政治・経済

三和銀行の中興の祖・渡辺忠雄の経歴

 大阪市のメーンストリート・御堂筋沿いにある三菱東京UFJ銀行大阪ビル(大阪市中央区、旧三和銀行本店)で老朽化に伴う建て替え工事が始まった。古いビルの解体に先立ち、壁面から取り出された約60年前の定礎箱。その銘盤には、旧三和銀行の中興の祖・渡辺忠雄の名が刻まれていた。

 かつて関西経済界の勢力を2分した住友と三和の企業群。住友の天皇が堀田(庄三)なら、三和の渡辺忠雄は法皇と称され、ともに希有の統率力を発揮した。

 渡辺は明治31年9月、札幌市の牧場主の長男として生まれた。幼時から〝駿馬〟の資質を備え、函館中学では特待生、第七高等学校では弁論部に籍を置き、スポーツ万能、話術に長け、竹馬の友には渡辺紳一郎(※)や林不忘(小説『丹下左膳』の作者)がいる。

 彼らとの交友関係を表情豊かに語るとき、渡辺はまさしく市井の人。が、経済人に戻ると言葉を選び、最も取材のしにくい人物だった。

 大正13年、東京大学独法科を卒業した渡辺は日本銀行に入行し、ロンドンに赴任。その後、上海駐在員を経て静岡支店長、文書局長を歴任。そして終戦直後の昭和20年9月に請われて民間の都市銀行、三和銀行の常務に転身する。

 いささか珍しいこの移籍劇。背後には、渡辺が日銀で磨いた行政の手腕や政策の知見に対する高い評価があった。しかも2年後には頭取に就任。これも異例中の異例の人事だ。

渡辺忠雄の下で規模を拡大した三和銀行

 三和銀行は昭和8年、大阪の財閥・鴻池の金融部門である鴻池銀行と山口銀行、三十四銀行の合併で誕生した。

 創設以来、〝和〟を標榜。旧財閥系の三菱・三井・住友などとは一線を画す「庶民銀行」を目指した。初代頭取の中根貞彦は終戦と同時に岡野清豪につなぎ、中根の要請に従って渡辺を迎え入れた。

 日銀から納得づくで〝野〟に降りた渡辺は、主として関西顧客層の育成と新規顧客開拓に腐心し、いわゆる大衆化路線を突き進む。やがて定着した「ピープルズ・バンク」のイメージ。のちも渡辺は、時代の流れを敏感に読み取り、産業構造の変化に対応した大胆な融資政策を展開する。

 結果として、三和銀行の規模は拡大し、住友銀行と肩を並べ、主幹事銀行争いを展開する。そこでは、後継者・上枝一雄の活躍もあった。

渡辺忠雄の特筆すべき業績とは

 先日、三和の法皇・渡辺忠雄の面影を慕って旧三和銀行の大阪本店に足を向けた。だが、既に建物は解体に備えてテント生地で覆い尽くされていた。

 この時、ある出来事の記憶が鮮明によみがえる。それは、サンスター歯磨の主力銀行が、住友銀行から三和銀行にスイッチした事件だ。背後には、渡辺の断があった。

 サンスターは昭和25年に誕生し、販路を塩野義製薬に託すかたちで、ライオン歯磨に次ぐ大手歯磨きメーカーへと成長していった。

 塩野義との関係から主力銀行は当初から住友。しかし、昭和44年に社長に就任した金田博夫は、2年ごとに繰り返される塩野義への流通対策販売手数料の改定に不満を募らせていた。結果、昭和50年初めに談判が決裂。〝駆け込み寺〟に三和銀行を選び、当時の会長、上枝一雄と面談し、名誉会長の渡辺の了解を取り付けるに至った。

 この頃、サンケイ経済部の財界金融記者だった筆者は、実力者・渡辺に会う努力を重ねていた。

 しかし、当時の調査部を通じても、東京拠点の渡辺に会うのは至難の業。秘書室にしばしば顔を出し、ひたすら面会を請う日々。やがて、のちの常務で秘書役・前田勉との対話途中、前田の元に渡辺の秘書嬢から、ある知らせが入った。

 すると前田は「渡辺がトイレに行きます」と筆者に目配せ。すかさず、秘書室の筋向いに走り、いわゆる〝連れション〟取材を敢行した。

 ときに渡辺は、「役員会に諮り、アクションを起こすよ」とポツリ。調べると、金田興産に次ぐ2位のサンスター大株主・塩野義の282万株は既に移動。直後に三和銀行が主取引銀行になるとの離れ業が演じられた。対住友との話し合いがどんな形で進捗したのか──。上枝は、「コメントは控える」と〝言わざる〟に徹し、サンスターも多くを語らなかった。

 渡辺は、日銀から転じてわずか2年で三和銀行の頭取に就任し、頭取・会長歴30年の間に、戦時経済下で壊滅的な打撃を受けていた三和を再建。旧財閥系銀行と肩を並べる都市銀行に育て上げた。

 中でも特筆すべき業績は、金融界の大衆化に先鞭をつけたこと。公的活動面でもその才覚が中央政財界での評価の対象になり、〝法皇〟と称された。

法皇と称される渡辺忠雄の激動の人生

 渡辺忠雄が、三和の〝法皇〟と称されるに至る経緯をトレースすると、旧三和銀行を関西地銀のレベルから全国区の「ピープルズバンク」に育て上げたリーダーシップが鮮明に浮かび上がる。

 そもそも、三十四・鴻池・山口の三行合併で創られた三和銀行。渡辺は、そんな同行で「和」を強調し、内部融和を進める一方、時代の流れを敏感に読み取り、産業構造の変化に対応した大胆な融資政策を展開した。 

 中でも、日立造船、帝人、宇部興産、髙島屋、阪急電鉄といった非財閥系の取引先と社長会「三水会」を組織し、三和グループを形成したのは大きかった。同グループはのちに、早川電機(現シャープ)などを加え、強固な結束ぶりを示し、1970年には日本万国博覧会のパビリオン〝みどり館〟出展で、その存在を天下にアピールする。

 この間、渡辺は、60年5月に頭取のポストを上枝一雄に譲り、会長に就任したが、人事権を掌握し、銀行経営の多角化・国際化に号令をかけ、赤司俊雄、村野辰雄新旧頭取誕生に際しても、一流のバランス人事を断行する〝法皇〟ぶりを発揮した。

 功成り名を遂げ、それでも三和に君臨し続けた渡辺の行動は、「ウチの社訓は行名通り〝人の和〟。チームワークで機動力を倍加させる」という口癖の実践編と言えた。

 渡辺は、政財界に強力な地盤を築きあげたことでもよく知られる。

 例えば、戦後の混乱期には経済安定本部顧問に就任し、経済復興政策立案に参画。また、税制審議会委員や金融制度調査会委員など、多方面で政府政策立案に貢献している。

 さらに、池田勇人元総理とも親交が深く、池田が提唱した所得倍増計画にも深く関与した。

 一方、金融界では日銀参与や全国銀行協会副会長・大阪銀行協会会長などを務め、財界活動では経団連・日経連・大阪商工会議所の常任理事・評議員などを歴任。77年には勲一等瑞宝章に叙せられている。

 もちろん、田中角栄や小佐野賢治らとの太いパイプは、ロッキード事件以降、むしろマイナス要因になったと言えるが、それでもフィクサーとの付き合いは、渡辺が〝法皇たる所以〟でもあった。

 そして2002年1月、渡辺は、UFJ銀行発足で名誉会長になり、2年後の4月に逝去する。106歳の大往生であった。

 

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