国際

HP分社化の背景には中国勢の台頭

 米コンピューター大手ヒューレット・パッカード(HP)は、米国時間10月6日、パソコン・プリンター事業と、法人向けハードウエア・サービス事業を切り離し、2つの会社へ分社化する計画を発表した。

スタンフォード大学の学生だったビル・ヒューレット氏とデイブ・パッカード氏が1939年にHPを創業したガレージ(左奥)のあるカリフォルニア州パロアルトの民家(撮影/筆者)

スタンフォード大学の学生だったビル・ヒューレット氏とデイブ・パッカード氏が1939年にHPを創業したガレージ(左奥)のあるカリフォルニア州パロアルトの民家(撮影/筆者)

 同社のパソコン・プリンター事業の分離は、アナリストや投資家が以前から予想していたが、パソコン事業の衰退とともに、モバイル端末や、BtoB(ビジネス・ツー・ビジネス)と呼ばれる企業向けビジネスへ業界がシフトしていることを印象づける決断だ。HPは、パソコンメーカーとして、長年にわたり世界最大手で、小文字の「hp」のロゴは、米国ではパソコンやプリンターの代名詞のようなものだ。

 しかし、パソコンという家電を生んだのは米国だが、その発祥の地で、業界を大きな変化が襲っている。75年前、カリフォルニア州ののどかな学生街にある一軒家のガレージで誕生したHPも、この激流を乗り切ろうと必死だ。

 かつてはコンピューターの代名詞となっていた大手IBMは、既に2005年、パソコン事業を中国のレノボ(聯想集団)に売却し、企業向けソリューションサービスに集中した。パソコンというハードウエアとは無関係の会社に変身を遂げたわけだ。

 またデルは、13年のパソコン売上高ではHPに次ぐ業界2位だったが、13年に投資ファンドによるレバレッジド・バイアウト(買収)を受け入れ、株式を非公開とした。パソコン中心のビジネスから、スマートフォンやタブレット端末などモバイル事業へのシフトに失敗したため、四半期の業績発表などにとらわれず、企業の「変革」を急ぐのが狙いだ。

 そして、ようやく抜本的な改革に乗り出したのがHPだ。同社のメグ・ホイットマン最高経営責任者(CEO)は12年、組織再編に着手し、頭打ちのパソコン事業と利益率の高いプリンター事業を統合した。

 ところが、13年10月期のパソコン・プリンター事業の売上高は559億ドルと、総売上高の半分を占めたものの、激しい価格競争の影響で、前年同期比で7・1%減少した。また、米調査会社IDCによると、HPは13年、出荷台数で世界最大のパソコンメーカーの座をレノボに奪われ、2位に転落した。こうした変化が今回の分社化につながった。

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