政治・経済

団結できないビールメーカーの事情

 「第3のビール」と「発泡酒」が増税の危機にさらされている。来年10月に予定されていた消費税率10%への引き上げが1年半延期になったことで、政府・与党のビール類の酒税見直しに対する本気度が高まったためだ。低所得者を中心に反発の声が広がるのは必至だ。

野田毅

ビール類の酒税見直しを進める野田毅・自民党税制調査会(Photo=時事)

 「少し高くなるけど、本物のビールを楽しむ姿のほうがいい」

 自民党税制調査会の野田毅会長はこう話し、来年度の税制改正でビール類の酒税の見直しを進める考えを示している。

 ビール類の酒税額は、麦芽比率に応じて異なり、350ミリリットル缶当たりビールが77円、発泡酒が47円、第3のビールが28円となっている。政府・与党が来年度の税制改正で検討するのはビール類の酒税の段階的な見直しだ。税率の高いビールは減税する一方、発泡酒と第3のビールは増税し、トータルのビール類の税収が現時点と変わらないよう制度を設計するという。

 見直しを進める背景にあるのが「世界の中で日本だけがビールの代用品の開発競争ばかり行われている」(野田氏)という問題意識だ。味ではなく、税率の差で売れ行きが大きく変わっている現状を強く疑問視しているというわけだ。実際、2014年度の与党税制改正大綱には、ビール類の酒税の見直しについて「格差を縮小する方向で見直しを行い、速やかに結論を得る」と明記されている。

 日本に大きく3つのビールのジャンルが存在するのは、ビール業界が、より税額の低い商品に着目して、新たなジャンルを切り開いてきたためだ。

 発泡酒、第3のビールの登場は、いずれも業界努力のたまものだが、市場が大きくなれば、その都度、増税の標的にされて税率が引き上げられ、再び新たなジャンルを切り開くという財務省と業界のいたちごっこが繰り返されてきた。

 ビール類の酒税が見直されるのは、06年に第3のビールが増税(350ミリリットル缶で3・8円)されて以来となる。来年度の税制改正で、与党の思い描く改革が行われれば、ビールの店頭価格は下がる一方、第3のビールと発泡酒はいずれも価格が上がる。特に、現在は350ミリリットル缶で145円程度と割安で、〝デフレ型商品〟の典型例である第3のビールの価格面の魅力は大きく薄れることになる。

 ただ、当のビール業界は政府・与党のビール類の酒税見直し機運に結束できずにいる。表向きは「ビール類全体の大幅減税が必要」(ビール酒造組合)と、訴えている。しかし、業界の総意と個別企業の思惑は異なる。それぞれの会社で、ビールと発泡酒、第3のビールの販売比率が大きく異なるためだ。

 アサヒとサッポロは、ビールの販売比率がそれぞれ67%、57%と5割を超え、第3はアサヒが2割超、サッポロは4割超。キリンはビール、発泡酒、第3がいずれも3割前後ずつ、サントリーはビールが4割、第3が6割となっている。

 政府・与党の検討案どおりに見直しが行われれば、ビール比率の高いアサヒとサッポロに有利で、第3の比率が高いキリン、サントリーには不利になる。業界全体として団結できないという構図にあるわけだ。

ビール類の酒税見直しが、業界再編の引き金となる可能性も

 実際、解散総選挙前には野田氏に陳情しようと、議員会館をうろつくビール業界の担当者の姿が目立った。アサヒは、ビールの減税を猛烈にアピールしたい立場で、キリンは第3の大幅増税を防ぎたい考えで、スタンスは正反対だ。そうした業界の利害を踏まえて野田氏は、来年度税制改正大綱には、例えば見直しに向けた移行期間を設けるなど、業界が十分に準備できるような対応をする考えを示すが「ビール業界は販売戦略の変更を余儀なくされる恐れがある」(アナリスト)という。酒税見直しが引き金となり、幻に終わったキリン・サントリーの経営統合の復活など再編を招く可能性は十分に考えられる。

 一方、政府・与党が描く酒税見直し案では、ビール類の中で税収が変わらないよう設計するため、見直し後も税収は現在と変わらないという。だが、4月の消費税増税で家計のひもをしめる中、ビールの価格が多少下がるより、発泡酒と第3の値段が上がるほうが影響は深刻だ。発泡酒と第3の価格が上がることで節約のため飲む本数を減らしたり、買わない人が増えればビール類全体の販売は落ち込み、結果的に税収も減りかねない。

 事実、過去、酒税の見直しによって市場が大きく縮んだ酒類もある。日本酒(清酒)だ。かつては品質によって、特級、1級、2級と3分類に税率が分かれ、特級と2級では1・8リットルで800円もの税差があった。それが、1992年までに段階的に一本化されたが、見直しの結果、等級で品質を判別できなくなったことで販売の大幅減を招き、税収も大きく落ち込んだ。

 ビール類の販売はただでさえ漸減が続く。実際、販売数量はピークだった94年から25%以上縮小し、14年4月の消費税率8%への引き上げでさらに落ち込んでいる。ただ、政府・与党は、安倍晋三首相が消費税再増税を見送ったことで、家計の負担がさらに増えないと見て「ビール類の酒税見直しに向け、千載一遇のチャンス」(経済官庁幹部)とばかりに、増税に向け邁進する。

 自民党税制調査会は来年1月上旬に策定する与党税制改正大綱での具体化を目指しており、衆院選後に業界との調整に入る。庶民の晩酌に迫る増税の足音は着実に大きくなっている。

(文=ジャーナリスト/太田裕介)

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

前田浩氏

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

「消費者が電力の供給者を自由に選択できる時代へ」―― 再エネ主体の「顔の見えるでんき」をコンセプトに掲げるみんな電力が目指すのは、富が一部の人々に独占されないフェアな世界だ。法人顧客を中心に、同社への支持が集まっている理由を大石英司社長に聞いた。(吉田浩)大石英司・みんな電力社長プロフィール 消費者が発電事業…

佐藤輝英・BEENEXTファウンダーに聞く「起業家から投資家に転身した理由」

チェ・ゲバラに憧れた10代起業家が目指す「働き方革命」― 谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年7月号
[特集] 素材の底力〜世界をリードする素材産業〜
  • ・素材のイノベーションが日本経済をリードする
  • ・化学工場 企業ごとの特色も鮮明に存在感増す化学素材
  • ・電気自動車普及が始まる車載バッテリーの覇権戦争
  • ・炭素繊維 市場を開拓してきた日本が技術的優位を保ち続ける法
  • ・「鉄は国家なり」の時代を経て問われる「日の丸製鉄」の競争力
  • ・経産省 日本の素材産業が世界をリードするための3つの課題
  • ・就職人気は下位に低迷でも焦らない素材メーカー
[Special Interview]

 日覺昭廣(東レ社長)

 「長期的視点で開発するのが素材企業のDNA」

[NEWS REPORT]

◆営業利益率10%突破 ソニーならではの「儲けの構造」

◆日本初の民間ロケットが宇宙空間に到達

◆携帯参入まであと4カ月 国内4番手「楽天」の勝算

◆日産・ルノーが直面する「経営統合問題」長期化の落とし穴

[Interview]

 「君は生き延びることができるか」──ガンダム世代が歩んだ40年

 常見陽平(評論家・労働社会学者)

ページ上部へ戻る