国際

 黒川治郎氏がカンボジアに魅せられたのは、2010年の7月。初めて訪れた同地で直感した。「ここの人たちと何かをやりたい」。

黒川治郎

黒川治郎(くろかわ・じろう)
1979年生まれ。乳児期にバグダッド、10代の頃にシンガポールで生活した経験を持つ。東京理科大学在学中にプロサッカー選手を目指して渡英するも断念。サラリーマンを経て27歳で起業。飲食店経営やコンサルタント業を手掛けた後、2010年にカンボジアでHUGSを設立。

 翌年には、購入したばかりのマイホームを売却して家族と移住した。何をやるか決めていたわけではない。ビジネスの可能性を見いだしたわけでもない。ただ、「カンボジアの人々の笑顔が魅力的だったから」。それだけの理由で、現地で事業を始めることを決断した。

 はたから見れば無謀にも思える行動力は、黒川氏の生い立ちに起因している。1979年、イラクのバグダッド生まれ。翌80年のイラン・イラク戦争勃発の際には、運よく家族で別の国へ旅行中だったため、難を逃れた。その後、日本に戻り、10歳の時にはシンガポールでの滞在も経験した。19歳の時にプロサッカー選手を目指して渡英するも、夢はかなわず、日本で事業家としてスタートを切る。だが心の中は、いずれは世界に出ていきたいという思いであふれていた。

 日本で始めた飲食店経営やコンサルティングビジネスが軌道に乗ったが、世界でチャレンジしたいという気持ちは消えなかった。行くなら早いほうがいい。そう思った黒川氏は、事業機会を求めて世界中を旅して回った。そして、運命を感じたのがカンボジアだった。

 まずは、シェムリアップで孤児院の支援から開始した。そこで気付いたのは寄付やボランティアに頼ることの限界だった。現地の人々が自立するためには、きちんとビジネスで収益を出して、社会に還元しなくてはならない。そう考えた黒川氏は次に養豚場や魚の養殖を事業として手掛けることにした。さらに、国民の8割が従事する農業に、日本の技術やノウハウを注入することで成長させようと考えた。

日本企業の進出支援として取り組む「絆ストリート」

日本企業の進出支援として取り組む「絆ストリート」

 大失敗も経験した。一時は800ヘクタールもの土地を借り、現地の人材を雇って農業に取り組んだが、大雨による浸水被害で大きなダメージを負った。土地が広過ぎた上、非常時に対応できる人材もいなかった。現在は、80ヘクタールの農地を購入し、日本の農家のサポートも受けながら作物を栽培。収穫物は主にベトナムやタイに飼料として輸出している。マネジメントの部分では、収穫や人材の管理システムを作り、より高収益な体質を目指している。

 こうした取り組みを皮切りに、さまざまな事業に進出することになる。中でも力を入れているのが日本企業のカンボジアへの進出支援だ。その一環として展開しているのが「絆プロジェクト」。1年半前から首都プノンペンの中心部の一角を「絆ストリート」と名付け、日本企業を誘致する活動を開始。現在、飲食店を中心に9店舗が進出を果たしており、今後はさらにスケールを拡大していく考えだ。

 「これからは、オフィスビル、ビジネスホテル、教育機関や医療施設などさまざまなものが必要です。ここからが本当の街づくりの始まりです」と、黒川氏は語る。

 「ゼロから始めて3年たち、どんなビジョンで何をやるべきかが整理されてきました。1社でも多くの日本企業に、本気でカンボジアで事業をしてもらいたい。それを支援するのが僕たちの役割です」

 50年後、100年後のカンボジアのために、今何ができるか。その視線ははるか未来を見つめている。

(写真=佐藤元樹)

関連記事

好評連載

グローバルニュースの深層

一覧へ

2015年の中国リスクと新時代の到来

[連載] グローバルニュースの深層

グローバルニュースの深層

[連載] グローバルニュースの深層

原油事情に関するロシアの分析

[連載] グローバルニュースの深層

プーチン露大統領の内外記者会見

[連載] グローバルニュースの深層

中間選挙後の米国を展望する

[連載] グローバルニュースの深層

中国を制するものは世界を制す

変貌するアジア

一覧へ

鴻海によるシャープ買収のもう1つの狙い

[連載]変貌するアジア(第37回)

変貌するアジア

[連載]変貌するアジア(第36回)

SDRの一翼を担う人民元への不安

[連載]変貌するアジア(第35回)

「3不社会」韓国の「3放世代」

[連載]変貌するアジア(第33回)

開催意義不明の日中韓首脳会議

[連載]変貌するアジア(第32回)

朱立倫の総統選出馬と台湾海峡危機

津山恵子のニューヨークレポート

一覧へ

CESの姿が変わる花形家電よりもネットワークに

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第20回)

津山恵子のニューヨークレポート

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第19回)

米・キューバ国交回復のインパクト

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第18回)

クリスマス商戦に異変! 店舗買いが消え行く

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第17回)

教育の機会格差解消にNY市が動き出す

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第16回)

米中間選挙で共和党が圧勝 16年大統領選はどうなる!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

「損して得を取る」事業モデル   不動産登記情報を扱う「登記簿図書館」をご存じだろうか。  かつては法務局でしか取得できなかった登記簿情報がオンラインで簡単に取得でき、かつ、法務局では対応できないさまざまなサービスを提供するというものだ。保有登記情報は全国2450万件、会員数9500社を誇る。  この登…

支持政党なし

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

独自のプラットフォーム戦略で、外食産業の新たなスタンダードを創造する――きちり社長 平川昌紀

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界11月号
[特集]
運の科学

  • ・北尾吉孝(SBIホールディングス社長)
  • ・江口克彦(江口オフィス社長)
  • ・畑村洋太郎(畑村創造工学研究所代表)
  • ・藤井 聡(京都大学大学院工学研究科教授・内閣官房参与)
  • ・角居勝彦(日本中央競馬会調教師)
  • ・桜井章一(雀鬼会会長)

[Interview]

 安永竜夫(三井物産社長)

 「やるべきことは2つ。方向性を指し示し、トップ同士の関係を構築する」

[NEWS REPORT]

◆東芝メモリ買収の影の主役 産業革新機構の収支決算

◆電気自動車がガソリン車を駆逐するまであと10年

◆60代を迎えた孫正義 ソフトバンク300年の計への足固め

◆出版不況の風向きは変わるか!? 常識を覆すオンリーワン作戦!

[政知巡礼]

 若狭 勝(衆議院議員)

 「自民党のしがらみ政治をぶった斬りたい」

ページ上部へ戻る