政治・経済

 今年のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオード(青色LED)を発明した日本人3氏に決まった。2年ぶりの日本人受賞に湧く中にあって、今回の顔触れは、政府にとっても、また経済界にとっても手放しで喜べないものとなった。

中村修二氏の「貢献度3分の1」に安堵

 周知のように、ノーベル物理学賞受賞が決まったのは名城大学教授(名古屋大学名誉教授)の赤崎勇氏、その弟子で名古屋大学教授の天野浩氏、そして米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授の中村修二氏だ。中村氏は米国の市民権を取得しており、厳密には日本人受賞者とは言えない。

ノーベル賞を受賞した中村修二教授

ノーベル賞を受賞した中村修二教授(Photo/AFP=時事)

 エジソンが発明した白熱電球を置き換えるほどの影響力を持つ青色LEDは、早くからノーベル賞の有力候補と目されてきた。しかし発明が実用化され、新市場が開けても、なかなか受賞は実現しなかった。科学技術関係者によれば、受賞できない理由として考えられるものは大きく2つあった。

 ひとつは、中村氏の陣営と赤崎氏の陣営が激しい特許紛争を繰り広げていたこと。中村氏は日亜化学工業の元社員。一方、赤崎氏は豊田合成と組んで青色LEDの開発に従事した。日亜化学と豊田合成は、それぞれ自社の技術が侵害されたと主張した。

 赤崎氏の側が一歩早く青色LEDの開発に成功したが、輝度の高い照明に使える能力を持つ半導体結晶膜の生成に成功したのは中村氏が先だったとされる。特許紛争の中で新たな事実が出てくる可能性を排除できないため、受賞者を選ぶスウェーデン王立科学アカデミーとしても慎重な態度を崩せなかったという。

 もうひとつの理由は、半導体を直接光らせるLEDの原理を発明したのは赤崎氏でも中村氏でもないことである。ノーベル賞は前人未踏の科学的発明を尊ぶ。LEDの原理の発明と、それを改良して初めて青色の発光に成功したことのどちらに重点を置くか、科学行政の専門家でも難しい判断だったようだ。

 ノーベル賞の自然科学3賞は、最大3人が受賞するが、その比率は対等ではない。2008年に南部陽一郎氏(米国籍)、小林誠氏、益川敏英氏の3氏が物理学賞を受賞した時の貢献度は南部氏が2分の1、小林氏、益川氏がそれぞれ4分の1ずつで、賞金も、その比率で分割された。

 もしLEDの原理そのものが受賞対象となれば、日本人の貢献度は低く算定される。逆に青色LEDだけが対象なら、中村氏の貢献度が高くなることが予想された。

 今回の受賞は、特許紛争が落ち着いたことがひとつのきっかけといわれる。対象となったのは「高輝度で省電力の白色光源を可能にした青色発光ダイオードの発明」。貢献度は赤崎氏とその弟子の天野氏、それに中村氏で3分の1ずつだった。赤崎氏が青色LEDを発明した名大教授時代に、大学院生だった天野氏にまで受賞者を広げた。

 このため、「青色LEDの発明は、赤崎氏側に大きな比重があると選考委員会が判断した」(科学技術関係者)と受け止められている。政府や財界の一部が「安心した」と漏らすのは、この受賞比率についてなのだ。

中村修二氏の波紋を呼ぶ公の場での日本批判

 中村氏は日亜化学を退職した後、01年に特許の対価の増額を求めて同社を訴えた。一審の東京地方裁判所は、日亜化学に対して200億円の支払いを中村氏に命じた。控訴した東京高裁では、中村氏に8億円余りを支払うことで和解が成立した。この時、中村氏は記者会見で「日本の司法は腐っている」と捨て台詞を残した。

 しかし、これだけなら「発明報酬の在り方に一石を投じた」(科学技術関係者)という好意的な見方もできなくはない。中村氏の場合、周囲を困惑させたのはその後の振る舞いなのである。

 中村氏は仁科記念賞、大河内記念賞をはじめ、内外の多くの科学技術関連の賞を受賞している。度々帰国しては講演会の講師や、マスコミのインタビューに応じるのだが、その都度政府や企業に対して歯に衣着せぬ批判を浴びせた。それも「日本で発明なんかできない。やる気があるならアメリカに来い」「日本でメーカーなんてやってても無駄だ」といった攻撃的な内容だ。これでは講演を依頼した企業や団体が困ってしまう。

 まして、一科学者であるのと、ノーベル賞受賞者という肩書が付くのでは発言の影響力が違う。政府の総合科学技術会議や、日本学術会議なども今後、中村発言を黙殺できなくなる。

 しかし中村氏は、受賞決定後も「怒りが発明の原動力だった」などと出身企業の日亜化学にあてこすりをしている。またノーベル賞が決まったことで、慣例によって中村氏と天野氏には文化勲章が授与される(赤崎氏は既に受賞ずみ)。文化勲章は、功成り名遂げた科学者や文化人が対象で、文化功労者として世界的にも珍しい終身年金が付く。「税金から年金を出して、公の場で日本の批判をされちゃたまらない」(政府関係者)という嘆きは理解できるだろう。

 優れた科学者・研究者は、往々にして変人だ。今回の受賞者である赤崎氏も「ひとり荒野をゆく」タイプの頑固一徹。とはいえ出身母体や地元に悪口雑言を浴びせない程度の分別はある。政財界にすれば、赤崎氏や天野氏を前面に立てることで、中村氏の発言の悪影響をある程度は防げる。

 「中村氏に手柄を独占されなくて良かった」というのが、関係者の本音なのである。

(文=ジャーナリスト/小森昭)

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

葬儀業から脱皮しライフイベントのプラットフォーム運営企業へ―ライフアンドデザイン・グループ

古い体質が残り実体が見えにくい葬儀業界の中で、「パッケージ化された分かりやすいサービス」「家族葬など小規模葬儀に特化」「低価格だが高品質のおもてなし」「出店スピードの速さ」等を強みに事業拡大。人生の終末や死別後に備えた事前準備を行う。文=榎本正義村元 康・ライフアンドデザイン・グループ社長プロフィ…

人材領域で培ったテクノロジーを活用し社会課題を解決する―ビズリーチ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

一般には馴染みが薄い産業廃棄物処理の世界。古い慣習が残る業界を、ITによって変えようとしているのがトライシクルの福田隆社長だ。業界の老舗企業がテクノロジー導入に舵を切った背景と今後の展望を聞いた。(吉田浩) 福田隆・トライシクルCEOプロフィール   産廃処理で「B to B版メルカ…

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

佐藤輝英・BEENEXTファウンダーに聞く「起業家から投資家に転身した理由」

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年8月号
[特集] SDGsは江戸にある
  • ・「仁義道徳」 経済人に必要な「利益」と「倫理」
  • ・「利他」 「気候変動に具体的な対策を お金の流れが意識を変える」
  • ・「善の巡環」 高邁な理想を支える創意工夫と挑戦
  • ・「才覚、算用、始末、商人倫理」 SDGsの精神宿る江戸商人
  • ・「国利民福」 国が栄えれば人々も幸福になる
  • ・「先も立ち、我も立つ」 石田梅岩と商人道徳
  • ・「気丈」 学問は「治安」「エンタメ」「立身出世」──江戸庶民の教育事情
  • ・「心田開発」 二宮尊徳の報徳思想
[Special Interview]

 里見 治(セガサミーホールディングス会長グループCEO)

 日本初のIR事業への参入はエンターテインメント事業の集大成

[NEWS REPORT]

◆メガバンクからの陥落目前 みずほ銀行の昨日・今日・明日

◆巨大ドラッグストアチェーン誕生か 業界再編はココカラ始まる

◆カリスマ・鈴木修会長に陰り? ピンチを迎えたスズキの前途

◆G20農相会合で見えてきたスマート農業の未来像

[特集2]

 AI時代に稼げる資格

 今必要な資格、将来必要な資格はこれだ!

ページ上部へ戻る