政治・経済

 過去には流通の覇者として業界をリードしたダイエーが消えようとしている。拡大戦略が災いし経営危機に陥るも産業再生機構の支援を得て、その後スポンサー企業も決定。再生に向け第一歩を踏み出したはずの同社に一体何が起こったのか。

不意を突いたイオンの決断

既に消滅したダイエーの旧ロゴ

既に消滅したダイエーの旧ロゴ

 手元に1個のゴルフボールがある。ブランド名は「azad TOUR」という。ゴルフ好きでも聞きなれないこのボールの正体は何を隠そうダイエーの旧プライベートブランド。販売されたのは、ダイエー創業者の中内㓛氏が流通業から初めて経団連の副会長に就任するなど経営者としてまさに絶頂期を迎えていた1991年前後だと記憶する。中内氏の自信に満ちた笑顔がイラストされているのが印象的だ。

 戦後から高度経済成長期を通じ「よい品をより安く」を御旗に消費者からの絶大な支持を背景に業容を急拡大、小売業の覇者として君臨したダイエーの屋号が今、消滅しようとしている。

「azad TOUR」は格安ボールとして人気があった

「azad TOUR」は格安ボールとして人気があった

 その決断を下したのは、皮肉なことに過去にはライバルとして凌ぎを削ってきたイオンの岡田元也社長。ダイエーは90年代後半、急激な業容拡大が仇となり経営危機が表面化、2001年には、その責任を取る形で中内氏が経営の一線から身を引いたのは周知の通り。04年12月には、産業再生機構による支援の下で経営再建に着手するも立て直しは難航。その後、紆余曲折を経て、最後の受け皿となったのが昨年ダイエーの筆頭株主に収まっていたイオンである。

 そんな中で、イオンの岡田社長は9月24日、突如として会見を開き、株式交換によりダイエーを完全子会社とし、併せて12月26日付で上場を廃止すると発表する。

ダイエーの屋号すら廃止にするという仕打ち

グルメシティを経て閉鎖

原町田店はトポス→メディアバレー→グルメシティを経て閉鎖

 イオンが筆頭株主になって以降も業績は低迷、復活の足掛かりを掴み損ねているダイエーゆえ、イオンが本腰を入れて再生に臨むという意味で、完全子会社化という選択は正しいのかもしれない。

 しかし、驚いたのは同時にダイエーの屋号すら廃止にするという仕打ちだ。ダイエーのスポンサーになった時、岡田氏が言った「のれんは守る」という約束は反故にされた。同氏が語った屋号を消滅させる理由を要約すると「台頭するEコマースに対抗するにはブランディングは必須。多数のブランドに分かれているのは不利」とのことらしい。

 理屈の是非は別として、輝いていたダイエーを知る者にとって、この仕打ちは、反発以上に寂寥の念に駆られる。

 誰がダイエーをここまで追い詰めたのか。ダイエーの歴史をひも解きながら、この事態を招いた背景を検証したい。

 ダイエー1号店は57年9月、大阪市に開設した「主婦の店ダイエー薬局」。翌年には神戸三宮店をオープンさせ、以降、チェーン化を推進する。中内氏の「価格の決定権を製造メーカーから消費者に取り戻す」という理念の下で実施された薄利多売による低価格の実現は、たちまち消費者に受け入れられ業容拡大に弾みがつく。

 しかし、この信念は、メーカーが設定した定価販売が常識だった時代、多くの軋轢を生む。

赤羽店は今も健在

「BUBU」を発売し、長蛇の列をなした赤羽店は今も健在

 有名なのが64年に勃発した松下電器(現パナソニック)との「30年戦争」だ。定価販売を守らないダイエーに対し松下電器は、徹底的に卸ルートの潰しを図る。しかし、中内氏は、その行為に臆することなく自らメーカーを買収、13型のカラーテレビ「BUBU」を松下製品より破格の安値で販売、対立は激化を招くことになった。

 また一方では、首都圏攻略にも着手、64年、東京に進出。69年に「首都圏レインボー作戦」と称し原町田店を南の拠点、赤羽店を北の拠点と定め、首都圏包囲網に着手する。その結果、72年には三越を抜き小売業売り上げトップに、80年には小売業初の売上高1兆円超えを達成した。

ダイエーの経営危機と外部の人材活用の歴史

新業態も経営の足を引っ張る形となった

新業態も経営の足を引っ張る形となった

 しかし、その喜びもつかの間、無理な拡大路線が経営を圧迫、81年2月期からは一転、赤字に転落する。この緊急事態に中内氏は、82年、ヤマハ社長だった河島博氏を招聘し再生を託す。河島氏はその期待に応え2年で黒字化を達成する。これが今でも語り草になっている「V革」だ。

 しかし、再生に成功した河島氏だが、翌年にはグループの再生案件の1つリッカーの社長に横すべり、「V革」の主要メンバーも相次いで本社を去る結果となった。

 ダイエーは生き返り、バブル経済の中、再び拡大路線を歩む。百貨店事業への参入、会員制ストア「Kou‘s」(コウズ)、ハイパーマーケット「HYPER MART」等、新業態開発やホテル事業、プロ野球団にも触手を伸ばす。さらに92年にはリクルートの買収を発表、世間をあっと言わせた。

20141104_NewsReport_01_07 しかし、これらに要した投資は莫大で、バブル崩壊による経済状況の悪化に加え、本拠とも言うべき神戸が大震災に見舞われ経営が悪化する。

 経営危機に直面したダイエーの再建を託されたのは元味の素社長だった鳥羽董氏。「V革」同様、外部の人材を活用することで難局乗り切りを図る。しかし、1年を待たずに鳥羽氏に関連会社株を巡るインサイダー取引の疑惑が発生、早々に辞任に追い込まれる。さらに中内氏もこの責任を取り会長を辞任した。

 タラレバの話をしても仕方ないが、この時点で、仮に鳥羽氏がダイエー改革の旗印の下、負の遺産処理を積極的に進めれば、再び蘇れる可能性はあったのだろうか。

鳥羽新体制で苦境脱出の糸口をつかむはずだった

鳥羽新体制で苦境脱出の糸口をつかむはずだった

 元ダイエー幹部に、この点を問うと「できたできないというより、再生して欲しかったというのが本音です」。われわれの想像以上に経営内容が悪化していたことを、この言葉からもうかがい知ることができる。

 鳥羽氏が失脚した後、通産省出身の雨貝二郎会長を経て、経営を引き継いだのが買収したリクルートの専務であった高木邦夫氏だ。高木氏は「V革」当時の中枢メンバーだっただけに、この打診を当初は拒否するが、ダイエーの主要取引銀行が今後の支援を約束、最終的に受諾したと言われる。

 とはいえ、業績悪化に歯止めがかからない中で、次の一手を欠いたダイエーの立て直しは、さらに難航を極める。

ダイエーにとどめを刺した産業再生機構入り

リクルートを買収し、絶頂期だった中内氏(リクルート初出社後、満面の笑みで車に乗り込む)。1992年6月撮影

リクルートを買収し、絶頂期だった中内氏(リクルート初出社後、満面の笑みで車に乗り込む)。1992年6月撮影

 そんな最中に浮上したのが産業再生機構の活用だ。同機構は小泉純一郎政権下、金融担当相だった竹中平蔵氏の肝いりで金融機関の不良債権処理を目的に設立された特殊な会社。内容を大雑把にいえば、金融機関の不良債権を買い取り、身が軽くなった債務会社を再建スポンサーに売却するというもの。

 高木氏は、グループを解体される危機感から同機構の活用を拒否してきたものの、金融庁から早急な債権処理を迫られていた銀行の圧力に屈し04年12月、同機構に支援を要請する。そもそも主要銀行の支援を条件に社長となった高木氏にすれば完全に梯子を外された格好となった。

 だが、ここでもダイエーは浮上できなかった。機構がダイエーの経営を託したのはスーパー経営では全くの門外漢、BMW東京社長だった林文子氏を会長に、日本ヒューレット・パッカード社長の樋口泰行氏を社長に推した。

 日本人の嗜好は世界でも類をみないほど複雑で、スーパーのMD政策はプロでなければ通用しない。にもかかわらず、機構は高額なプロダクトを売ってきた素人をツートップに迎え入れたのである。結局これが大誤算。あるダイエーOBによると「言っていることが抽象的でスタッフも空回りしっぱなしだった」という。

 さらには、小売業の命脈とも言える店舗投資を怠ったことが、致命傷となる。前出OBは「ツートップが行ったことは、単にダイエーのロゴを変えることで変化を見せたつもりでしょうが、これに要したコストは莫大です。業績を回復させたいなら優先するのは店舗投資」と憤る。素人経営の迷走で業績が上向くはずもなく、1年半を待たずして両者はダブル辞任に追い込まれる。

 辞任を迫ったのは06年、機構からダイエーを買収した丸紅。同社は新社長として西見徹氏を派遣するも、状況は好転せず、結局は小売りのプロであるイオンにダイエー株の一部を売却し協力体制を構築する。

 しかし、この体制も不発。両社の間で責任の所在がはっきりしないことで業績低迷に拍車が掛かる。焦ったイオンは昨年3月、丸紅から保有するダイエー株29・34%のうち24%をTOBにより取得。44%を保有する筆頭株主となり経営権を完全に掌握する。

 そして、とうとう9月24日にイオンはダイエーの上場廃止と屋号の消滅を発表するに至った。

 ダイエー再生の可否については次号以降、検証するとして本題であるダイエーをここまで追い込んだのは誰かということに焦点をあてたい。

素人に身を委ねざるを得なかったダイエーの悲劇

 結論から言えば産業再生機構ということになるだろう。機構入りし、3度にわたる金融支援を受けながら業績は低空飛行のままだった。最大の失敗は、店舗投資を怠った点にあると言わざるを得ない。確かにダイエーの主力業態は、イオンやセブン&アイHDでも苦戦しているGMSである。今やスーパーの主流はSCやモール。経営悪化からこの潮流に完全に乗り遅れたダイエーは、再生のスタートから大きなハンディを背負っていたのだ。再生機構に小売りのプロはおらず、業態トレンドをどれほど理解していたのかはなはだ疑問。店舗投資に注力し、強みである食品に特化するなど、ほかにも手はあったはず。

 皮肉なことにダイエーをさらなる経営悪化に追いこんだ林文子氏は今や横浜市長、樋口泰行氏は日本マイクロソフト社長と華麗なる転身を遂げている。産業再生機構のメンバーも同様である。

 当時、産業再生機構に席を置いていたコンサルタントにダイエー案件の総括を問うたところ「金融支援により身は軽くなり、銀行との関係も良好になっていた。そういう意味では成功例だと思う」と語った。

 ダイエーOBが「産業再生機構というのは表の顔で、その実は〝銀行再生機構〟なんです」という恨み節は正鵠を射ている。

 素人に身を委ねざるを得なかったのがダイエーの悲劇だ。

(文=本誌/大和賢治)

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