文化・ライフ

筆者プロフィール

(よねやま・きみひろ)作家、医師(医学博士)、神経内科医。聖マリアンナ大学医学部卒業。1998年2月に同大学第2内科助教授を退職し、著作活動を開始。東京都あきる野市にある米山医院で診察を続ける一方、これまでに260冊以上を上梓。講演会、テレビ・ラジオ出演、テレビ番組企画・監修も行っている。NPO日本サプリメント評議会代表理事、NPO日本プレインヘルス協会理事。

 

インフルエンザ予防接種ワクチンの役割は「感染」防止にあらず

 今年も、インフルエンザワクチン接種の季節になった。近年、インフルエンザワクチンを接種する人が増えているようだが、果たして、どれだけの方がその意義を正しく理解されているだろうか──

 まず、インフルエンザのワクチンは、「感染」を抑えるものではなく、「発症」、あるいは「発病」を抑止するものだ。

 感染とは、インフルエンザウイルスが口や鼻から体内に入り、細胞内で増殖することを指し、ワクチンではそれを防げない。ただし、体内のウイルスが一定数を超えると、症状の出ない潜伏期間を経て、高熱やのどの痛みなどの症状が出る。この時期が、発症/発病と呼ばれ、インフルエンザワクチンには、それを抑える効果があるのだ。

 インフルエンザワクチンには、もう1つ大切な役割がある。それは、「重症化」を防ぐことだ。

 インフルエンザにかかっても、大抵は1週間程度で回復する。だが、まれに肺炎やインフルエンザ脳症などの重い合併症が現れ、入院が必要とされたり、死亡したりする場合もある。

 これは、インフルエンザの最大の問題とも言え、特に、幼児や糖尿病患者、あるいは高齢者が重症化するケースが多いとされる。

インフルエンザ予防接種ワクチンに対する誤解を正す

 65歳以下の人の場合、インフルエンザ発症の70〜90%がワクチン接種で予防できるとされている。また、高齢者の場合、ワクチンによる発症予防効果は30〜40%にすぎないようだが、入院を要するような重症化なら50〜60%は予防でき、さらに、死に至るケースの80%は防げると言われている。

 もっとも、こうしたワクチンの「有効率」には誤解も多い。例えば、「有効率70%」とは、「ワクチンを接種していない人の70%は、接種を受けていれば発病が避けられた」という意味だ。

 ところが、医療関係者ですら、その多くが「100人の接種者のうち70人が発病しない」と誤解している。しかも、ワクチンの有効率には、「接種者の中で発症しなかった人の数」は含まれていない。そうした有効率の分かり難さからか、インフルエンザワクチンは「効かない」と指摘されることがよくある。

 また、医学論文の中にも、インフルエンザワクチンの実効性に疑問を呈するものがある。ただし現状では、インフルエンザ患者だけを対象にした信頼の置ける疫学調査のデータは存在しない。その状況下で、ワクチンの有効性を否定するのには無理があるだろう。

 もちろん、ワクチンを接種しても、抗体ができない、あるいは、抗体ができる前に感染すれば、インフルエンザは発症する。

 また、先にも触れたとおり、高齢者に対するインフルエンザワクチンの有効率は高くない。だが、それでもワクチン接種の効力・意義を否定することはできないし、高齢者に関しても、重症化を防ぐという意味では一定の効果が期待できる。それで感染者の入院が回避できれば、医療費抑制にもつながるだろう。

 米国では、インフルエンザによる労働者の病欠・生産性低下で、毎冬1億1100万日分の労働力が失われ、金額換算で年間約70億ドル(6800億円)の経済損失があるという。インフルエンザワクチンは、こうした経済損失を大きく減らす力も有していると言えるのだ。

 インフルエンザワクチンをめぐっては、その副作用が取り沙汰されるケースもある。

 ただし、厚生労働省によれば、平成21年10月から平成25年5月14日(のインフルエンザ流行時期)において、ワクチン接種後の副作用反応が認められたケースは計8例しかなく、死亡とワクチン接種の直接的な因果関係が認められた症例もないという。

 しかも、死亡例のほとんどが、重い持病を持つ高齢者だったようだ。

インフルエンザ予防接種が証明する「医療費削減の手段」

 世の中には、インフルエンザワクチンで医者が儲けているとの批判もある。だが、ワクチン接種費用が1回2千円だとすれば、インフルエンザ患者の診察代や薬(タミフル)代のほうが恐らく高い。つまり、儲けを考えれば、ワクチン接種をやめたほうが医者にとっては都合が良いわけだ。

 日本の場合、医療機関へのアクセスが良いことから、インフルエンザで高熱が出れば、すぐにタミフルのような特効薬をもらうことができる。そのため、「ワクチンを接種せずとも、発病してから医者に行けば良い」と考える向きも少なくないだろう。

 しかし、インフルエンザに感染・発症すると、たとえ1週間程度で回復するとしても、高熱で相当の苦しさを味わう。その辛さを考えれば、やはりワクチン接種で発症リスクを抑えたほうが賢明だ。しかも、インフルエンザワクチンの接種は、即効性・有効性が証明された、数少ない「医療費削減の手段」とも言えるのである。

 

筆者の記事一覧はこちら

【文化・ライフ】の記事一覧はこちら

 

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

現存の不動産に新しい価値を創造する「心築(しんちく)事業」とJ‐REIT運用、太陽光などのクリーンエネルギー事業が主力。社名の「いちご」は一期一会に由来しており、サステナブルインフラを通じて日本の社会を豊かにすることを目指している。文=榎本正義(『経済界』2019年9月号より転載) 長谷川拓…

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

社員に奨学金を提供―ミツバファクトリーが実践する中小企業が勝つための福利厚生とは

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年9月号
[特集] 東京五輪以降──ニッポンの未来
  • ・2度目の東京五輪 今度はどんなレガシーが生まれるのか
  • ・高岡浩三 ネスレ日本社長兼CEO
  • ・脱CO2の切り札となる水素活用のスマートシティ
  • ・五輪契機にテレワーク普及へ「柔軟な働き方でハッピーに」
  • ・ワーケーション=仕事×余暇 地域とつながる新しい働き方
  • ・「ピッ」と一瞬で決済完了! QRしのぐタッチ決済の潜在力
  • ・東京五輪で懸念される調達リスク
  • ・フェアウッド100%使用にこだわる佐藤岳利(ワイス・ワイス社長)の挑戦
[Special Interview]

 原田義昭(環境大臣・内閣府特命担当大臣)

 世界の脱炭素化、SDGs「環境」が社会を牽引する

[NEWS REPORT]

◆フェイスブックの「リブラ」で仮想通貨も「GAFA」が支配

◆脱炭素社会へ 鉄リサイクルという光明

◆PBの扱いを巡り業界二分 ビール商戦「夏の陣」に異変あり

◆中国の次は日本に矛先? トランプに脅える自動車業界の前途

[特集2]

 北の大地の幕開け 北海道新時代

・ 鈴木直道(北海道知事)

・ 岩田圭剛(北海道商工会議所連合会会頭)

・ 安田光春(北洋銀行頭取)

・ 笹原晶博(北海道銀行頭取)

・ 佐々木康行(北海道コカ・コーラボトリング社長)

・ 會澤祥弘(會澤高圧コンクリート社長)

・ 佐藤仁志(北海道共伸特機社長)

・ 内間木義勝(ムラタ社長)

ページ上部へ戻る