国際

教育の機会均等が失われ格差が広がる米国社会の現実

 

 ニューヨークのビル・デブラシオ市長が公約していた「プレK」(幼稚園入園前の保育)を支援する政策は、選挙中も選挙後も市民の間でかなりの注目を集めた。同市の公立教育の悪化が問題視されているほか、全米で教育の機会均等が失われているためだ。

ニューヨークのビル・デブラシオ市長が推進するプレK支援策

ニューヨークのビル・デブラシオ市長が推進するプレK支援策は、市民の注目を集めている(PHOTO:AFP=時事)

 デブラシオ市長のプレK政策は、今年1月の就任後すぐに正式発表され、3月には両親からの願書受け付けが始まった。目標はその年に満4歳になる子ども全員で、9月にプログラムが始まってからも願書は受け付けている。

 もちろん、富裕層の家族は、子どもがいい幼稚園や小学校に通えるように、有名保育園に通わせるのが当たり前になっている。

 こうして、富裕層の子どもがプレKから大学に至るまで最高のエリート教育を受ける一方で、中間層や低所得層が通う公立校は荒れ、親の所得によって教育の機会に大きな格差が生じている。

 米国の研究機関は、富裕層とほかの所得層との間に生じる教育の格差が、今後の米国における最大の問題だとさえ指摘する。

 

教育機会の提供で他の先進国に差をつけられる米国

 

 経済協力開発機構(OECD)がこのほど発表した教育についての調査によると、OECDの平均では先進国の70%の3歳児が教育を受けているのに対し、米国では38%にとどまっている。これだけの差があれば、デブラシオ市長のプレK支援策が注目されるはずだ。

 また、2000年まで米国は、大卒が人口に占める割合で世界2位だったが、今では5位にまで転落した。

 特に25〜34歳の年齢層では、韓国が首位なのに対し、米国は12位となり、若い年齢層ほど大卒が減っていることが分かる。

 米国の教育システムにも問題がある。OECDによると、米国の教師はOECD平均よりも長時間働いているにもかかわらず、米国の大卒社員に比べて68%の給与しか払われていないことが分かった。OECD平均は、大卒社員の80%となっている。

 米国は、かつては公教育で成功を収めていた。米紙ニューヨーク・タイムズによると、米国のほとんどの州は、19世紀半ばまで小学校教育を無料で提供していた。1930年代には、大半の子どもが高校レベルまでの教育を受け、70年代まで「マスの教育」に成功し、これが経済成長にも貢献していたという。

 同じ頃の英国を見ると、57年の時点で、17歳で学校に通っていたのは9%にとどまり、米国と異なり教育制度の中で階層化が進んでいたことが分かる。

 

教育の機会格差が解消されなければ「アメリカン・ドリーム」も死語に

 

 「アメリカン・ドリーム」という言葉は、貧富にかかわらず平等に教育を受け、努力した人間がビジネスや起業、芸術などの分野で成功していくことを指していた。そして、その子孫が親よりも高学歴を得ていくことも、当たり前だと思われていた。

 政治家や起業家の社長が、「自分はうちの家族で、大学に行った最初の世代だ」と語るのを、多くの人が感動しながら聞くのを見たことがある。

 しかし、現在は高校まで通うことができなかった親の子どもが大学まで進む割合はわずか5%にとどまる。OECD平均は23%だ。

 ハーバード大、スタンフォード大、エール大などアイビーリーグと呼ばれる大学の評判は日本でも高く、なぜ世界のリーダーや有名経営者がそこから輩出するのか書かれた本は多くある。

 しかし、アイビーリーグのほか、カリフォルニア州立大、ミネソタ州立大など有名な公立大学に行ける若者はほんの一握りだ。

 学費の問題もある。例えばハーバード大では、1年に約4万5千ドルと日本の大学に比べて非常に高い。学生ローンは、就職してからも長年支払い続けなければならず、特に金融危機の後は、ローンの負債を抱えたまま就職できない若者が激増した。

 一方で、郊外の公立校の荒れ方はすさまじく、銃を持って通学してくる児童や生徒を取り締まるため警察官が常駐している学校も多くある。また、お小遣い欲しさに地域のギャングの下働きを幼い頃から始めるケースも少なくない。

 デブラシオ市長のプレK支援策が注目を浴び、野党の反対もほとんどなく早期に実現したのは、こうした背景がある。

 米国の新聞では、地域教育の実態の記事などが多く報道される。コミュニティー新聞でどこに行っても見掛けるのは、「子育て」や「教育」の専門紙だ。

 教育にこれだけ関心が注がれているのに対し、教育の機会均等がかつてのように取り戻されないかぎり、「アメリカン・ドリーム」は死語となる可能性も残されている。

関連記事

好評連載

グローバルニュースの深層

一覧へ

習近平政権下の中国経済と新時代の到来

[連載] グローバルニュースの深層

グローバルニュースの深層

[連載] グローバルニュースの深層

原油事情に関するロシアの分析

[連載] グローバルニュースの深層

プーチン露大統領の内外記者会見

[連載] グローバルニュースの深層

中間選挙後の米国を展望する

[連載] グローバルニュースの深層

中国を制するものは世界を制す

変貌するアジア

一覧へ

鴻海によるシャープ買収のもう1つの狙い

[連載]変貌するアジア(第37回)

[連載]変貌するアジア(第36回)

SDRの一翼を担う人民元への不安

[連載]変貌するアジア(第33回)

開催意義不明の日中韓首脳会議

[連載]変貌するアジア(第32回)

朱立倫の総統選出馬と台湾海峡危機

津山恵子のニューヨークレポート

一覧へ

CESの姿が変わる花形家電よりもネットワークに

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第20回)

津山恵子のニューヨークレポート

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第19回)

米・キューバ国交回復のインパクト

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第18回)

クリスマス商戦に異変! 店舗買いが消え行く

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第17回)

格差問題が深刻化する米国―教育の機会格差解消にNY市が動き出す

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第16回)

米中間選挙で共和党が圧勝 16年大統領選はどうなる!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年1月号
[特集]
平成の事件簿

  • ・[イトマン事件]闇勢力に銀行が食い荒らされた戦後最大の経済事件
  • ・[ダイエー、産業再生機構入り]一代で栄枯盛衰を体現した日本の流通王・中内 功の信念
  • ・[ライブドアショック]一大社会現象を起こしたホリエモンの功罪
  • ・[日本航空経営破綻]親方日の丸航空会社の破綻と再生の物語

[Special Interview]

 高橋和夫(東京急行電鉄社長)

 「100周年に向けて、オンリーワン企業の強みを磨き続ける」

[NEWS REPORT]

◆かつてのライバル対決 明暗分けたパナとソニー

◆経営陣に強い危機感 富士通が異例の構造改革断行

◆売上高1兆円が見えた ミネベアミツミがユーシンを統合

◆前門の貿易戦争、後門の技術革新 好決算でも喜べない自動車各社

[特集2]経営に生かすAI

 「人工知能は『お弟子さん』
日常生活が作品になるということ」
落合陽一(筑波大学准教授)

ページ上部へ戻る