政治・経済

「消費税還元セール」などの広告を禁じた消費税転嫁法が成立した。当初は、消費税を連想させる表現も禁じる方針だったが、「安売り規制」との反発を受けて一転して態度が軟化、早くも抜け穴だらけの〝ザル法〟と懸念する声も出ている。 (ジャーナリスト/神田和仁)

 

消費税転嫁法とは?

 

 「落ち着くべき所に落ち着いた」

 流通業界からは、早くもこうした声が漏れ聞こえる。と言うのも、増税時の小売業のセールについて、政府が転嫁法で禁止する広告や宣伝の表現について、消費税との関連を明示しない宣伝については容認したからだ。

 これにより、例えば当初は禁止事項だった「春の生活応援セール」や「3%値下げ」などの表現が容認されたことになる。

 消費税率は2014年4月に現在の5%から8%、15年10月に10%に引き上げられる予定。消費増税転嫁法は増税分を商品価格に円滑に転嫁するための法律で、小売業者が取引上の強い立場を利用して、中小の納入者などに増税分を上乗せせず、買いたたく行為を防ぐことを目的にしたものだ。17年3月までの期限付きの法律だが、6月の成立に至るまでにはすったもんだがあった。

 

ルールが緩和された消費税転嫁法案

 

 そもそもの法案では「消費税」を含まないセールをどこまで禁じるかを明示しておらず「3%値引き」などの表示はグレーゾーンとなっていた。

 このため、政府内でも、どのセールがセーフで、アウトかの解釈をめぐって混乱が生じた。

 発端は、4月24日の衆院経済産業委員会。消費者庁の菅久修一審議官が「消費税という文言を用いていなくても、消費者が消費税に関連した安売りと認識するものは禁止」と答弁。指針を取りまとめるはずの消費者庁が、消費増税を連想するセールも制限する考えを示した波紋は大きく、野党や流通業界から「自由な価格競争を阻む」との反発の声が続出した。

 流通業界の厳しい批判を受けて、消費者庁は「消費税という表記を含まなければ禁止に当たらない」と方針を転換。具体的な禁止事例は夏に示すガイドライン(指針)で明らかにするはずだったが、還元セール規制の線引きを早期に提示しなければ混乱に拍車を掛けかねないと判断。政府は5月8日に、セールで禁止される広告や宣伝の表現についての統一見解をまとめて、消費税との関連を明示しない宣伝について容認することを決めた。

 これを受け、自民、公明、民主の3党は一週間後の15日、法案の修正案で条文に「消費税との関連を明示しているもの」との文言を追加することを決め、「3%値引き」や「春の生活応援セール」などとうたう宣伝や広告を行うことが条文からも可能になった。

 法案で消費税と関連しない文言のセールは容認されたことで、首都圏で百数十店舗を展開する大手スーパーチェーンの担当者は「これまで表現規制の範囲があいまいだったが、それが明確になったことは良かった」と話した。

 政府は、混乱を招くことが必至だったにもかかわらず、なぜ、還元セール禁止を打ち出したのか。

 背景には、消費税率が3%から5%に引き上げられた1997年の反省がある。大手スーパー各社は、消費税率が引き上げられ、消費が落ち込んでいた翌年、相次ぎ消費税還元セールを実施。売り上げを飛躍的に伸ばした。

 ただ、還元分の原資として〝値下げ〟を求める行為が横行し、取引関係を切られることを恐れた中小の卸業者などが値引きを受け入れ、窮地に立たされた。こうした泣き寝入りが行われた経緯を踏まえて、そうした行為を防ぐために今回の転嫁法では、消費税還元セールの禁止を打ち出したというわけだ。

 

消費税転嫁法が宙に浮く可能性も

 

 政府は、問題のある企業については、立ち入り調査を行い、特に悪質な場合に限って社名を公表する罰則を設けた。

 ただ罰金なども課されず、抑止力は限定的だ。政府は禁止されるセールの範囲などを定めた指針を夏までに策定するが、セールについての規制は既に骨抜き状態。中小企業からは「法律の隙間をぬって、ぎりぎりの線でセールを行う事業者が出てもおかしくはなく、結局、しわ寄せが中小に来るか心配」と懸念する声も広がる。

 政府も、公正取引委員会などを通じて、増税分の不当な値引きを強要するケースがないかを調査するため、臨時職員約600人採用して監視を強化する。

 さらに、納入業者を中心に15万社を対象に書面で不当な値引きがないかを調査するが、中小企業が取引先の大企業の名前を「ちくる」ことは、今後の取引を考えて控えることも予想され、抜本的に買いたたきを防ぐのは難しい。

 「消費税は還元するものでなく、納めるものということを認識してもらいながら、最終的には小売業者の良識を信じるしかない」(財務省)というのが実際のところだ。

 一方、問題は還元セールの禁止ばかりにとどまらない。今回の特別措置法の成立を受けて約10年ぶりに「税抜き価格」が復活するからだ。

 政府は、89年に3%の消費税率を導入した際、税込みと税抜きのいずれの価格表示も認めていたが、04年4月から税込み価格に一本化。今回は、14年と15年の2段階で、消費税率の引き上げが行われるため、ラベルの張り替えなどスーパーなどでの事務負担の軽減のため、17年3月まで税抜き表示も認めた。

 ただ、税込み表示が消費者に浸透する中、2つの価格表示が混在することになれば、消費者の混乱を招きかねない。

 消費税転嫁法にスーパー各社は「今後の業界全体の動きをみて、なるべく早めに決める」としているが、店ごとに表示の仕方が異なれば、消費者にとって商品価格の比較が難しくなる。どこまで周知徹底できるかが焦点となりそうだ。

 もっとも、今回の法律は、消費税率の引き上げが予定どおり行われて初めて効力を発揮する。政府は税率引き上げの最終判断を4~6月期の国内総生産(GDP)など景気を総合的に判断して10月頃に行うとしているが、仮に増税を先送りする事態になれば、転嫁法も宙に浮く。

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[特集 新しい街は懐かしい]

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

広告やマーケティング、ブランディングを事業プロデュースという大きな枠で捉え、事業が成功するまで顧客と並走する姿勢が支持されているグランドビジョン。経営者の思いを形にしていく力で、単なる広告代理店とは一線を画している。 中尾賢一郎・グランドビジョン社長プロフィール &nb…

中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

人材戦略を経営の核に成長する駐車場ビジネスのプロ集団―清家政彦(セイワパーク社長)

「PCのかかりつけ医」として100年企業への基盤構築を進める―黒木英隆(メディエイター社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

20歳で探検家グランドスラム達成した南谷真鈴さんの素顔

自らの手で未来をつかみ取る革新者たちは、自分の可能性をどう開花させてきたのか。今回インタビューしたのは、学生でありながら自力で資金を集め、世界最年少で探検家グランドスラムを制した南谷真鈴さんだ。文=唐島明子 Photo=山田朋和(『経済界』2020年1月号より転載)南谷真鈴さんプロフィール&nbs…

南谷真鈴

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年1月号
[特集] 新しい街は懐かしい
  • ・「街の記憶」で未来をリノベーション
  • ・日本橋が「空を取り戻す」水辺と路地がつながる街へ
  • ・水辺はエンタメの宝庫だ 大阪が目指す観光客1300万人
  • ・街の誇りを取り戻せ 名古屋・堀川復活プロジェクト
  • ・なぜ水辺に都市が栄えるのか
  • ・2020以降は海と川がさらに面白くなる
  • ・「住む」と「働く」両方できるが求められている(たまプラーザ)
  • ・「土徳」が育む一流の田舎(南砺市)
  • ・音楽ファンが集う街づくり
[Special Interview]

 辻 慎吾(森ビル社長)

 東京が世界で勝ち抜くために必要なこと

[NEWS REPORT]

◆飛びたくても飛べないスペースジェットの未来

◆エンタメが街を彩る 地方創生に挑むポニーキャニオン

◆問題噴出のコンビニをドラッグストアが抜き去る日

◆始まった自動車世界再編 日本メーカーはどう動く?

[特集2]

 経済界福岡支局開設35周年記念企画

 拓く!九州 財界トップが語る2030年のかたち

ページ上部へ戻る