
社会的に大きな衝撃を与えたAIJ事件
2012年1月に当局の検査で明らかになったAIJ投資顧問の年金消失事件(いわゆるAIJ事件)は、AIJに資産運用を委託していた年金基金の解散をもたらすなど、社会的にも大きな衝撃を与えました。
企業年金は従業員の老後の生活を支え、また事業主である加入企業の財務にも影響を与えるものであることから、企業の経営者にとって重要な問題と言えます。
顧客の運用資産を預かる投資一任業者には、当然ながら高度な注意義務が求められます。もっとも、AIJ事件と同じような事件の再発を防止するには、投資一任業者の自主的な行動に委ねるだけでは、必ずしも顧客の保護に十分ではないことが分かりました。
当局の調査を通じて、AIJ事件の温床となった種々の問題に対応する形で、投資一任業者などへの規制を強化する改正法令が施行されました。
AIJ事件は同時に、日本の年金制度の在り方自体にも光をあてました。AIJ事件をもたらした根底には、長らく低迷してきた運用環境における多くの年金基金の財政悪化がありました。
特に、企業独自の年金と、公の厚生年金の一部を国に代わって支給する代行部分とを一体で運用する仕組みである厚生年金基金については、多くの基金が財政状態の悪化から、代行部分を国に返還できない事態が生じています。
AIJ事件後間もなく、政府から厚生年金基金の廃止案が公表され、13年6月には「公的年金制度の健全性及び信頼性の確保のための厚生年金保険法等の一部を改正する法律」が成立し、14年4月1日の施行が予定されています。
AIJ事件で運用成績の偽りを可能にした抜け穴とは?
AIJ投資顧問株式会社は東京を拠点とするオルタナティブ投資一任業者(いわゆるヘッジファンド)であり、主として日本の年金基金の資産を運用していました。
証券取引等監視委員会の検査により12年1月、AIJが長年運用成績を偽っていたこと、実際には顧客資産の大半である約2千億円が消失していたことが明らかになりました。
AIJは、投資一任契約に基づいて顧客から運用を受託した資産を、AIJの関係会社が運用するケイマン・ファンドを通じてデリバティブなどの金融資産に投資していました。
また、AIJの関係会社が、日本の年金基金等に対するケイマン・ファンドの勧誘・販売を取り扱っていました。AIJがファンドの現地の監査事務所と受託銀行から受領したファンドの報告書には、ファンドの時価を示す基準価額が記載されていましたが、顧客の運用資産の保管機関である日本の信託銀行と顧客に交付される報告書には、虚偽のファンドの基準価額が記載されていたといいます。
多数の年金基金がその資産のかなりの部分の運用をAIJに委託していたことから、多額の損失を被った年金基金の中には、自主解散するに至ったところもあります。
ファンド受託銀行が真実の基準価額を算定し、外部監査事務所の監査も行われていましたが、顧客である年金基金などとその資産を預かる国内の信託銀行に対しては、AIJかその関係会社が基準価額を通知しており、顧客や国内の信託銀行が直接、ファンド受託銀行から真実の基準価額を受領する仕組みとはなっていませんでした。
ファンドの所有名義人は販売会社であるAIJの関係会社であったことから、顧客や国内の信託銀行が直接、ファンド受託銀行に基準価額などを確認するのも極めて難しかったと考えられます。
ここに、AIJ事件でファンドの基準価額と運用成績を偽ることを可能にした抜け穴があった、と言えるでしょう。
AIJ事件を経て制強化のため改正された法令の5つのポイント
AIJ事件の後、AIJ事件で判明した事実からの教訓を踏まえ、投資一任業者などに対する規制強化を図るため、金融商品取引法、信託業法および保険業法と、それらの関係政省令などが改正されました(これらを「改正法令」と総称します)。その5つのポイントを紹介します。
1つめは、第三者による投資先ファンドのチェック機能強化です。AIJ事件で、ファンドの運用結果について虚偽の報告が可能となった理由として、第三者がファンドのモニタリングを行う仕組みが不十分であったことが挙げられます。
投資一任業者と投資一任契約を締結した顧客は、信託銀行に運用資産の管理を委託するのが通常ですが、改正法令では、投資一任業者が顧客資産を運用する際の投資先であるファンドについて、原則として第三者の信託銀行などが情報チェックを行うことを求めることとしました。
具体的には、信託銀行がファンドの基準価額をその算出者から直接入手できる措置を取ることが必要となることに加え、ファンドには独立監査人による監査が求められます。これらの情報を受領した信託銀行には、報告された金額や情報を照合し、その結果を顧客に通知する体制を整備する義務が課されます。
2つめは、投資運用顧客(特に年金基金)への情報開示の強化です。改正法令では、投資一任契約の締結時に顧客資産を投資する予定の投資対象ファンドがある場合、投資一任業者は、顧客に交付する法定書面で当該ファンドの名称、基準価額の算出および開示方式、投資対象ファンドに関与する関係者の名称、役割と関係、独立監査人による監査の有無といった情報を説明する義務が課されています。
投資実行後も、投資一任業者が顧客に定期的に交付する運用報告書に、運用財産の運用の経過や推移などを記載することが求められます。
3つめは、顧客のプロ成りの制限です。これまで述べた規制は、顧客が「特定投資家」と呼ばれるプロ投資家である場合には、適用されません。大規模な年金基金を除いて、年金基金の多くは本来特定投資家には該当しませんが、金融商品取引法上、投資一任業者の同意を得た上で、特定投資家として取り扱いを受けることを選択できます。
しかし、特定投資家になることを自由に認めた場合、改正法令の顧客保護という目的が達成できない恐れがあります。改正法令は、厚生年金基金については、インハウス運用を行うに足る体制整備がなされている場合を除き、特定投資家への移行ができないものとしました。
4つめは、年金の資産運用に関する投資一任業者等による法令順守の内部体制の整備です。
例えば、現行の厚生年金保険法では、厚生年金基金は投資一任業者に資産運用を委託する場合には、投資判断の全部を一任しなければなりません。この点、厚生年金基金から特定の有価証券の投資または処分の指示を受けた場合でも、投資一任業者はその指示に従ってはならず、また具体的な投資を指示するように顧客を仕向けるような方法で、商品のマーケティングや運用成績の説明を行ってはならないことが明確化されました。
5つめは、投資一任業者などの違反に対する罰則の強化になります。改正法令では、投資一任業者などによる偽計(相手方に誤解を生じさせる不公正・詐欺的な行為)、虚偽告知や虚偽記載に関する刑事罰について法定刑を引き上げ、投資一任業者などによる不正行為に対するけん制の強化を図っています。
年金基金に影響を与えるその他の展開
最後に、日本の年金基金に影響を与えるその他の最近の展開をいくつか取り上げます。
AIJ事件を踏まえて厚生労働省は、厚生年金基金の資産運用に関するガイドラインを改正し、厚生年金基金に対して政策的資産構成割合および集中投資に関する方針の策定を義務付けました。また、オルタナティブ投資を行う場合には基本方針を策定して適切な審査を実施することを求めています。
厚生年金基金が公の厚生年金の一部を国に代わって支給する代行制度は、実質的に年金の運用資産を増やし、スケールメリットを享受することで効率的な資産運用を目指すものでしたが、AIJ事件を契機に構造上の問題も明らかになりました。
2002年の厚生年金保険法の改正によって、厚生年金基金は運用を代行していた資産とともに、代行部分の年金給付義務を国に返上できることになりましたが、代行返上に必要な資金が足りず、中小規模の日本企業の厚生年金基金をはじめ多くの厚生年金基金は代行を返上できずにいます。
13年6月成立の「公的年金制度の健全性及び信頼性の確保のための厚生年金保険法などの一部を改正する法律」では、全体の約1割を占める健全な基金を除き、厚生年金基金は、解散か他の形態の企業年金に移行させるものとしています。
13年4月1日に始まった事業年度から、従来の退職給付会計基準ではオフバランスとされていた未認識数理計算上の差異と未認識過去勤務費用について、連結貸借対照表のその他の包括利益累計額として計上することが必要になりました。
これにより、年金基金の運用結果が加入企業の純資産に直接影響を与えることになります。
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