政治・経済

 2011年4月より、神奈川県知事としてリーダーシップを発揮している黒岩祐治氏。国家戦略特区を通じた規制緩和、少子高齢化対策など、さまざまな課題に精力的に取り組んでいる。ジャーナリスト時代から、問題に直面した時は、報道することそれ自体よりも状況を変えたいという思いのほうが強かったという同氏だが、為政者の立場となった今、神奈川県をどう変えようとしているのか。福島敦子氏が迫る。

黒岩祐治知事の産業活性化政策

黒岩祐治

黒岩祐治(くろいわ・ゆうじ)
1954年生まれ。兵庫県出身。80年早稲田大学政経学部卒業後、フジテレビジョン入社。政治部、社会部の報道記者、番組ディレクターなどを経て、「FNNスーパータイム」「報道2001」のキャスターを務める。2009年同社退社後、国際医療福祉大学大学院教授に就任。11年4月より現職。

「マグネット神奈川」の意図

福島 安倍政権が取り組む重要課題の1つが地方活性化ですが、ある試算ではこのまま人口減少が続くと、およそ50%の自治体が消滅するというデータもあります。地方の再生についてどう考えていますか。

黒岩 地方活性化は、まさに日本の命運を握っている問題だと思います。私は知事になった時から「いのち輝くマグネット神奈川」を実現すると言ってきました。磁力、惹きつける力という意味で、「マグネット」という言葉にこだわりを持っていて、それぞれの地域がマグネット力を持つことが必要だと考えています。神奈川は、現在約910万の人口があり、横浜や川崎のような大都会もあれば、田園地帯も山も海も温泉もある。言ってみれば、日本の縮図のようなところ。ただ、人口が県東部に寄り過ぎているので、県西部にどれだけマグネット力を持ってもらうかが、1つの実験になります。

 神奈川県は3つの特区を持っていて、ひとつは京浜臨海部の「ライフイノベーション国際戦略総合特区」、2つ目は県中央エリアにある「さがみロボット産業特区」、そして神奈川県全体が「ヘルスケア・ニューフロンティア」として国家戦略特区に位置付けられています。超高齢社会を乗り越えるモデルを示して、日本全体に発信したいと思っています。

福島 ヘルスケア・ニューフロンティア構想では、病気になる前の「未病」を克服して、未病産業を蓄積するという非常にユニークなテーマを掲げています。具体的にどういう形で地域を活性化しようとしているのですか。

福島敦子

福島敦子(ふくしま・あつこ)
津田塾大学卒。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や週刊誌での連載対談など、これまでに600人を超える経営者を取材。現在、BSジャパンの経済番組「マゼランの遺伝子」のキャスターを担当。講演やフォーラムでも活躍。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。

黒岩 大前提は、みなさんが元気で生き生きと過ごすということです。今のままでは、老人になって病気になったり介護が必要になったりした場合、人口構成でみると絶対に支えられなくなります。病気になってから治すのでは間に合わないので、病気にならなくするということに重点を置かなければならない。そこで提唱しているのが、未病を治すということ、つまり、健康状態から病気になる過程のどこからでも、少しずつ健康に近づけていくという概念です。医療の概念である予防とは違います。病気になった人には予防は関係ないですが、未病を治すという考え方は、どんな状態でも、たとえ明日亡くなりそうな方にも当てはめることができます。

福島 それを、どう産業の活性化につなげていくのでしょうか。

黒岩 まずは未病の概念を広めるために、企業や団体に協力してもらう取り組みを始めました。例えば、小売店では食材の効果・効能が明示されていて、体に良い食材を買った人にはポイントが貯まるとか、日常的に運動している人にもポイントが貯まるとか、楽しみながらいつの間にか未病を治すという流れをつくって、県民運動を巻き起こしていきたい。それぞれの業界の中で、できることを考えていただくところから始めて、新たな産業が生まれることを期待しています。先日、未病産業を創出する目的で「未病産業研究会」という組織を立ち上げたところ、80社以上に参加していただき、どんどん広がろうとしています。

規制緩和で実効性のある特区に

福島 特区は過去の政権下でも設けられましたが、実際にはそれほど大きな成果が出なかった印象があります。規制緩和が不十分だったり、自治体の自由度が小さかったりといった問題があったと思いますが、今の特区は成果を上げることができる環境にあるのでしょうか。

黒岩 例えば、さがみロボット産業特区では、介護・医療ロボット、災害対応ロボットなど生活支援ロボットの実証実験をどんどんやれるようにして、関連産業を集積したいという狙いがあります。そのために、一番やりたいのは電波法、道交法、農地法などの規制緩和です。ですが、特区を勝ち取った後にやりたい項目を並べて国に提出したら、見事なほどすべてにバツが付いて戻ってきたんです。今まで特区が1つも成功していない理由は、一つひとつの項目について、全部関連省庁にお伺いを立てに行くからです。頭にきて「こんなのは名ばかり特区だ!」と怒鳴り込んだら、見事なもので全部マルになって返ってきました。岩盤規制と言われる農地法に関しても、この特区に限っては相談に乗ると言ってきました。だからさがみロボット産業特区は本物の特区として、いろんなことができる環境が整いました。

神奈川県政の課題に対する黒岩祐治知事の政策

出生率が全国ワースト1の神奈川県

黒岩祐治福島 神奈川県は首都圏に位置していて、現在は高齢化の比率も全国平均より低いという恵まれた状況だと思いますが、一方で出生率が全国ワースト5の1・31と少子化が急速に進んでいます。その点での危機感はありますか。

黒岩 それは県政の中でも最大の課題です。神奈川県の人口構成は、1970年はきれいな人口ピラミッドを描いていて85歳以上の方はほとんどいなかった。これが2050年になると全く逆のピラミッドになって一番多いのが85歳以上になる。人類が経験したことのないような超高齢社会がものすごい勢いで進むのです。それを乗り越えるためのモデルを、神奈川からつくらないといけません。

 少子化問題に打ち出の小槌はありません。ありとあらゆることを、総合的に行わなければいけない。その中で、1つの考え方として有効だと思われるのは、20代、30代で子どもを産むほうが、女性にとって産みやすく、リスクが減るという医学的なメッセージを送ることです。今は女性が男性と同時期に就職して、仕事を覚えてある程度基本的な部分が分かったら、結婚して子どもを産むというのが一般的な形と思いますが、これを変えていく必要があります。強制はできませんが、就職した直後に結婚、出産する女性がいても、復帰した時にハンデがない職場環境をつくっていただくことを推奨していきたいと思っています。

 東京大学客員教授の増田寛也氏のリポートでは、少子化対策として東京一極集中を打破すべきと明記されています。東京に来る人々はあまり子どもを産まない傾向があるそうなんです。そこで東京都民に神奈川の県西部に来て、住んでくださいとアピールしていこうと思っています。言ってみれば東京都民移住計画ですね。自然の中で子どもを育てる良さを例えば〝足柄ライフ〟をしてアピールするとともに、企業を誘致するといった戦略を考えています。そして、自然がとても豊かで農産物もたくさん取れる県西部を、未病を治すライフスタイルの戦略的エリアにしていくつもりです。

東京オリンピック、環境問題などに対する黒岩祐治知事の考えは?

福島 20年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されますが、神奈川県としては競技会場や観光客の誘致について、どう地域の活性化につなげようと考えていますか。

黒岩 この機会をできる限り生かしたいと考えています。競技会場の誘致に関しては、64年の東京オリンピックでセーリングが江の島で行われ、ボート競技が相模湖で行われました。また、横浜でトライアスロンの国際大会を行った実績もあります。ただ、次回の東京オリンピックはコンパクトというコンセプトがあって、競技会場は選手村から50キロ圏内とされているので、江の島がそこから少し外れたり、夏の湘南は混み合うので1時間以内に行けない可能性があったりと、さまざまな課題があります。それらを乗り越えられる手はあると思うので知恵を絞っているところです。

対談を終えて福島 ほかにも重要な課題として、環境問題があります。知事は太陽光発電を増やすなど環境問題に非常に力を入れてこられました。環境問題の解決は地域経済の振興にもつながっていくかと思いますが、この点についてはどう考えていますか。

黒岩 環境問題、エネルギー問題、医療問題、農業問題などは全部別のテーマに見えますが、「いのち輝く」という観点で言えば、それぞれの問題に壁はないと思っています。例えば、昔から太陽光発電はありましたが、福島第一原発の問題でエネルギーの危機が起きて初めて、皆さんが切実感を持つようになりました。エネルギー問題は、実は環境問題とつながっている話です。これからは、フィルム状の薄膜太陽電池を使って、ビル丸ごとソーラーパネルで敷き詰めたり、エネルギー独立型の街、スマートタウンを作ったりと、環境配慮型の新しいエネルギー体系を加速させていきます。

 さらに、ここにヘルスケアの取り組みも重ねようとしています。ヘルスケア・ニューフロンティアでは、未病を治すことと、最先端の医療技術を追求するという2つのアプローチを融合し、健康寿命を延ばす試みを行っていきます。日常生活の中で未病状態をチェックするための面白い技術がたくさんあって、例えばTOTOさんのウォシュレットの消臭機能を用いて、トイレの中のガスのデータを用いて未病の状態が分かったり、声の分析によって心のうつ状態を判別したりする技術が開発されています。

 これら、ありとあらゆる技術をスマートハウスやスマートタウンに導入し、家の中にいるだけで健康状態をキャッチして、生活の現場で未病を治せる形をつくりたいと考えています。こうした総合的な取り組みによって、「いのち輝く」神奈川を実現していくつもりです。

(写真=森モーリー鷹博)

 
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