文化・ライフ

イスタンブールで発生した反政府デモは、瞬く間にトルコ全土に飛び火。もはやイスタンブールはオリンピックどころではないようだ(写真:時事)

イスタンブールで発生した反政府デモは、瞬く間にトルコ全土に飛び火。もはやイスタンブールはオリンピックどころではないようだ(写真:時事)

 2020年夏季オリンピック・パラリンピック開催を目指す東京の最大のライバルと見なされていたイスタンブールが招致レースの後半で大きくつまずいた。

 5月31日にイスタンブールで発生した公園再開発に対する抗議行動は数千人規模の負傷者と逮捕者を数える反政府デモに発展し、瞬く間にトルコ全土に飛び火した。

 専門家によると、デモはイスラム色を強めようとするレジェップ・タイイップ・エルドアン首相の政策に反発する世俗派を中心に極左や極右、果てはサッカークラブのサポーターたちまで入り乱れ、ますます混乱の度合いを深めている。

 警官隊が公園を占拠していたデモ隊を強制排除に乗り出すと、これに抗議するかたちで新たなデモや労働組合の大規模ストライキが起きている。

 テレビで警官隊がデモ隊に催涙弾を撃ち込んでいるシーンを見たが、とてもオリンピックを開催しようとしている都市の姿ではなかった。政権支持派が野党の事務所を襲撃するなど内部対立も深刻化し、事態の収束は全く見通せない。

 イスタンブールにとってマイナスなのは国外のメディアを敵に回してしまったことだ。エルドアン首相は「BBC、CNN、ロイター通信はウソつきだ」と語り、メディア規制を強めようとしているが、明らかにこれは逆効果である。

 「報道の自由のない国にオリンピックを開催する資格があるのか!?」

 こう切り返されるのがオチである。

 それ以上に手痛いのは、エルドアン首相の次の発言だろう。

 「国内外の過激分子が背後で操っている」

 これが事実なら、セキュリティーは困難をきわめる。どこのNOC(各国オリンピック委員会)がそんな危険な地に選手団を送り込みたいと思うだろうか。

 ことオリンピック招致に限ってみれば、エルドアン首相は、自らの手で墓穴を掘ったような印象を受ける。

 反政府デモが拡大するまでイスタンブールは招致活動を有利に進めていた。「イスラム圏初開催」というキャッチフレーズに加え「ブリッジ・トゥギャザー」(ともに橋を架けよう)というコンセプトが広く浸透し、JOC関係者も「最大のライバルはマドリードではなくイスタンブール」という見方で一致していた。

 評価委員会の受けも良かった。エルドアン首相が主催したアジアとヨーロッパをつなぐボスポラス海峡を望むレストランでの夕食会は多くの評価委員の心をとらえたといわれている。

 「イスタンブールは東西をつなぐ地政学上の要衝にある。それを最大限に利用したのは敵ながら、さすがだと思った」

 あるJOC関係者は、こう語っていた。

 東京、イスタンブール、マドリードの3都市による招致活動をマラソンにたとえるならば、35㌔地点までイスタンブールはトップを走っていた。

 イスタンブールを、わずかな差で追うと見られていた東京は猪瀬直樹都知事(東京オリンピック・パラリンピック招致委員会会長)の次のような失言もあり、なかなか勢いに乗り切れなかった。

 「イスラム諸国が共有しているのはアラー(神)だけで、お互いにけんかばかりしている。そして階級がある」(ニューヨーク・タイムズ紙)

 失言の背景には、評判のいいイスタンブールへの警戒心もあったと思われる。

 話をイスタンブールに戻せば、ここに来ての政情不安は致命的だ。猪瀬都知事の失言の比ではない。

 「世界中がこの状況を見ている。どんな言葉でオリンピックを招致すればいいのか」

 イスタンブールのカディル・トプバシュ市長の発言だが、お手上げといったところか。

 当初、イスタンブールの最大の不安材料は南に隣接するシリアの内戦リスク、つまり火の粉の国境越えだった。トルコ政府はシリアの反体制派勢力と気脈を通じ合っており、IOC委員の中には、セキュリティー面を懸念する声が後を絶たなかった。

 皮肉なことに、それは現実のものとなった。それもシリアからの飛び火ではなく、国内で催涙ガス弾が飛び交っているようでは世話はない。

 IOCの最大のトラウマは1972年、ミュンヘン五輪でのパレスチナ武装組織による選手村襲撃事件である。このテロにより、イスラエル選手団の11人が犠牲になった。ただちに同国政府は報復作戦を開始し、空爆などでパレスチナには多数の犠牲者が出た。

 それ以来、開催都市のセキュリティーは選考基準の中でも最重要項目のひとつとなった。ここまで治安が悪化した以上、もはやイスタンブールはオリンピックどころではないように映る。開催都市決定まで、残すところあと2カ月――。

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

社員17人で41億円を売り上げた社長が語る「中国で越境ECを成功させる秘訣」―栖原徹(ピルボックスジャパン社長)

今や米国と並び、世界最大級の消費市場となった中国。その中国で爆発的なヒットを飛ばしているのが健康食品・サプリメントなどの越境ECで展開するピルボックスジャパンだ。同社を率いる栖原徹社長に、中国市場で成功するための秘訣を聞いた。(取材・文=吉田浩) 栖原徹・ピルボックスジャパン社長プロフィール…

栖原徹・ピルボックスジャパン社長

意思決定の効率化を実現しデータ活用に革命を起こす―インティメート・マージャー

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

 企業経営者にとって「理念」や「志」が大事とはよく言われるものの、今一つピンと来ない向きも多いのではないだろうか。成功した経営者がいくら精神面の重要性を説いても、日々の現実と格闘している経営者にとっては、ただの綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれない。 それでも、ビジネスを成功させるために最も大切なのは「志」だと…

立志財団

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

アスリートのセカンドキャリア問題に真正面から取り組む―中田仁之(一般社団法人S.E.A代表理事)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年3月号
[特集] 令和女史のリーダー哲学
  • ・元谷芙美子(アパホテル社長)
  • ・石黒不二代(ネットイヤーグループ社長)
  • ・小巻亜矢(サンリオエンターテイメント社長)
  • ・石渡美奈(ホッピービバレッジ社長)
  • ・戸田泰子(理化電子社長)
  • ・吉本新喜劇で初の女性座長は「イキらず、驕らず、高ぶらず」の支えるリーダー
  • ・敏腕ヘッドハンターが語る リーダーに求められる力は使命感に裏付けられた勇気
  • ・本と映画に学ぶ女史たちの生き様
[Special Interview]

 橋本聖子(女性活躍・東京五輪・男女共同参画担当大臣)

 女性が輝く新時代へ 政治家もOne Team

[NEWS REPORT]

◆CESでコンセプトカーを発表 ソニーが自動車メーカーになる日

◆アマゾンと提携したライフ 新規顧客獲得は成功するのか

◆ゴーン被告逃亡の影響は? 内田誠・日産新社長の前途

◆血液によるがん診断で日本の医療費は高騰する

[特集2]

 スタートアップ!関西

 日本の起業家たちが関西に注目する理由

ページ上部へ戻る