文化・ライフ

筆者プロフィール

(よねやま・きみひろ)作家、医師(医学博士)、神経内科医。聖マリアンナ大学医学部卒業。1998年2月に同大学第2内科助教授を退職し、著作活動を開始。東京都あきる野市にある米山医院で診察を続ける一方、これまでに260冊以上を上梓。講演会、テレビ・ラジオ出演、テレビ番組企画・監修も行っている。NPO日本サプリメント評議会代表理事、NPO日本プレインヘルス協会理事。

 

認知症をめぐる日本の現実

 今年の菊池寛賞を、毎日新聞特別報道グループ取材班の「老いてさまよう」とNHKスペシャル「認知症行方不明者一万人 〜知られざる徘徊の実態〜」が受賞した。受賞理由は、徘徊で多くの行方不明者が出ている実態を社会に啓発したことだ。両報道によれば、徘徊で年間約1千人が行方不明になり、累計1万人が消息不明のままという。これは実に悲しい現実だろう。

 認知症になると、人は時間と空間を正しく認識できなくなる。そのため、たとえ自宅にいても、自分がどこにいるのか分からなくなり、夕方になると「そろそろ帰ります」と言って家から出て行こうとする。ただしそれは、自宅に帰りたいという願望の裏返しでもあり、場所の感覚を失ったことがすべてではない。

 以前、日本のある介護施設が徘徊の問題を解決しようと「回廊式廊下」付きの施設を造ったことがある。

 ところが、当の患者たちは、途中で歩くのをやめてしまったり、反対側に歩き出したりと、施設側の思惑とは異なる行動を取り、試みは失敗に終わった。この誤算と失敗の根本原因は、認知症患者が「どうして徘徊するのか」、「本当は何をしたいのか」を理解しようとせず、単に歩き回れる環境さえ用意すればいいという短絡的な発想にあったと言えるだろう。言い換えれば、患者の気持ちよりも、自分たちの徘徊管理負担の軽減を優先させたことが、無駄な出費と失敗を招いたということだ。

徘徊問題のない国に学ぶべきこと

 一方、海外(特に北欧)の施設では認知症患者による徘徊の問題はないという。なぜかと言えば、入所者とのコミュニケーションを重視し、患者が「どこへ行きたいのか」、「何をしたいのか」を探り当てることに熱心に取り組んでいるからだ。当然のことだが、施設の入所者も「生活をしている」という意識がある。そのため、医療サイドとの密接なコミュニケーションを通じて、「共に生活している」との考えを持つようになり、当てもなく「うろつく」ことがなくなるらしい。その逆に、誰も相手にしてくれず、自宅とは異なる環境にいれば、誰もがそこから抜け出したいと思うだろう。そんな当たり前の行動を、われわれは徘徊と呼んでいたのかもしれない。

 最近になり、日本の認知症対応にも改善が見られ、患者の行動にやたらと規制をかける管理一辺倒のやり方から、患者が何を望んでいるかを重視する方向へと進んでいる。また、デイサービスなど、介護サービスを提供する側の認知症対応もうまくなり、患者の家族の間でも認知症をきちんと学ぼうとする姿勢が見られる。結果、徘徊や「夜間せん妄」、「暴力・暴言」といった認知症の周辺症状がひどい患者の数は減ってきたように思える。とはいえ、認知症患者を最後まで看病したいと考える家族にとって、徘徊が非常に厄介な症状であることに変わりはない。徘徊行動を抑制する薬もあるが、それを使うと患者から元気が失われるケースが少なくなく、そもそも薬だけで徘徊を適切にコントロールするのは至難なのだ。

認知症・徘徊の問題に求められる地域ぐるみの対応

 認知症・徘徊の問題は、とかく患者の家族だけの問題と見なされがちだが、家族の力だけで解決できる問題ではないし、施設での対応にも限界がある。そこで重要になるのが、地域ぐるみで認知症患者を受け入れる体制・環境づくりだ。実際、地域全体で認知症患者の徘徊を見守れるようになれば、家族の負担は大きく減る。また、自動車の侵入を遮断する区域を広げたり、街中での段差や溝を排除したりして、認知症でもひとりで安全に買い物に行けるような環境を整えれば、患者に生きている実感を持たせながら、暮らしをサポートしていける。

 言うまでもなく、認知症の問題はすべての人に降りかかる可能性がある。自治体や国は、その自覚を明確に持って地域の環境整備に本気で取り組むべきだろう。自治体の中には、徘徊を見守れる環境を整備し始めたところもある。しかしそれは少数派であり、私が住む小さな町で、地域内でのつながりが比較的強い場所でも、市役所の壁には認知症で行方不明になった方の顔写真が貼り出されている。各自治体の取り組みはとても十分とは言えないのだ。

 また、国は現在、認知症予防に力を入れているが、疫学的に認知症を確実に防ぐ方法はない。そう考えれば、徘徊の問題解決に注力したほうが現実的で国民のためになると言えるだろう。

 さらに、医療サイドも医療機関の地域連携を強めようと会議を重ねているが、医療機関同士の連携だけでは認知症の問題は解決し得ないと自覚すべきだ。地域住民、患者の家族、そして医療機関が一体とならない限り、徘徊の問題が解決されることはない。

 

筆者の記事一覧はこちら

【文化・ライフ】の記事一覧はこちら

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

広告やマーケティング、ブランディングを事業プロデュースという大きな枠で捉え、事業が成功するまで顧客と並走する姿勢が支持されているグランドビジョン。経営者の思いを形にしていく力で、単なる広告代理店とは一線を画している。 中尾賢一郎・グランドビジョン社長プロフィール &nb…

中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

人材戦略を経営の核に成長する駐車場ビジネスのプロ集団―清家政彦(セイワパーク社長)

「PCのかかりつけ医」として100年企業への基盤構築を進める―黒木英隆(メディエイター社長)

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

20歳で探検家グランドスラム達成した南谷真鈴さんの素顔

自らの手で未来をつかみ取る革新者たちは、自分の可能性をどう開花させてきたのか。今回インタビューしたのは、学生でありながら自力で資金を集め、世界最年少で探検家グランドスラムを制した南谷真鈴さんだ。文=唐島明子 Photo=山田朋和(『経済界』2020年1月号より転載)南谷真鈴さんプロフィール&nbs…

南谷真鈴

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年1月号
[特集] 新しい街は懐かしい
  • ・「街の記憶」で未来をリノベーション
  • ・日本橋が「空を取り戻す」水辺と路地がつながる街へ
  • ・水辺はエンタメの宝庫だ 大阪が目指す観光客1300万人
  • ・街の誇りを取り戻せ 名古屋・堀川復活プロジェクト
  • ・なぜ水辺に都市が栄えるのか
  • ・2020以降は海と川がさらに面白くなる
  • ・「住む」と「働く」両方できるが求められている(たまプラーザ)
  • ・「土徳」が育む一流の田舎(南砺市)
  • ・音楽ファンが集う街づくり
[Special Interview]

 辻 慎吾(森ビル社長)

 東京が世界で勝ち抜くために必要なこと

[NEWS REPORT]

◆飛びたくても飛べないスペースジェットの未来

◆エンタメが街を彩る 地方創生に挑むポニーキャニオン

◆問題噴出のコンビニをドラッグストアが抜き去る日

◆始まった自動車世界再編 日本メーカーはどう動く?

[特集2]

 経済界福岡支局開設35周年記念企画

 拓く!九州 財界トップが語る2030年のかたち

ページ上部へ戻る