国際

独自ルートを活用しプーチンと会談した森喜朗氏

 日露関係が動き始めている。そのきっかけとなったのが、9月10日、モスクワで行われた森喜朗元首相とロシアのプーチン大統領の会談だ。会談の席で、森氏は、安倍晋三首相の親書をプーチン大統領に手渡した。

 〈森氏によると、プーチン氏は会談の席で親書を読み、「日本との対話はこれからも続けていかなくてはならない」と発言。「安倍氏によろしく伝えてほしい」との旨を森氏に重ねて述べた。/日露両政府が合意している今秋のプーチン氏の訪日については議題とならなかったが、プーチン氏は安倍氏との定期的な会談など、日露間の対話継続に意欲を示したという。〉(9月11日『産経新聞』)

 今回の森・プーチン会談は、森氏が機転を働かせて、独自の人脈を用いたので実現した。

 9月2日、ロシアのチェリャービンスクで柔道世界選手権が行われた。このとき観客席で全日本柔道連盟の山下泰裕副会長がプーチンに、「森喜朗元首相が来週、モスクワを訪れます」と話し掛けた。するとプーチンは、「ヨシが来るのか。俺は聞いていない。安倍晋三首相はロシアに対して随分厳しいことを言うが、森さんが来るなら、日本が何を考えているのか直接聞いてみたい」と答えた。

 森氏の訪露については、モスクワの日本大使館がロシア外務省に外交ルートを通じて要請したが、その要請はプーチンに到達していなかった。森氏を外務省が本気でプーチンと会わせたいと考えたならば、日本大使館がクレムリン(露大統領府)に直接働き掛けなくてはならない。

 現在の日本大使館のロビー能力には限界がある。原田親仁大使がウシャコフ大統領補佐官(外政担当)に働き掛けたくらいでは、森氏の会談要請はプーチンの耳には入らない。

 最低限、原田大使は、プーチンの盟友であるセルゲイ・イワノフ大統領府長官に面会して、会談取りつけに努力すべきであった。現地の大使が大統領府長官といつでも会える関係を構築できていないような状態では北方領土交渉の進捗は期待できない。

 モスクワの日本大使館の「実力」を熟知している森氏は、日本外務省のみに頼らずにいくつかの信頼できるルートも活用した。

 例えば、在京のアファナシエフ・ロシア大使は、露外務省に対してのみでなく、クレムリンにも直接公電(公務で用いる電報)を打つ権限を有している。

 森氏はアファナシエフ大使と接触して、山下氏から聞いたプーチンの発言について伝えるとともに会談要請を行った。プーチンの発言についてならば、アファナシエフ大使は必ずクレムリンに公電で報告すると森氏が計算したからだ。

 クレムリンには、日本との関係を発展させたいと考えるグループと、日本との関係は冷却させたほうがよいと考えるグループが暗闘を展開している。こういうときに駐日大使の意見具申がクレムリンに影響を与える。クレムリンのゲームのルールを熟知する森氏だからこそこのような働き掛けができたのである。

森・プーチン会談の影響が現れた出来事

 今回の会談において、プーチンは、森氏に訪日の意向を有していることを再度確認した。首脳レベルでの政治対話を継続する意志をプーチンが有していることを確認できたのは大きな成果である。

 複数の日露関係筋から得た情報によると、ロシア外務省が事務レベル協議を中止したために事実関係に関する正確な情報がプーチンには入っていない。ロシア外務省、クレムリンの双方に、情報をブロックする動きがある。

 このような動きは、モスクワの日本大使館の能力が基準に達していれば封じ込めることができるはずだが、それができていない。大使交代を含む在モスクワ日本大使館の大幅な人事刷新を行わないと、官邸主導に対応した対露外交を行うことができない。

 森・プーチン会談の影響は、9月21日、プーチン大統領のイニシアティブにより、安倍首相との電話会談という形で表れた。この日は安倍氏の誕生日だ。ロシア人は誕生日に友人に電話をする習慣がある。プーチンは、安倍首相を「個人的友人」と考えているというシグナルをこの電話会談で送った。

 電話会談で、安倍首相は、プーチンに11月に北京で行われるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)での首脳会談を要請し、プーチンは基本的に応じると回答した。これにより、当初今年11月頃に予定されていたプーチン大統領の公式訪日は、準備が間に合わないために延期されることが確実になった。

 ただし、APECにおいて首脳レベルでの日露政治対話が継続されるため、来年の前半にもプーチン訪日が実現される可能性が出てきた。

 日露接近の動きに米国は警戒感を高め、水面下で日本政府に対する牽制を行うだろう。

 もっとも9月23日、シリア領内の過激組織「イスラーム国」(IS)支配地域に米国は空爆を行った関係で、ロシアともIS対策については協調しなくてはならない。米国に日露交渉に本格的に干渉する余裕はない。

 

筆者の記事一覧はこちら

 

筆者の記事一覧はこちら

関連記事

好評連載

グローバルニュースの深層

一覧へ

習近平政権下の中国経済と新時代の到来

[連載] グローバルニュースの深層

グローバルニュースの深層

[連載] グローバルニュースの深層

原油事情に関するロシアの分析

[連載] グローバルニュースの深層

プーチン露大統領の内外記者会見

[連載] グローバルニュースの深層

中間選挙後の米国を展望する

[連載] グローバルニュースの深層

中国を制するものは世界を制す

変貌するアジア

一覧へ

鴻海によるシャープ買収のもう1つの狙い

[連載]変貌するアジア(第37回)

[連載]変貌するアジア(第36回)

SDRの一翼を担う人民元への不安

[連載]変貌するアジア(第33回)

開催意義不明の日中韓首脳会議

[連載]変貌するアジア(第32回)

朱立倫の総統選出馬と台湾海峡危機

津山恵子のニューヨークレポート

一覧へ

CESの姿が変わる花形家電よりもネットワークに

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第20回)

津山恵子のニューヨークレポート

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第19回)

米・キューバ国交回復のインパクト

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第18回)

クリスマス商戦に異変! 店舗買いが消え行く

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第17回)

格差問題が深刻化する米国―教育の機会格差解消にNY市が動き出す

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第16回)

米中間選挙で共和党が圧勝 16年大統領選はどうなる!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年1月号
[特集]
平成の事件簿

  • ・[イトマン事件]闇勢力に銀行が食い荒らされた戦後最大の経済事件
  • ・[ダイエー、産業再生機構入り]一代で栄枯盛衰を体現した日本の流通王・中内 功の信念
  • ・[ライブドアショック]一大社会現象を起こしたホリエモンの功罪
  • ・[日本航空経営破綻]親方日の丸航空会社の破綻と再生の物語

[Special Interview]

 高橋和夫(東京急行電鉄社長)

 「100周年に向けて、オンリーワン企業の強みを磨き続ける」

[NEWS REPORT]

◆かつてのライバル対決 明暗分けたパナとソニー

◆経営陣に強い危機感 富士通が異例の構造改革断行

◆売上高1兆円が見えた ミネベアミツミがユーシンを統合

◆前門の貿易戦争、後門の技術革新 好決算でも喜べない自動車各社

[特集2]経営に生かすAI

 「人工知能は『お弟子さん』
日常生活が作品になるということ」
落合陽一(筑波大学准教授)

ページ上部へ戻る