マネジメント

 1965年当時、「貯蓄を倍にしよう」という運動があった。そこで「徳川家康」に学ぼうと、富士銀行頭取・岩佐凱実氏が、作家・山岡荘八氏に話を聞いたものだ。(1965年1月号)

家康の考え「財産とは、預かりもの」

山岡荘八

山岡荘八(やまおか・そうはち)
(1907〜78)新潟県出身。作家、歴史小説を中心に活躍し、『徳川家康』はベストセラーとなる。その後も、『織田信長』や『伊達政宗』など多くの作品を残した。

岩佐 このあいだアメリカ大使のライシャワーさんが、こんなことを言っておられた。それは、東南アジアにおいて日本が先進工業国の擡頭の仲間入りをするほどに発展することができたのは、明治以来の発展の力によるものであるが、その基盤は徳川時代の封建制度だと言うんです。

 この徳川時代の封建制度というものは、東南アジア諸国のどこにも見られない姿であって、西欧、ことにドイツに見られた中世の封建制度とよく似ているというんですね。で、政治にしても経済にしても近代的国家の素質は、その時代に土壌ができている。そういう見方を述べておられた。で、徳川家康の研究をなさっている山岡先生に徳川幕府の経済的な基本づくり、貯蓄も含めてそういうお話をうかがいたいと思います。

岩佐凱実

岩佐凱実(いわさ・よしざね)
(1906〜2001)東京都出身。東京帝国大学卒業後、安田銀行(のちの富士銀行/現在・みずほFG)に入行。38年に頭取、46年に会長。経済同友会代表幹事や経団連の副会長も務めた。

山岡 家康はケチンボといわれるほどの倹約化で、これは貯蓄だけでなく、モノも非常に大事にした人なんですよ。ご存じのように、戦国時代、百何十年も戦争が続き国民すべてが貧乏の限りを尽くして、すべてのものが足りない時に武士はまだ行政官として生産面にたずさわらない。ために倹約を第一の美徳とし、自分も率先垂範の実を上げるため、麦飯を食い、1枚の着物も1枚の小判も大事にした。

 貯蓄についても、家康は、自分の財産というものはない、そういう考え方をしていたのですね。徹底した仏教信者でもあったので、一切の財産は預かりもの、必ず国民の生活にプラスになるように使わなければならない。そういうことから、この金はお前に渡すけれど、お前のものではないのだから、自分のために使ってはいけないということを、いつも3度繰り返すのが常であったということです。ですから貯蓄をすることは自分のためであると同時に、いつでも国の繁栄のため、家の繁栄のため、ということにつながっていたわけです。それがかなり徹底していたと思うんです。

 家康が亡くなる時、久能山にあった金を分配しているんですが、日露戦争の時まで手つかずにあったというほどで、今でも日本銀行の中に残っているんじゃないかという話があります。

岩佐 財産は預かりものという考え方は面白いですね。

山岡 先ほどのライシャワーさんのご意見ですがね、福沢諭吉先生もこういうことを言っております。それは、憲法政治が布かれた時、それが近代国家としての日本の発展にスムーズに結び付くかどうか、ということに疑いを持つ人があった。それは、日本の封建制度というものがきわめて行き届いたものであっただけに、憲法制度ぐらいではこなせないのではないかということなのですね。

家康に学ぶものは何か

岩佐 家康は倹約をはかり、貯蓄に努めたわけですが、同時にそれを有効に使うということにも十分こころを尽くしたものと思いますが……。

山岡 必ずしも家康の思いのままになっているとはいえませんが、戦争が終わり、とにかく今日でいう自由経済式な貿易の発展策を考えたわけです。

 戦争に向けられていた人間のエネルギーを、どこへ持っていこうかということを家康は政治上いちばん悩んだ。そして、ひとつは朱子学を取り入れた教育に持っていき、一方で、率先して貿易の振興をはかったわけです。ちょうど今日の東西勢力みたいなものが、当時は新教と旧教という形で(日本に)入ってきて、キリシタン騒動にまでなったけれど、家康にとってはそんなことは問題ない。とにかく、政教分離で、こっちさえしっかりしていれば、という自信を持ってやったんです。ところが家康がなくなってしまうとそういう大経倫が失われ、面倒だからオランダだけにして、あとは断わろうということになった。永禄年間、秀吉も外国貿易をしようと考えて、当時は「九艘船」といって9艘しかなかった御朱印船が、家康が亡くなる頃は200艘近くになっていました。

岩佐 国民のエネルギーの発散をはかり、教学の筋を立てたとなると、これはなかなかのものですね。そのまま現代にもあてはまる方法といえましょう。

山岡 あの頃の日本統一は、今の世界の統一と同じくらい困難なことです。その時に人間の改造を考えたのは大変なことです。われわれも家康の子孫なら、もう少し元気があってもいいと思いますがね(笑)。

岩佐 全くですね。

(構成/本誌・古賀寛明)

 

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