政治・経済

 自治官僚から参議院議員に転身して自民党の要職、閣僚を歴任した片山虎之助氏。国家運営と地方自治のエキスパートである片山氏に徳川宗家19代の政治評論家、德川家広氏が鋭くせまる。

 今回ご登場願った片山虎之助参議院議員は、この連載においては異色の存在だと思う。政局が動いたからといって片山議員の名前を目にすることは稀なのだが、その彼が国政に残した足跡は極めて大きい。森、小泉という対照的な2代の内閣をまたぐ形で閣僚を務め、今や省庁序列第1位の巨大官庁・総務省を作り上げたのである。政治家というよりは大久保利通のようなスーパー官僚なのでは──そんなことを思いつつ、話を聞いた。

所属した東大柔道部は人材の宝庫と語る片山虎之助氏

片山虎之助

片山虎之助(かたやま・とらのすけ)
1935年岡山県生まれ。参議院議員。東京大学法学部卒業後、自治庁(のちの自治省、現総務省)に入省。岡山県副知事などを経て89年参議院初当選。現在4期目。郵政大臣、自治大臣、総務庁長官、初代総務大臣、自民党参議院会長、国対委員長を歴任。たちあがれ日本、日本維新の会を経て現在は維新の党政務調査会長。著書に『共存共栄の思想』など。

德川 柔道に大変熱心だとうかがっております。いつ、始められたのでしょうか。

片山 私は岡山出身で、旧制六高(現在の岡山大学の前身)が柔道が強かったんですよ。それで六高の跡地を引き継いだ岡山朝日高校には古い柔道場が残っていましてね。私も朝日高に通っていたのですが、わりに身体が小さくて弱かったもんだから、柔道でもやろうかと。柔道部には入らなかったけれども、部員と同じようなことをやっていました。それで東大に入って、今度はちゃんと柔道部に入った。あんまり本気でやったわけでもないんですが、3年、4年はプレーイング・マネジャーにされました。段位は大学を出る時に3段だったのが、今は6段をもらいましてね。別に欲しくもないんだけれど(笑)。

 東大柔道部は昔の旧制高校で柔道をやったいろんな偉い人がいっぱいおってね、それはなかなか華やかでしたよ。新日鉄の永野重雄、日清紡の桜田武、水野成夫というフジテレビの創業者、日本鋼管の河田重、その他も大したものでしたよ。私の柔道部時代の仲間が警視総監をやった安藤忠夫、それから故人ですけれど、農林水産次官から中央競馬会の理事長になった京谷昭夫もいました。

德川家広氏(政治経済評論家)

德川家広氏(政治経済評論家)

德川 大学を卒業された後は、自治省に入省されましたね。

片山 自治省になったのは昭和35年。私は33年に入りましたから、まだ自治庁です。

德川 自治庁を選ばれた理由は。

片山 今言った京谷と2人で、公務員試験に受かったから役人にでもなるかということで、京谷が農林省に行きたいというから、私は自治庁に行ったんです。私は別に自治庁でなくとも、通産省でも労働省でも新しい役所が面白いと思っておりました。私が大学の頃、各省がPRに来るんですわ。わが省に入れって。それで自治庁は「うちに入ったらすぐに県庁の課長になって思い切って仕事ができる」と、うまいこと言うわね。それじゃ受けてみるかということで受験したら採用するというので入った。そんなものです。

德川 PRはどこまで本当でしたか。

片山 私も役所に入ってから東大の説明会に行きました。良い人に来てもらいたいから、競ってそういうことを各省がやるわけです。都合の悪いことは言いませんわな。嘘も言わないけれども本当も言わない。

片山虎之助德川 入省して感じた都合の悪いことの実例としては。

片山 うーん。昔の内務省とは違いますよね。昔は全部役人、戦前は知事も官選でしたから、内務省の指令通りに動きましたけれども、戦後は地方の言い分も十分に聞いて、合意でやりますからね。人もポストも、地方がむしろ選ぶんですよ。例えば、「あれになりたいな」と思っても、すぐにはなれませんわな。例えば県庁ならその中で、それだけ認められて評判をとらないと。昔の内務省はたいへんしっかりして、強くて、今の自治省はダメだ……というのが小沢一郎さんの意見です(笑)。本当はどっちもどっちですよ。私は内務省が威張り過ぎていたと思うな。当時は大蔵省より内務省だったから。ただ、内務省は成績の良いのから悪いのまで大勢採用していた。成績は悪くても優秀な人材はいますよね。

德川 自治省では岡山県の副知事まで行かれたんですね。

片山 そうです。ですがその時は、実は岡山県庁に出向する2度目でした。その前には総務部次長という良い条件で採ってくれて、それで38歳で企画部長になって、そうやって何年か岡山県庁におってから自治省に帰って。そうしたら当時の長野知事が「自分は今期でやめるから後をやってくれ」ということで副知事として呼ばれたわけです。でも、知事の座を譲ってもらうなんていう話は、なかなかうまくいかないことが多いんですよ。政治でも県庁でも同じです。それでだいぶ考えたんだけども、両親も年をとって「帰って来い」と言うし、それで帰って副知事をやっていたら案の定、知事がもう1期やりたいと言い出しました。しかしこっちも、後継知事の話を受けて行ったんだし、地元に有力な応援団もできて、「知事選をやれ、やれ」という声も随分ありました。選挙をやれば勝っていたと思いますよ、こっちが若いから。若いだけですよ(笑)。

 だけど、東京で相談すると、後藤田正晴さんや柴田護さん(自治事務次官、公営企業金融公庫総裁)なんかの自治省OBの有力者、それにまだ現役の先輩の石原信雄さんなんかが寄ってたかって「あなたと長野知事、先輩後輩で喧嘩をやったら自治省の恥だ。あなたは若いからいろいろチャンスはあるんだから」なんてことを言うもんだから、副知事から本省に戻って、消防庁次長になったんですよ。そうしたら、ちょうど木村睦男という参議院の議長をやった人が辞めるというので、自民党が「その後に出てくれ。自民党で出てくれれば金もこちらで準備するから左団扇で当選だ」と言われまして、「そういうものか」と思って、選択肢に参議院というのは最初はなかったんだけれど「そうしましょう」と自民党には回答しました。ところが、例の土井たか子さんの消費税選挙で、竹下さんがリクルートや消費税で辞めた時で、私は竹下派で出ることになっていました。幸い、2回県庁に勤務していたおかげもあって、2人区で出馬した候補の中ではトップ当選でした。自民党は惨敗でしたけれども。

 いざ参議院議員になってみたら面白かったですね。当時の特に参議院は竹下派が牛耳っていましたからね、数が多くて。青木幹雄なんかと仲良くなってね。それで岡山の長野知事がお辞めになるという時には、もう1度知事選に挑戦する話が出ましたけれども、竹下さんに説得されて。「知事なんかになるのは、もったいない」なんて、まあ口がうまい(笑)。「田舎の殿様になるよりは東京でやってもらうことがたくさんある」と言うんで、残りました。それでよかったと思いますよ。議員になったのが54、55歳でしたから歳は取っていたんですが、国対委員長に早くなったり、議員になって10年くらいで自治大臣、郵政大臣、総務庁長官を兼ねて、初代の総務大臣に就任したわけです。森内閣で半年、小泉内閣で2年半、合わせて3年間務めました。

片山虎之助氏が語る総務省 わけの分からない巨大な役所となった

対談の様子德川 総務省は、いったいどういう経緯で出来上がったのでしょうか。「どこにも行き場のない役所同士の寄せ集めだ」などということを、当時はよく聞かされた記憶があります。

片山 それは結局、今の内閣府みたいな役所を考えたんでしょう。省庁間の調整を行う「総務部」みたいなことが想定されていました。それは1つの考え方で、韓国にも「自治行政省」というのがあります。だから自治省と総務庁、それに警察庁くらいを入れる話だったのが、郵政省をどうするかで揉めるわけです。郵政と運輸を合わせて逓信省みたいにするかという案もあったようですけれども、当時の橋本総理が反対をするんですよ。それで最初は郵政省は解体されるはずでした。これには自民党が反対して、最後に総務大臣の下ならということで、郵政省がわっと入って来た。自治省と総務庁だけだったら、それなりに分かりやすかったんですが、情報通信など業界を抱えて、郵便の現業部門を持つ郵政省が加わって、分かりにくい巨大な役所ができてしまったわけです。

 郵便局があるから職員が30万人、予算は地方交付税があるので20何兆円でしたね、あの頃。それに公正取引委員会がくっ付き、日本学術会議がくっ付き、管轄の巨大な役所となった。

 新聞は株式を公開していないし、監督官庁もないんですが、実は再販制度なんかがあるので公正取引委員会だけが怖い。それも総務大臣の所管の下に入って来た。放送法は郵政省の所管で、これも総務大臣だ。渡辺恒雄さんや日本テレビの故・氏家斉一郎さんと知り合いになれたのはその関係です。

(次号、後編に続く)

(文=德川家広 写真=葛西 龍)

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