マネジメント

 セーレン会長の川田達男氏を、青山の東京本社に訪ねた。異端児のレッテルを貼られながらも、会社の古い体質を変えるために挑戦を続け、結果を残してきた中興の祖だ。同氏は今、5年先、10年先を見据えた手を打とうとしている。

 

川田達男・セーレン会長プロフィール

川田達男会長

(かわた・たつお)1940年生まれ。福井県出身。明治大学経営学部卒業後、福井精練加工(現セーレン)入社。81年取締役、85年常務取締役を経て87年社長就任。入社以来、何度も左遷の憂き目にあいながら、経営不振にあえいでいた会社を再生させたことで知られる。2011年会長兼社長兼最高経営責任者兼最高執行責任者に就任。

 

セーレンのリーダー、川田達男会長の新人時代

 

 セーレンの本社は福井県にもあり、同社は1889年「福井精練加工」として創業した。初代藩主松平秀康が就封した慶長5年(1600年)以降、福井は繊維の産地となり、秀康候は藩士の内職として奨励、品質の改良、販路の拡張に努め、公儀献上品の1つとした。

 こうした流れの中、戦後は日本経済を牽引していた繊維産業。中でも高名な福井精練加工に、競争率150倍を勝ち抜き、大卒の幹部候補生として就職した川田氏は、自分が学んできた経営学とは全く異なる現実を目にして失望した。

 「原糸メーカーから織物を預かり、注文通りの色や柄に染めて返す加工賃だけで成り立っていました」

 新人の川田氏は人事部長へ日誌を出した。「市場と向き合い、最終製品を作らなければ会社に未来はありません」と。

 これが上層部の逆鱗に触れた。実習後、同期が皆、経営企画や財務などエリートコースに配属される中、川田氏は1人、工場勤務となり、入社早々「お前のサラリーマン生活は終わった」と断じられた。

 だが、「あの工場勤務がなければ今の自分はない」と川田氏は述懐する。現場の最前線を知り、1年後には工場長から生産計画を叩き込まれた。この間、財務部に行った同期の社員は、現場で何が起こっているのかを全く知らずに過ごすことになる。

 この後、工場から営業に回された川田氏は、その「営業」の中身が、発注元の原糸メーカーに御用聞きして工場に伝えるだけのメッセンジャーボーイだと知り、ここでも上司に直言した。結果、営業開発部に回された。厄介払いだ。

 窓際扱いされていた営業開発だが、川田氏は腐らず、独自の最終製品づくりに邁進した。そして行き着いたのが、自動車のシート材(内装材)に合成繊維を利用してもらうアイデアで、自動車会社に打診したところ反応は良かった。が、委託賃加工業一辺倒の営業部長からも技術部長からも果ては上層部全員からも猛反対され、川田氏は地下に潜るしかなかった。つまり、日中は上司の目があるので、夜間になると昔の工場仲間が自動車シート材(内装材)の試作品を作ってくれたのである。

 76年に同期では最後に課長になった川田氏はこの年、自動車シート材を初出荷した。79年に部長、81年に取締役へと進む。自動車シート材は80年代半ばにはセーレンの売り上げの40%を占めるに至った。そして87年6月、前任の黒川誠一社長から社長就任を打診された。

 現在、セーレンの国内自動車メーカーにおけるシェアは40%。世界でのシェアは15%と圧倒的だ。社長になっても川田氏は異端児のレッテルを貼られた。2005年に斜陽産業で再起不能といわれていたカネボウの繊維部門を買収した時だ。これは原糸メーカーという川上を買って、糸から織、編み、染色加工、最終製品まですべて自社で川下までもカバーすることを意味した。そのような会社は国内にも海外にも例がない。

 

川田達男・セーレン会長がリーダー育成塾の取り組みで得た教訓

 

 トップとなった川田氏が取り組んだのが、次のリーダー育成の仕事。「セーレン塾」なるものをつくって、リーダーの短期育成を試みた。司馬遼太郎の『坂の上の雲』を論読したりもした。だが、この塾は失敗に終わる。

 「リーダーは育てられません。それが持論です。企業が急激に成長すると人が育つスピードが追い付かない。人の意識を変えるというのはほとんど不可能だと思っています。人と過去は変えられません。今もセーレンには委託賃加工業時代から蓄積された負の文化やDNAを引きずっています。まだまだ変革は十分ではありません」

 川田氏は7年ほど前から、グループを磨き上げていく作業に傾注している。

 「課長は課の問題を解決していくのが仕事です。皆が問題点を出してそれをスピード解決して行く。部長は部の問題を解決していくのが仕事。最前線で働く人間の意見を吸い上げて、それを次々に解決していくのが長の付く人間の仕事です」

 川田氏のように大声で主張する人間は少ない。そこで声を吸い上げるシステムを築いたのだ。塾でリーダーを育てることはできなかったが、組織のピラミッドを引っくり返す手法は功を奏しているようだ。川田氏は、一般的に目覚ましい業績を上げる企業のトップに主流派は少ないと見る。脇道にそれて過酷な条件の中で実績を上げ、実力を磨いた人間こそトップに相応しい。川田氏は言う。

 「経営者は会社を存続させることが仕事で、それには3年先、5年先、10年先を読んで手を打っていかなければいけません。それには現状の常識から離れる必要があります。現状と軋轢を生みながらも未来を見据えて先手を打つのが仕事です。経営の問題は論理的に説明はできないと思います。後付けで説明できるのはせいぜい2割くらいのもの。ほとんどは厳しい環境で培われた直感や人との出会いによって成ると思います」

 次の川田氏は、今どこに潜んでいるのだろうか。

(文=ジャーナリスト/戸田光太郎)

 
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