文化・ライフ

渡米後は“打たせて取る”技巧派にモデルチェンジ

 前年比17・7%増の2万8588人――。広島の前半戦終了時点での1試合平均の観客動員数だ。

 地元紙の中国新聞(7月17日付)は〈24年ぶりの優勝への期待や米大リーグから復帰した黒田の人気などを背景に入場者が増加。一試合平均で前年を4298人も上回り、球団史上最多のペースで推移している〉と報じていた。

 球団からすれば“黒田さまさま”である。

 ピッチング内容も素晴らしい。ここまで(8月7日現在)黒田博樹は16試合に登板し、7勝4敗、防御率2・69という成績を残している。

 東京ヤクルトの雄平は「とても40歳のボールとは思えない」と舌を巻いていた。

 渡米前の広島で103勝、メジャーリーグで79勝、そして復帰後の広島で7勝。大きな故障もなく、これだけコンスタントに活躍できる理由は、どこにあるのか。

 その第一は、彼の「変われる力」だろう。

 渡米前の黒田は力投派として鳴らしていた。初めて2ケタ勝利(12勝8敗)を挙げた入団5年目の2001年、黒田は両リーグトップの13完投を記録している。

 このシーズンを含め、メジャーリーグに移籍するまでに黒田はセ・リーグで6度も“完投王”に輝いている。

 最多勝こそ15勝(12敗)を挙げた05年の1度だけだが、これはチームが弱かったから。ひとりでローテーションの屋台骨を支えていた時期もあった。

 ところが、である。ドジャースに移籍すると黒田のピッチングは一変する。いわゆる“打たせて取る”技巧派へとモデルチェンジをはかるのである。

 理由はこうだ。

 「日本でやっていた時は、きれいなフォーシームで空振りをとりたい、三振をとりたいという意識が強かった。だがアメリカでは、思うように空振りが取れないんです。何かを変えないと生き残っていけない……」

 周知のようにメジャーリーグの先発ピッチャーは中4日が基本である。1試合に130球も150球も投げていたのでは、1年通じてローテーションを守ることはできない。

 いみじくも本人が口にしたように、生き馬の目を抜く競争社会を生き抜くには、変わらざるを得なかったのである。

 変身の背景には日米のボールの違いもあった。

 巷間、アメリカ製のボールは日本製に比べ、縫い目の高さにばらつきがあり、滑りやすい、とよく言われる。そのため変化球の曲り幅が大きいのだ。

「過去の成功体験」を捨て常に進化し続ける強さ

 ボールの違いは、ピッチングにも反映される。日本のピッチャーがフォーシームを基本としているのに対し、アメリカのピッチャーはツーシームが主体だ。

 最近は高校生でも「今のはフォーシームです」などと口にするが、要するにストレートのことである。

 握りは簡単だ。人差し指と中指をボールの縫い目に交差させ、リリースの瞬間にバックスピンをかける。最もスピードの出る球種でもある。

 一方、ツーシームは人差し指と中指をボールの縫い目に沿わせるようにして握る。バッターのヒザ元で沈むなど不規則な変化をする。

 ちなみに日米のボールは、どのくらい違うのか。

 黒田の説明はこうだ。

 「極端な話、ひとつひとつ、ボールがすべて違っているような感覚を持ちました。もらった時から変形しているようなボールもあった。1回使用した後、修復しているものもあるので、そうなっていたのかもしれません」

 すなわち、きれいな逆回転を描くフォーシームを投げるのにアメリカ製のボールは適していないのだ。

 そうであるならば、自らのピッチングスタイルを変えるしかない。日本ではこうやってきた、異国の地でも同じようにやりたいと言っても、ボールの品質も形状も異なるアメリカでは、土台、それは無理な話なのだ。

 そこで彼はツーシームに磨きをかけ、グレッグ・マダックスという名投手のアドバイスを受けながらボールゾーンからストライクゾーンをかすめるバックドア、フロントドアの投げ方もマスターした。

 不惑を迎えた今でも第一線で活躍できるのは、彼の「順応力」に依るところが大きい。

 これは野球に限らず言えることだが、後年に失敗する人の多くが「過去の成功体験」にとらわれ、自らを変えることに臆病になっている。

 翻って黒田はメジャーリーグで79勝も挙げながら、過去の栄光をひけらかすことも、自らのやり方にこだわることもない。

 「いくつになっても進化し続けたい」

 たゆまざるイノベーション魂が40歳を支えている。

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