政治・経済

川崎重工業が長谷川聰前社長ら取締役3人を解任し、三井造船との経営統合交渉を白紙撤回してから約2週間が経過した。詳細は闇の中だが、社内の単なる権力闘争との見方が強い。川重は失った信頼を取り戻せるか。 (ジャーナリスト/神田司)

曖昧にされた統合反対の理由

 「それは本当か」。6月13日木曜日夕方、外出先で一報を聞いた三井造船首脳は耳を疑った。両社OBの反対意見などから今回の経営統合交渉がスムーズに進むとは思っていなかったが、「長谷川降ろし」の材料にされたことに驚きを感じた。

 浜松町駅から徒歩7分、竹芝桟橋(東京都港区)に隣接する「ホテルアジュール芝浦」で20時15分に始まった社長交代会見は異様な雰囲気に包まれた。会社側の出席者は、同日の臨時取締役会を経てそれぞれ常務から昇格した村山滋社長、松岡京平副社長、高田廣副社長の3人。クーデターの実行者たちである。

 「数十年来、苦楽を共にしてきた仲間であり、この結論は慚愧に堪えない。三井造船にも多大なる迷惑を掛けることになる。株主の皆さま、取引先、従業員、そして家族のため、すべての取締役の総意として決断した」。村山社長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、長谷川、髙尾光俊、廣畑昌彦の取締役3人の代表取締役・役付取締役の解職理由を説明した。

 だが、記者が統合反対理由を求めると「守秘義務があるので申し上げられない」の一点張り。外部機関によるデューデリジェンスも始まっておらず、メリット、デメリット、シナジーもろくに分析していない段階にもかかわらず、である。

 取締役会で統合交渉を否決すれば済むはずなのに、なぜ解任なのか。時計の針を4月に戻す。

 川重は重要事項について月3回の経営会議で集中討議し、取締役会にかけるガバナンス(企業統治)を取る。4月最初の経営会議で長谷川前社長から交渉入りの説明があり、同月22日には日本経済新聞にこの内容がすっぱ抜かれる。川重株はディスシナジーを嫌気し、大きく下落。5月23日の経営会議で反対多数の流れが固まった。

 ところが、ここで「廣畑氏が検討会議(経営会議)の議事録原案で実際の発言と異なる記載」(村山社長)をしたという。事実なら有印私文書偽造の疑いが生じる。さらに、水面下では関係者に三井造船との統合交渉継続を働き掛けるメールを送付。これにより取締役会の分裂は決定的になった。

 「(解任された)3人が適切なプロセスや判断過程などを度外視する経営統合ありきの姿勢であることに強い不満、不信感を覚えた」と村山社長は明かす。結果、三井造船との統合交渉白紙と社長解任について10対3で決議され、臨時取締役会は約35分間で終了。会社側が説明する「クーデター」の内幕である。

社内のパワーバランス崩壊を懸念

 無能な経営者を交代させるべく、取締役会が正常に機能した結果といえばそのとおりかもしれないが、解任しなければならない合理的な説明にはならない。紐解くには、川重に根付く縦割り構造がヒントになる。

 川重は造船、航空機、鉄道、二輪車、ガスタービン、プラント、油圧機器などを手掛ける7つの事業部門を持ち、各カンパニー長は代表権のある取締役を務める。カンパニー業績は社長レースと直結し、幹部人事への影響も大きい。今回解任された3人はいずれもガスタービン・機械カンパニー出身で在籍期間もかぶる。京大出身の廣畑氏は、長谷川体制下なら、次期社長の有力候補だった。

 縦割りの弊害は「全社業績を考えて行動する取締役がいない」(ガバナンスに詳しい弁護士)ことだ。カンパニーを離れた副社長がすべての事業に精通しているわけではなく「大所高所から意見できる空気にはなっていない」(川重グループ関係者)。自然、カンパニー長主導の取締役会になる。

 三井造船と統合すれば、船舶海洋カンパニーが最大になるのは確実。社内のパワーバランスは崩れ、鉄道畑出身の大橋忠晴会長らが面白く思うはずがない。しかも過去、何度も再編を試みては失敗を繰り返してきた造船を最大事業にするのは、社内的に大きな抵抗があった。

 また、船舶海洋事業が売上高の約5割を占める三井造船に、明るい未来が見えないのは事実。アベノミクスにも乗れず株価は140円前後をさまよう。

 クーデターの首謀者とされる松岡副社長は、ひそかにアナリストに統合反対理由を説明しており、それによるとROIC(投下資本利益率)の低下、1株当たり当期純利益の減少、将来の投資余力を奪う恐れがあることを挙げている。短期目線で見ればそのとおりである。

 ただ、長谷川前社長、三井造船首脳が見ていた〝夢〟は、世界一の海洋開発技術を持つ造船会社になることだった。三井造船は「燃える氷」と呼ばれ、日本の資源開発でも有望視されるメタンハイドレート関連の技術を数多く保有する。上場子会社の三井海洋開発(モデック)はFPSO(浮体式海洋石油・ガス生 産貯蔵積出設備)の世界第2位の建造実績を持ち、世界の石油メジャーなどとパイプを持つ。

 一方、川重はブラジル国営石油大手、ペトロブラスによる数兆円にも及ぶ設備投資をにらみ、同国で造船所建設に踏み切ったものの、「受注したドリルシップ(掘削船)6隻を引き渡したら、即座に経営権を手放すべきだ」(アナリスト)とリスクを指摘する向きが多い。モデック経由で洋上プラントなどを受注できれば将来展望が開けるはずだった。

 「規模拡大は時代錯誤。本来なら三井造船との統合は門前払いになるはず」。川重幹部の一人は吐き捨てる。

 公衆の面前で罵声を浴びせられた形となった三井造船、企業イメージを損ねただけの川重。何も残らなかった「幻の経営統合劇」の爪痕は深い。

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