文化・ライフ

マイケル・チャン流「小よく大を制す」方法を知悉した錦織圭への指導

 錦織圭の勢いが止まらない。この9月、日本人として初めてグランドスラムのひとつである全米オープンのシングルスで準優勝を果たしたのは、日本テニス界のみならず、この国のスポーツ界にとって晴れがましい出来事だった。

錦織選手(右端)とチャンコーチ(左端)

楽天オープンを制し、撮影に応じる錦織選手(右端)とチャンコーチ(左端)

 テニスの世界では全豪、全仏、全英、全米をグランドスラムと呼ぶ。言うまでもなく、これまでグランドスラムの決勝に進出した日本人はひとりもいなかった。

 波に乗る錦織は全米後、最初の大会となったマレーシア・オープン、続く楽天ジャパン・オープンも制覇。世界ランキングは自己最高の6位にまで浮上した。

 錦織躍進の影に中国系米国人マイケル・チャンコーチの指導があったことは広く知られている。錦織を指導するにあたり、まずチャンが手を付けたのがメンタル面だった。

 テニスは究極のマインドゲーム(心理戦)であると同時に、ネットをはさんだボクシングでもある。

 やるか、やられるか。少しでも弱気な素振りを見せれば相手につけ込まれる。といって、強気一辺倒で勝てるほど甘い競技ではない。いったいチャンは、どんな言葉で錦織の背中を押したのか。

 3年前の11月、スイス・インドアでの決勝で、錦織は世界ランキング4位(当時)のロジャー・フェデラーにストレート負けを喫した。

 「僕の自信は完全に打ち砕かれた。何をすればいいのか、全く分からない」

 途方に暮れる錦織にチャンは、こう喝を入れた。

 「フェデラー戦でキミは、ひとつミスを犯した。それはフェデラーを尊敬し過ぎていることだ。尊敬するのは構わないが〝優勝するのはオレだ!〟というくらいの強い気持ちがないと勝てない」

 チャンは17歳3カ月で全仏を制している。これは大会史上最年少優勝だった。世界ランキングの最高は2位。アジア系では最高のテニスプレーヤーと言っていいだろう。

 17歳でグランドスラムを制したチャンだが、それ以降はピート・サンプラス、アンドレ・アガシ(以上、米国)、ボリス・ベッカー(ドイツ)らの分厚い壁にはね返され続けた。

 ボクシングにたとえて言えば身長175センチ、体重72キロのチャンは、テニスの世界では軽量級である。中量級や重量級の選手と互角に戦うためには、何よりも強い意志が求められた。

 錦織も身長178センチ、体重68キロと軽量級である。小よく大を制するには、どうすればいいか。それを誰よりも知悉していたのがチャンだった。

マイケル・チャンの厳しいトレーニングの陰にある錦織圭との信頼

 2012年10月、TBSとWOWOWが共同制作した番組のインタビューで錦織の印象について聞かれたチャンは、こう語った。

 「彼が自分自身や自分のプレーに本当に自信を持っているかどうかまだ分かりませんが、自信がプレーに表れるようになれば、彼はもう一段レベルアップするはずです。大切なのは自分を信じることです。最高の選手に勝てる、しかも大きな試合でも倒せると信じることです」

 スポーツの世界において相手をリスペクトすることは基本中の基本である。敵を愛し、敬う心がなければ、試合は殺伐としたものになる。

 その一方で、チャンが指摘するように相手を叩き潰すというくらいの闘争心がなければ、ゲームを制することはできない。時として「リスペクト」が邪魔をすることもある。

 不意に思い出したのがエディ・タウンゼントというボクシングの名トレーナーである。力道山の要請で1962年に来日し、ガッツ石松、友利正、井岡弘樹ら6人の日本人世界チャンピオンを育てた。

 「先に倒さなかったら、アンタがやられるのよ」

 セコンドでエディは鬼のような形相で指示を送った。

 しかし、試合が終わると仏のような表情に一変した。

 「相手を抱き締めてあげなさい。最高のフレンドになるのよ」

 エディは指導するボクサーを「マイ・ボーイ」と言って可愛がった。選手がエディの課した厳しいトレーニングに耐えられたのは、信頼の絆で結ばれていたからである。

 聞けばチャンが錦織に課すトレーニングも尋常ではないという。錦織は昨年12月、自身のブログに「だいたいですが10個以上直されたところがあります。(中略)例えばサーブだとトスの位置、ワイドサーブの打ち方、足をもっと使うとか。おいおい。ほとんど全部じゃないか。と書きながら泣きそうですが頑張ります(笑)」と書いた。

 名伯楽なくして、名選手は生まれない。

 錦織にとって本当の勝負は世界ランキングのサブテン(10位以内)で迎える来シーズンだろう。頂点は、はっきりと見えている。

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