政治・経済

堀田庄三の半生 住友の顔になるまで

 隠然たる影響力を持つ「住友の顔」として、グループはもとより、経済界に君臨した住友銀行頭取・堀田庄三。その名声は広く海外にもとどろき、今や「伝説の巨人」の域に達している。

 若いころは文学青年。長じて外交官を目指し、京都帝国大学に進むも、外交官試験の直前に母が病に倒れ、看病のためにチャンスを逸する。

 それでやむなく入社したのが当時の財閥・住友本社。入社は大正15年で、最初の配属は住友銀行名古屋支店庶務係という雑用係。その扱いに我慢し切れなくなり、辞表を書いて支店長に突き付けたとか。

 すると支店長は、「そろそろ来るだろうと思っていたよ」と軽くあしらい、日ならずして転勤辞令を手渡してくれたという。

 こうして昭和3年、堀田は東京・人形町支店に移り、11年間にわたって基本的な銀行業務を身に付ける。そして戦争末期、東京支店(当時)の本店支配人席付属のポストに就き、そこから頭角を現す。

 上司・野田哲造支配人(のち社長)の下、大蔵省・日銀に日参し、情報収集と自分の顔、銀行名を売り込む仕事に没頭。「怒るな」「威張るな」「あせるな」「くさるな」「負けるな」という堀田の「五戒」は、彼が最も好む言葉「捨私心上々策」とともに、このころから実践したものらしい。

 40歳を過ぎたころ、堀田は三井の泉山三六(のちの蔵相)、三菱の小笠原光雄(のちの頭取)とともに、「市中銀行三羽烏」と謳われ、東京事務所初代所長に指名されて終戦を迎える。

 待っていたのは、財閥解体と重役陣の公職追放の嵐。その逆風は、堀田に常務という重責をいきなり課した。

 終戦で壊滅的な打撃を受けた産業界は経済復興のために多くの決断を迫られており、とりわけ勢いを増す労働組合対策は大きな問題だった。

 そこで、堀田は日本特殊鋼社長の大塚万丈らと経済同友会を創設。自ら代表幹事に就任し、修正資本主義を掲げてアクションを起こす。すなわち、民主主義的な平和国家建設に向けて、自ら新時代の旗手となるべく、労使協調路線を高らかに掲げたのだ。

 それは、暗夜の灯火のごとく周囲から頼りにされ、高く評価された。しかし、堀田の財界活動はそれが最初で最後。のちは「住友の天皇」への道をひた走る。

時代と共に躍進する住友・堀田庄三

 戦後の財閥解体で、住友本社は、鉱業、化学、金融など18のセクションに分断され、それぞれが独立企業体に様変わりした。

 GHQの厳命で独立した18社は、社名に「住友」の冠が戴けず、銀行も「大阪銀行」の名でスタート。先輩らが公職追放で去り、常務に抜擢された堀田庄三は昭和22年に副社長、27年にトップの座に就き、社長の呼称を頭取に変更。同年12月には「住友銀行」の行名を復活させた。

 時は、戦後の経済復興を牽引した繊維産業の隆盛期で、織機を「ガチャッ」と動かせば万と儲かる〝ガチャ万時代〟。この時代最大の問題は、労働争議だ。堀田が経済同友会で掲げた労使協調路線は、産業界で巧みに取り入れられたものの、昭和29年春先から各所で〝赤旗〟が振られ、労働争議が社会問題化する。

 なかでも、歴史に残る労働争議が近江絹絲(現オーミケンシ)の争議だった。三菱銀行・千金良宗三郎、日本勧業銀行・堀武芳の両頭取が調停に乗り出すも、労組の抵抗に空しく手を引き、窮地の近江絹糸首脳の要請で堀田が動いた。過日、近江絹糸の元社長で筆頭株主だった夏川鐡之助(今年3月逝去)に堀田評を聞けば、「労使をともに圧倒する気品と風格、そして勇気ある行動力。最高の調停役でした」と絶賛した。

 昭和32年夏、堀田は、藤山愛一郎の経済外交の一翼を担うべく、2カ月間にわたる欧州移動大使の任務を引き受ける。この時堀田が記した緻密なレポートは霞が関の役人たちを唸らせ、同時に、「住友グループの天皇」への道を切り開く。

 事実、その3年後、グループ首脳たちの要請で、堀田は住友家評議員会委員長に就任する。時の首相・池田勇人とは京大同期で、財界首脳の永野重雄、桜田武、水野成夫とはツーカーの仲。ゆえにマスコミは、堀田を含めた4人を「財界四天王」(諸説あり)と呼び、とりわけ金融界での堀田の発言力は一層強力になった。

 住友銀行でも、堀田の鶴の一声で昭和40年の河内銀行合併が決まり、42年には世界初の総合オンライン・システムが導入され、銀行経営の歴史に新たな1ページが加えられた。

 進取な気風と合理化精神に則った行動力──。堀田の能力は海外戦略でもいかんなく発揮されていく。

住友銀行に残る堀田の魂魄

 第2次世界大戦の終戦からおよそ70年。世界の様相は大きく様変わりし、日本の社会・政治経済も激変した。

 とりわけ、世界経済は昔の面影を留めず、太平洋・大西洋をまたいだ縦走・横走の規模拡大を続けている。

 そんなメガ経済で戦う日本の起点は、占領軍が指導した財閥解体と、結果生まれた多くの旧財閥系企業にあった。旧財閥系企業グループと言えば、三菱・三井・住友が代表的だが、堀田庄三が支配した住友は外延企業グループも資本力で巧みに翼下に収め、ともに成長する。

 おおむね4年の周期で訪れる好不況の波。堀田の持説は不況時に評価を高め、特に、「減速経済下の〝世直し〟は節約と勤勉。高度経済成長の夢から目覚め、原点に立ち返るべき」と力説する堀田には、他を圧倒する情熱が感じられた。

 河内銀行の合併や総合オンラインシステム導入で銀行経営の歴史を書き換えた堀田は、量的拡大を図るべく、積極的融資政策を打ち出す。

 それは、財閥系銀行のイメージを払拭するための「大衆化路線」―すなわち、「消費者金融、および中小・中堅企業への融資比率拡大」の政策であり、国内金融市場の中心地・関東でのシェア拡大政策でもあった。また同時進行で、新住友ビルの建設や首都圏への銀行新店舗重点配置、ブルーカード・キャンペーンなど、重要なイメージアップ戦略も展開。

 さらにこの間、住友系列の大阪商船と三井船舶の合併工作に乗り出し、船隊規模世界一の「商船三井」を誕生させた。これは「三井住友銀行」誕生の布石とも言える。

 トップバンクへの道を疾走していた堀田は、プライベート面でも堀田家の系譜作りに腐心する。まず長女・育子を三菱系の日本郵船・浅尾新甫元会長の二男・浩二と結婚させ、長男・健介と昭和電工・安西正夫元会長の三女・公子との結婚も成立させた。

 結果、堀田家系譜は安西家を通じて天皇家・住友家につながっていく。さらに、二男・明は大正製薬・上原昭二の長女・正子と養子縁組し、大正製薬社長になる。

 1977年6月、堀田は取締役相談役名誉会長に就任。挨拶で、「魂魄ここに留まりて」との執念を見せ、ワンマンに徹しながら91歳で逝去する。時は90年12月。それから24年がたとうしている。

 

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