変えられるかどうかが今後の成長の肝となろう。見据える先にあるのはビッグデータの雄、グーグルだ。

昔ながらの社風は今も社員に受け継がれている

昔ながらの社風は今も社員に受け継がれている

 かつて「コンサルタントはクライアントを冷静にさせるが、リクルートは熱くさせる」と言われてきた。OB・OGが誇りとしてきたそんな泥臭い社風は、今は昔となってしまった感もある。しかし、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉は今でも社員の中に脈々と受け継がれている。

 上場によりリクルートは世界にその名を響かせるグローバル企業へと変貌できるか。その機会が訪れるのは間もなくだ。

(文=ジャーナリスト・小林みやび)

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[特集 新しい街は懐かしい]

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

社員17人で41億円を売り上げた社長が語る「中国で越境ECを成功させる秘訣」―栖原徹(ピルボックスジャパン社長)

今や米国と並び、世界最大級の消費市場となった中国。その中国で爆発的なヒットを飛ばしているのが健康食品・サプリメントなどの越境ECで展開するピルボックスジャパンだ。同社を率いる栖原徹社長に、中国市場で成功するための秘訣を聞いた。(取材・文=吉田浩) 栖原徹・ピルボックスジャパン社長プロフィール…

栖原徹・ピルボックスジャパン社長

意思決定の効率化を実現しデータ活用に革命を起こす―インティメート・マージャー

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

入学試験や資格取得のための勉強法については、さまざまなハウツーコンテンツが世にあふれている。そんな中、独自の学習理論で注目されているのが、サイトビジット社長の鬼頭政人氏。勉強法という個人的な問題を解決するためのサービスを、「働き方改革」を推進する法人向けにも展開している。(取材・文=吉田浩) …

鬼頭政人(サイトビジット社長)

アスリートのセカンドキャリア問題に真正面から取り組む―中田仁之(一般社団法人S.E.A代表理事)

20歳で探検家グランドスラム達成した南谷真鈴さんの素顔

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年2月号
[第45回経済界大賞]
  • ・[大賞]新浪剛史(サントリーホールディングス社長)
  • ・[特別賞]小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)
  • ・[優秀経営者賞]水田正道(パーソルホールディングス社長CEO)
  • ・[優秀経営者賞]青野慶久(サイボウズ社長)
  • ・[ベンチャー経営者賞]及川智正(農業総合研究所会長CEO)
  • ・[ベンチャー経営者賞]山本正喜(ChatworkCEO兼CTO)
  • ・[グローバル賞]ハロルド・ジョージ・メイ(新日本プロレスリング社長兼CEO)
  • ・[100年企業賞]高松建設(高松孝年社長)
[Special Interview]

 新浪剛史(サントリーホールディングス社長)

 創業精神の共有から始めた米ビーム社との統合作業

[NEWS REPORT]

◆海外メーカーを次々と買収 キリンがクラフトにこだわる理由

◆売上高は前期比3割増 止まらぬワークマンの快進撃

◆第3の都市はどこに? 「スタートアップ拠点」争奪戦

◆寿司屋の大将は3Dプリンター? 電通が画策する未来の飲食

[特集]

 もっと眠りたい

 明日のパフォーマンスを劇的に高める

 一流の睡眠術

ページ上部へ戻る