政治・経済

外国人幹部の積極的な登用でグローバル企業への脱皮を目指す武田薬品工業に、大きな衝撃を与えたフランス人CFOの突然の辞任。社内における人材育成の失敗に加え、赤字決算や不祥事が追い打ちを掛け、長谷川閑史会長の経営手腕に厳しい目が向けられている。

武田薬品の外国人幹部が突然退任「議案修正」という大恥

 世界最大の食品企業であるネスレの経営陣ともなると、マルチリンガルなど当たり前だ。同社のウェブサイトには、各役員の使用言語が載っており、7月1日にCFO(最高財務責任者)に就任したフランソワ・クサビエ・ロジェ氏の場合、母国語であるフランス語に加え、英語はもちろんスペイン語とドイツ語にも対応可能と書いてある。

 しかし、さすがに2年足らずの東京暮らしで、日本語を習得するには至らなかったらしい。それとも覚える気がなかったか。

長谷川閑史会長

長谷川閑史会長

 このロジェ氏、今年6月まで国内製薬最大手・武田薬品のCFOを務めていた御仁だ。2013年9月に、医薬品ビジネスにも明るい財務のプロとして、当時の長谷川閑史社長(現会長)の肝いりで武田に入社。昨年6月には取締役に引き立てられた。だが、わずか1年で退任し、ネスレCFOに転身してしまった。

 武田は、グローバル売上高1兆7千億円を超える日本最大の製薬企業とはいえ、世界的に見ればトップ10にも入れない中堅企業だ。ネスレの事業規模(916億フラン=約12兆円)とは比較するまでもない。

 詰まるところ、よくある欧米流のヘッドハンティングなのだが、武田側としてはたまったものではなかった。と言うのも、このフランス人CFOが退任を切り出したのは6月23日のこと。3日後には定時株主総会を控えており、長谷川会長ら経営陣にとっても寝耳に水だったはず。総会招集通知には、ロジェ氏の再任も議案に入っていた。

 このタイミングでの退任表明では、慰留の機会すらなく、日本人の感覚からすると無責任極まりない。だが、今年4月、長谷川会長からCEO(最高経営責任者)職を禅譲されたクリストフ・ウェバー社長も、ロジェ氏を強くは引きとめられなかったに違いない。

 ロジェ氏と同じフランス国籍、武田への入社もほぼ同時期という間柄のウェバー氏ではあるが、そこにシンパシーを感じるようであれば、「渡り鳥」はできない。何といってもウェバー氏自身、13年末に古巣の英グラクソ・スミスクラインから長谷川氏に一本釣りされた身だ。要は蛇の道は蛇、因果応報である。

 ともあれ、武田は24日に急遽、総会付議議案の一部修正を発表するという大恥をかかされた。これに先立ち、同日未明にロジェ氏退任を公にしたが、深夜の対外発表は、ネスレ本社があるスイスの業務時間に合わせたという、お人よしぶりだ。

 ロジェ氏の評判は、少なくとも機関投資家や証券アナリストに限れば悪くなかった。無論、しがらみなく無駄を削ぎ落とすことができる「コストカッター」としてで、同氏が武田で任されたのが、世界各地に散らばる子会社の財務部門の統合、購買やITといったビジネスプロセス改善などを通じ、14年3月期から5年間で、累計1千億円(その後1200億円に引き上げ)というコスト効率化を実現するプロジェクトだった。

 15年3月期は上場以来初めての赤字決算に終わった武田だが、一方で5月15日の決算発表で同社は、この2年間で620億円(実施コストで450億円計上)のコスト節減を達成したと発表している。

 ところが、向こう3年間で年平均200億円以上のコストカットを断行すると宣言していたロジェ氏は、この2年弱の実績を引っ提げて、ネスレへと鮮やかに「栄転」してしまった。

グローバル戦略への人材不足は長谷川経営のツケ

 長谷川会長が代表権を返上し、取締役会長に退くことを表明したのは、26日の株主総会後の取締役会でのことだった。03年6月に、武田國男前会長の後継者として代表取締役社長に就任し、武田のトップとして君臨(14年から会長)した長谷川氏だったが、名実共に実権はウェバー氏に移った。

 日本企業に、海外投資家の目をより意識した企業統治が求められ、社外取締役の人選などを含めて馴れ合いの経営が許されない状況に直面していることは確かだ。長谷川氏が「グローバル経営」の重要性を訴え続けてきたのも、ひとつにはこうした流れを意識してのことだろう。

 ただ、性急なマネジメントの多国籍化には、それ相応のリスクが伴うことも、ロジェ氏のケースは実証している。なにしろ、長谷川氏がかじ取りを委ねたウェバー氏も、今年初めに仏製薬大手のサノフィからCEO就任の打診があったことを自ら認めているのだ。

 今の武田にとって重要なのは、あくまで人材育成を通じて社内から次期経営層を生み出すことだろう。その意味で、12年間に及んだ長谷川経営をあらためて振り返ると、やはり及第点は付けられない。7月3日に同社が関東財務局に提出した臨時報告書によれば、長谷川氏の取締役選任決議の支持率は、取締役8人(社外取締役3人を含む)のうち最低の80・15%だった。

 6月には、長谷川氏の社長時代の案件で、高血圧症治療薬の医師向け広告が「誇大広告」だとの判断から、厚生労働省から業務改善命令を受けるという不祥事もあった。だが、同氏に対する株主の評価は、果たして赤字や不祥事だけで説明のつくことだろうか。

(文=ジャーナリスト/大川英樹)

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

家族葬のファミーユは家族や親族など故人の近親者だけで施設を貸し切って行う「家族葬」のパイオニアだ。創業者・高見信光氏は異端児と言われながらも旧態依然とした業界を変えてきた。その思いに共感し、異業種のリクルートから転じて社長を引き継いだ中道康彰氏も業界の常識を打ち破るため奮闘している。文=榎本正義(『経済界』2…

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年10月号
[特集] 進撃のスタートアップ
  • ・スタートアップ・エコシステムの活性化
  • ・[スパイバー]2万5千円のTシャツは完売 実用化が迫った人工クモの糸
  • ・[Rhelixa]エピゲノム関連の研究・開発で人類の役に立つ
  • ・[チャレナジー]台風発電でエジソンになる ビジネス展開は「島」から
  • ・[エイシング]エッジで動く超軽量AIでリアルタイムに予測制御
  • ・[キャディ]製造業に調達革命! 町工場は赤字から脱出へ
  • ・[Clear]目指すは日本酒産業のリーディングカンパニー
  • ・[空]「値付け」の悩みを解決するホテル業界待望のサービス
  • ・宇宙ビジネスに民間の力 地球観測衛星やロボット開発
  • ・71歳で環境スタートアップを立ち上げた「プロ経営者」
[Special Interview]

 荻田敏宏(ホテルオークラ社長)

 「The Okura Tokyo」をショーケースに海外展開を進めていく

[NEWS REPORT]

◆戴正呉会長兼社長を直撃! なぜ、シャープは復活できたのか?

◆アスクル創業社長を退陣させた筆頭株主・ヤフーの焦り

◆サービス開始から3カ月で撤退 セブンペイ事件の背景にあるもの

◆絶滅危惧種ウナギの危機 イオンが挑むトレーサビリティ

[特集2]

 富裕層は知っている

・富裕層の最大の使い道は商品ではなく次代への投資

・シンガポールからケイマン諸島まで 資産フライトはここまで進化した

・年間授業料100万円超は当たり前 教育投資はローリスクハイリターン

・最先端の人間ドックは究極のリスクマネジメント

・家事代行サービスで家族との時間を有効活用

ページ上部へ戻る