
スコットランド独立投票の結果、かろうじて回避された大英帝国崩壊
スコットランドで行われた英国からの独立の是非を問う住民投票が、英国とEUの在り方に波紋を投げ掛けている。
9月18日の住民投票では、独立は反対55%、賛成45%で否決され、大英帝国が、人口およびGDPの10%弱を占め、北海油田や原子力潜水艦基地が存在するスコットランドを失い崩壊することは回避された。
しかし、スコットランド独立運動が投げ掛けた課題は重く、英国、EUの在り方が問われ始めるのはこれからである。
キャメロン英首相は、前述の主要三党の大幅な権限移譲の約束の履行を宣言、11月までに権限移譲の範囲を合意し、2015年1月までに法案を提出するスケジュールを示した。
しかし、スコットランドのみへの大幅な権限移譲に反発する他の3地域(ウエールズ、北アイルランド、イングランド)への配慮から、これら地域への権限移譲も同時に進める方針を示した点に注意が必要だろう。
特に、注目されるのは英国全体の人口およびGDPの8割以上を占めるイングランドへの権限移譲の動きである。
スコットランド同様、ウエールズおよび北アイルランドには独自の議会が既に存在し一定の権限移譲がされているが、イングランドには独自の議会は存在せず、すべての権限は英国議会にある。
キャメロン首相が党内調整もなしにスコットランドへの大幅な権限移譲を約束したことに反発するイングランド選出の保守党議員からは、英国議会において、イングランドにのみ適用される法律の審議からの他地域選出議員の排除、またはイングランド議会設立を求める声が強まっている。
一方、こうした動きに対して、労働党のミリバンド党首が、「議会の採決方法の変更やイングランド議会設立には憲法改正が必要だ」と主張する等、牽制を強めている。
最終的には連邦制に近い体制を目指すにしても、英国のように一地域(イングランド)が圧倒的な力を持つ連邦国家の例は他に存在せず、効率的制度設計は困難を極めよう。
こうした状況を考慮すると、権限移譲は難航が予想され、実際には数年単位の時間が必要となるのではないか。
スコットランド独立投票の影響が他地域にも波及
英国では15年5月に総選挙を実施する。足下の支持率調査では保守党と労働党は互角の戦いだ。景気動向や前述のガバナンス、そして後述する〝Brexit〟(英国のEU離脱)等が争点となろう。
選挙結果を占う上ではスコットランド独立投票によってパンドラの箱が開けられた各地域のナショナリズムがどう作用するかが重要だ。具体的には、イングランドのナショナリスト政党であり、EU離脱や移民規制を訴えるUKIP(英国独立党)と、社会民主主義を基本とする民族主義政党であるSNP(スコットランドの民族党)の動向がポイントとなる。
UKIPは、今年5月の欧州議会選挙で保守党と労働党を抑え最多議席を獲得したが、10月9日に行われた下院補選では保守党からの鞍替え候補が当選するなど、その勢いは衰えを見せていない。基本的には保守党と支持層が重なるが、移民問題では労働党と支持層が重なっており、影響は複雑だ。
SNPについては、独立投票で経済面への不安から50代半ば以上の世代の多くが反対に回った結果否決されたものの、党首サモンド(自治政府首相)のリーダーシップにより一時は賛成派が反対派を上回る支持を獲得、投票後も若年層を中心に党勢は拡大している。スコットランドにおける労働党の牙城を(59議席中労働党41議席)、SNPがどれだけ切り崩せるかがポイントだ。
選挙結果は極めて読みづらいものの、どの政党も多数派を獲得できないハングパーラメントの可能性が高まっていると見る。
キャメロンは、総選挙で保守党が政権を維持した場合、17年に英国のEU離脱を問う国民投票を行うとするが、労働党および自由民主党が親EUであることを考慮すると、Brexitの可能性は若干ながら小さくなりつつあると予想される。
スコットランドの住民投票は、スペイン・カタルーニャ自治州、ベルギー・オランダ語圏、イタリア・べネト州等、EU内の他地域における独立運動も勢いづかせている。
この背景には、EUにおける「地域主義」(特定地域の住民が独自の歴史、価値観を背景に独立を求める)のうねりがあり、それは欧州統合の深化が進み、EU加盟国は非常に小さな存在でも巨大な市場と安全保障を獲得するために促進されている。すなわちEUの求心力の高まりが加盟国における遠心力を働かせているという皮肉な状況だ。
EUにとって、加盟国の独立・細分化は想定外であり、そうした事態の進展は政策決定の遅延を招きEUを弱体化させる。
欧州統合のさらなる深化は地域主義の一層の加速を招くと予想され、このうねりをいかに制御していくかにEUの未来がかかっている。
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