文化・ライフ

認知症をめぐる日本の現実

 今年の菊池寛賞を、毎日新聞特別報道グループ取材班の「老いてさまよう」とNHKスペシャル「認知症行方不明者一万人 〜知られざる徘徊の実態〜」が受賞した。受賞理由は、徘徊で多くの行方不明者が出ている実態を社会に啓発したことだ。両報道によれば、徘徊で年間約1千人が行方不明になり、累計1万人が消息不明のままという。これは実に悲しい現実だろう。

 認知症になると、人は時間と空間を正しく認識できなくなる。そのため、たとえ自宅にいても、自分がどこにいるのか分からなくなり、夕方になると「そろそろ帰ります」と言って家から出て行こうとする。ただしそれは、自宅に帰りたいという願望の裏返しでもあり、場所の感覚を失ったことがすべてではない。

 以前、日本のある介護施設が徘徊の問題を解決しようと「回廊式廊下」付きの施設を造ったことがある。

 ところが、当の患者たちは、途中で歩くのをやめてしまったり、反対側に歩き出したりと、施設側の思惑とは異なる行動を取り、試みは失敗に終わった。この誤算と失敗の根本原因は、認知症患者が「どうして徘徊するのか」、「本当は何をしたいのか」を理解しようとせず、単に歩き回れる環境さえ用意すればいいという短絡的な発想にあったと言えるだろう。言い換えれば、患者の気持ちよりも、自分たちの徘徊管理負担の軽減を優先させたことが、無駄な出費と失敗を招いたということだ。

徘徊問題のない国に学ぶべきこと

 一方、海外(特に北欧)の施設では認知症患者による徘徊の問題はないという。なぜかと言えば、入所者とのコミュニケーションを重視し、患者が「どこへ行きたいのか」、「何をしたいのか」を探り当てることに熱心に取り組んでいるからだ。当然のことだが、施設の入所者も「生活をしている」という意識がある。そのため、医療サイドとの密接なコミュニケーションを通じて、「共に生活している」との考えを持つようになり、当てもなく「うろつく」ことがなくなるらしい。その逆に、誰も相手にしてくれず、自宅とは異なる環境にいれば、誰もがそこから抜け出したいと思うだろう。そんな当たり前の行動を、われわれは徘徊と呼んでいたのかもしれない。

 最近になり、日本の認知症対応にも改善が見られ、患者の行動にやたらと規制をかける管理一辺倒のやり方から、患者が何を望んでいるかを重視する方向へと進んでいる。また、デイサービスなど、介護サービスを提供する側の認知症対応もうまくなり、患者の家族の間でも認知症をきちんと学ぼうとする姿勢が見られる。結果、徘徊や「夜間せん妄」、「暴力・暴言」といった認知症の周辺症状がひどい患者の数は減ってきたように思える。とはいえ、認知症患者を最後まで看病したいと考える家族にとって、徘徊が非常に厄介な症状であることに変わりはない。徘徊行動を抑制する薬もあるが、それを使うと患者から元気が失われるケースが少なくなく、そもそも薬だけで徘徊を適切にコントロールするのは至難なのだ。

認知症・徘徊の問題に求められる地域ぐるみの対応

 認知症・徘徊の問題は、とかく患者の家族だけの問題と見なされがちだが、家族の力だけで解決できる問題ではないし、施設での対応にも限界がある。そこで重要になるのが、地域ぐるみで認知症患者を受け入れる体制・環境づくりだ。実際、地域全体で認知症患者の徘徊を見守れるようになれば、家族の負担は大きく減る。また、自動車の侵入を遮断する区域を広げたり、街中での段差や溝を排除したりして、認知症でもひとりで安全に買い物に行けるような環境を整えれば、患者に生きている実感を持たせながら、暮らしをサポートしていける。

 言うまでもなく、認知症の問題はすべての人に降りかかる可能性がある。自治体や国は、その自覚を明確に持って地域の環境整備に本気で取り組むべきだろう。自治体の中には、徘徊を見守れる環境を整備し始めたところもある。しかしそれは少数派であり、私が住む小さな町で、地域内でのつながりが比較的強い場所でも、市役所の壁には認知症で行方不明になった方の顔写真が貼り出されている。各自治体の取り組みはとても十分とは言えないのだ。

 また、国は現在、認知症予防に力を入れているが、疫学的に認知症を確実に防ぐ方法はない。そう考えれば、徘徊の問題解決に注力したほうが現実的で国民のためになると言えるだろう。

 さらに、医療サイドも医療機関の地域連携を強めようと会議を重ねているが、医療機関同士の連携だけでは認知症の問題は解決し得ないと自覚すべきだ。地域住民、患者の家族、そして医療機関が一体とならない限り、徘徊の問題が解決されることはない。

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