マネジメント

 2014年4月を境に、旭化成の経営は大きく変わった。代表取締役会長と代表取締役社長が役割分担する従来の体制を見直し、各事業会社の社長経験者4人が代表取締役として就任。グループ全体の経営統括と4つの事業領域のうちヘルスケア部門は浅野敏雄氏に託されることになった。ケミカル・繊維や住宅・建材、エレクトロニクスの部門はそれぞれの代表取締役が統括する。同社にとって、新たな時代の幕開けとも言える。社長就任から半年が過ぎた今、浅野氏に新体制の手応えと今後の展望を語ってもらった。

一体感を出すことを課題にしてきたと語る浅野敏雄氏

── 浅野社長も含めて4人の代表取締役という新たな体制になって半年以上が経過しましたが、この間、新たな発見はありましたか。

浅野 今年4月以来、国内、海外といくつかの拠点を訪問して、実際に事業を牽引している従業員たちに会ってきました。それぞれの部門で苦しい経験をした時期もありましたが、課題を克服し、目を輝かせて事業に従事していました。それを目の当たりにしたのが、新鮮な発見でした。

浅野敏雄

浅野敏雄(あさの・としお)
1952年生まれ。富山県出身。75年東京大学薬学部薬学科卒業後、旭化成入社。2001年ライフサイエンス総合研究所長に就任。その後、旭化成ファーマ執行役員、同社取締役常務、社長を経て、14年旭化成社長に就任。薬学博士。

── 事業ごとにカラーはだいぶ違うのでしょうか。

浅野 同じ旭化成グループですから、ほかの会社からはみな同じカラーに見えるかもしれませんが、事業によっても、また内部では営業系、製造系でもいろいろと特色があります。

── ヘルスケア部門のカラーはどのようなものですか。

浅野 製品を出すまでに時間がかかる部門なので、非常に物事を慎重に考える人たちが多い気がします。病気の患者さんに使われる製品なので安全性には気を使いますし、政府による承認が必要という性質上、何事も慎重に考える傾向にあります。一方で、エレクトロニクス関連の事業は1年、2年の単位で新製品を出して、一気に作って売りきるというケースが多いので、スピード感がありますね。製品のライフサイクルも非常に短い。それに比べて、ヘルスケア部門の製品はライフサイクルが長いので、両極端ですね。

── ヘルスケア以外の部門については、意思決定の場面で戸惑いなどはないですか。

浅野 それは今のところありません。物事を決めるときは十分に資料を検討して、いろんな意見を聞いて決めます。私のバックグラウンドが十分でない事柄については、各部門の代表取締役がエキスパートですから、彼らと相談しながら的確な判断ができるのが今の体制のメリットです。

── 他の代表取締役の方々とはどれくらいの頻度で会っているんですか。

浅野 月に1回、経営戦略会議を開いていますし、その前後にも顔を合わせて意見調整をしています。それ以外にも必要に応じて個別に会っています。

── この半年間はどういう課題を持って取り組んできたのでしょうか。

浅野 4つの事業領域の意思決定のスピード感と専門的な判断は損なわないように気を付けてきました。単なる違うドメインの集合体ではいけないので、各領域間で一体感を持つ、さらに持ち株会社としての戦略的な動きを含めて一体感を出すというのが課題でした。4人で頻繁に顔を合わせる、あるいはそれぞれの領域スタッフ同士が話し合うことで一体感は出ていると思います。

浅野敏雄氏の思い 研究出身だから研究開発は厳しい目で見る

── カリスマ的なトップから集団的なリーダーシップへの移行を試みる会社はほかにもありますが、それらの会社にとっても旭化成は良いモデルケースになる気がします。

浅野 もともと、われわれの先輩方が次々に事業を生み出して多角化してきましたから、基盤が違う事業領域を理解しよう、違う事業同士で新しいものを生み出そうというバックグラウンドが旭化成にはありました。ですから、違った領域同士がシナジーを生んで、一体感を生み出せるという意識はお互いに持っています。

── 具体的なシナジーとは。

浅野 ヘルスケア部門は、もともとケミカル・繊維部門から生まれてきました。今後を考えると、例えば、高齢化社会における住宅事情を考えると、ヘルスケアの知見が必要になるし、在宅医療や介護というキーワードで考えても住まいの在り方がかかわってきます。

浅野敏雄── ヘルスケア部門で特に注力したいサービスは。

浅野 救急救命(クリティカルケア)に関する各種の製品・サービスを持つということを特徴としていきたいですね。2012年に救急救命医療機器大手の米ゾールメディカルを買収するときに、そういう方針を打ち出していますし、同社を中心として救急救命の薬、医療機器、その他のサービスをグローバルに展開していきたいと考えています。

── ゾールメディカルの買収は、御社にとってもかなり大きな決断だったと思いますが。

浅野 1800億円という大規模なM&Aは初めてでしたし、これまで既存事業を中心に展開した、オーガニックな成長を基本に考えてきたわれわれからすると、これほど大きな会社、それも米国の会社の買収は大変な決断でした。

── 今後もM&Aは積極的に行っていくのですか。

浅野 オーガニックな成長と、M&Aの両方を積極的にやっていく形になると思います。これらの戦略は16年4月から始まる次期中期経営計画の中ではっきり打ち出していくつもりです。次期中計のスタートにはもう少し時間がありますので、会長の伊藤からも、じっくり議論するようにと言われています。

── 事業部間のシナジーをさらに出していくために、研究開発体制も変えましたね。

浅野 今の事業会社に必要な製品補強や周辺事業、今後のためにオール旭化成で作り出す事業、そしてもっと長期的に持株会社で探索していく事業という3つのカテゴリーに明確に分けました。今年度はトータルの研究開発費が800億円以上になりますが、そのうちの700億円近くが事業会社向け、100億円程度が長期的な研究開発費となっています。

── 長期的な部分に100億円というのは結構な規模ですね。

浅野 現場の従業員たちにとっては不足かもしれませんが、100億円あれば相当なことができると思います。私は研究出身ですから、研究にはむしろ厳しい視点で見ています。

浅野敏雄氏は語る グローバル化に必要なのは〝経営の意思〟

── 旭化成は「挑戦するDNA」を標榜する会社ですが、浅野社長自身の挑戦経験はありますか。

浅野 20代の頃、私がかかわっていた薬の研究で、前臨床の段階でデータが再現できず、大きなプロジェクトが中止になったことがあります。それは研究者の責任ですから、普通なら周囲から責められるところですが、全く責められなかった。むしろ、上の人からは次は何に取り組むんだ、次は成功させようというポジティブな意見をもらいました。30年前の出来事ですが、そういう社風は今でも残っていると思います。

── 来年以降の経営課題は。

浅野 来年は中計の最終年度ですから売上高2兆円、営業利益1600億円の目標を達成して、次の中計に結び付く戦略とテーマを整理することです。旭化成の強みは何であるのかということを原点に立ち返って議論し、次はどうするのかという骨格をしっかり組み立てることだと思っています。

── 具体的に骨格とは。

浅野 多角化経営を強みにしていくということを共通認識にしたい。その上で、さらなる成長のために何が必要かということを固めていきたいと思います。

── 選択と集中にこだわりすぎるより、コア技術をベースにうまく展開している会社は成長している印象です。

浅野 何か強い技術があると、次に展開しやすいという部分はあると思います。大事なのは、コア技術だけにしがみついていたらいつかは衰退するかもしれないという危機感を持つこと。われわれの今の製品が、50年後も高収益を生めるわけではない。コア技術を意識するとともに、今の製品にしがみついていたらいつかは事業も会社も衰退する危機感が、次を考える原動力になるのです。今の製品も高い収益を生むまでに20年以上かかっています。つまり、新しいものを今から準備しても20年かかるかもしれないし、10年で衰退する可能性もあります。

── 営業やマーケティングなどの部分では、強みと弱みをどう評価していますか。

浅野 今日の旭化成で成功している製品はみんな素晴らしいマーケティングをやっているので、われわれの強みは技術だけではないと思っています。ただ、1つだけあえて言うなら、グローバルに展開するマーケティング力はまだ欠けていると思います。生産力もマネージメント力もすべてにおいてグローバルに展開する力が求められます。

── そのために必要なのは人材ですか。

浅野 もちろん人材は必要ですが、それよりも必要なのは経営の意思です。経営がしっかりと、グローバルに展開するんだという意思と戦略を示せば成功できます。ヘルスケアの領域は最もグローバル化していて、そこで戦ってきたので、社長になる前からその考えは強く持っていました。

── 浅野社長の経営理念とは。

浅野 昨日まで世界になかったものを提供して世界に貢献していくということ。これは研究者だけにではなく、営業やマーケティングや製造、スタッフ部門にも言っています。みんながそういう思いになって初めて、素晴らしい技術や製品、サービスを創造できるのです。

(聞き手=本誌編集長/吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年11月号
[特集] AIが知りたい!
  • ・IT未開の地に挑戦 産業構造をAIが変える!
  • ・AIは物理世界がまだ苦手 汎用ロボットの作り方
  • ・データ分析の起点は「何があれば経営に役立つか」
  • ・AI活用事例
  • ・ワトソン君は業務システムと連携する
  • ・米国で加熱する人工知能ブーム AIは21世紀最大のゲームチェンジャーか
[Special Interview]

 小川啓之(コマツ社長)

 「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来

[NEWS REPORT]

◆SBIが島根銀行への出資の先に見据える「第4メガバンク構想」

◆家電同士がデータを共有 クックパッドが描くキッチンの未来

◆新薬の薬価がたった60万円! 日の丸創薬ベンチャーは意気消沈

◆1で久々の優勝を果たすもホンダの4輪部門は五里霧中

[総力特集]

 人材育成企業21

 SBIホールディングス/サイボウズ/メルカリ/ティーケーピー/シニアライフクリエイト/イセ食品/センチュリオン/タカミヤ/中央建設/アドバンテック/合格の天使/明泉学園/オカフーズ

ページ上部へ戻る