文化・ライフ

日本のお家芸だったマラソン

 中国・北京で行われた陸上の世界選手権で男子マラソンの連続入賞記録が「8大会」でストップした。

 日本勢の最高順位は藤原正和(ホンダ)の21位。もうひとりの前田和浩(九電工)は40位に終わった。エースの今井正人(トヨタ自動車九州)は骨髄膜炎を発症し、出場を回避した。

 優勝したギルメイ・ゲブレスラシエ(エリトリア)は19歳の新星。翻って日本勢は藤原34歳、前田34歳、今井31歳と“高齢化”が目立つ。

 これで2020年東京五輪は大丈夫なのか?

 1992年のバルセロナ五輪では、銀メダルを獲得した森下広一をはじめ、中山竹通(4位)、谷口浩美(8位)と出場3選手が揃って8位以内に入った。

 マラソンと言えば、自他ともに認める日本のお家芸だった。

 記録の面でも日本勢の退潮は目を覆うばかりだ。現在の世界最高記録は14年9月にデニス・キメットがマークした2時間2分57秒だが、日本記録は02年10月に高岡寿成がマークした2時間6分16秒。ちょっとやそっとの努力で埋められる差ではない。

 とりわけアフリカ勢の台頭が著しい。

 91年世界選手権東京大会の優勝者・谷口は、その理由についてこう語っていた。

 「例えば現在の東京マラソンを見ても1位が800万円、2位が400万円、3位が200万円と賞金が高額になっています。“走ることでおカネが稼げる”とアフリカの選手たちが考えるようになったのです。

 さらに、欧米のエージェント(仲介人)たちが選手を発掘し、優秀な選手をいろんな賞金レースにエントリーさせるようになったことで、競争意識が高まり、全体のレベルが上がってきました」

マラソンのベスト10タイムはアフリカ勢ばかり

 そこでマラソンのベスト10タイムを調べてみた。

 1位キメット(ケニア)2時間2分57秒

 2位エマニュエル・ムタイ(ケニア)2時間3分13秒

 3位ウィルソン・キプサング(ケニア)2時間3分23秒

 4位パトリック・マカウ(ケニア)2時間3分38秒

 5位ハイレ・ゲブレセラシェ(エチオピア)2時間3分59秒

 6位エリウド・キプチョゲ(ケニア)2時間4分5秒

 7位ジョフリー・ムタイ(ケニア)2時間4分15秒

 8位アエレ・アブシェロ(エチオピア)2時間4分23秒

 9位ダンカン・キベト(ケニア)、ジェームス・キプサング(ケニア)2時間4分27秒

 ケニアとエチオピアばかりである。

「お家芸」マラソン復活のために何をするべきか

 再び谷口。

 「彼らの中には標高2千メートル以上の土地で生活している選手が多いので、本番のレースは楽に感じるのではないでしょうか。

 また、整備されていない山道のような場所を走って練習しますから、心肺や足腰が自然に鍛えられているんだと思います」

 もともとの素質に加え、勝てば大金が入るとなれば、アフリカ勢のモチベーションは増すばかりだろう。

 それでも、5年後の東京五輪、日本勢にも巻き返すチャンスがあると見るのが元日本記録保持者の瀬古利彦だ。

 北京を制したゲブレスラシエのタイトルが2時間12分28秒と凡庸だったことを受け、こう語る。

〈優勝候補だった世界記録2時間2分57秒を持つキメット、自己記録2時間3分23秒のキプサング(ともにケニア)は途中棄権。

 暑い夏のレースは速ければ、必ずしも勝てるわけではない。これを見れば、日本人だってメダルをとれるんだ。

 今のままでは5年後の東京五輪に向けても、手遅れになる。トラックからマラソンに慣れるまで3年はかかる。今、1万メートルや駅伝の若い選手を、日本陸運が「オレと心中しよう」という熱意でマラソンに挑戦させないと〉(日刊スポーツ8月23日付)

 瀬古は20歳でマラソンに初挑戦している。「42・195キロに早く慣れるべき」というのが彼の持論である。

 しかし、大多数の学生の目標は「箱根駅伝」であり、実業団に入ってからは「ニューイヤー駅伝」などでの結果が求められる。

 「選手も箱根駅伝を重視してきた分、実業団へ入ってからのモチベーションや目標設定がおろそかになっているのではないか」

 谷口は、そんな懸念を口にする。

 この1月、初めて箱根を制した青山学院大学駅伝部監督の原晋は「本当に勝ちたいのなら、長距離選手のナショナル・トレーニングセンターを山間部に設けるくらいのことをやらないと……」と、大胆な再建案を口にする。

 いずれにしても改革は待ったなしである。(文中敬称略)

 

(にのみや・せいじゅん)1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙、流通紙記者を経て、スポーツジャーナリストとして独立。『勝者の思考法』『スポーツ名勝負物語』『天才たちのプロ野球』『プロ野球の職人たち』『プロ野球「衝撃の昭和史」』など著書多数。HP「スポーツコミュニケーションズ」が連日更新中。最新刊は『広島カープ最強のベストナイン』。

筆者の記事一覧はこちら

 

【東京五輪】関連記事一覧はこちら

 

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年11月号
[特集] AIが知りたい!
  • ・IT未開の地に挑戦 産業構造をAIが変える!
  • ・AIは物理世界がまだ苦手 汎用ロボットの作り方
  • ・データ分析の起点は「何があれば経営に役立つか」
  • ・AI活用事例
  • ・ワトソン君は業務システムと連携する
  • ・米国で加熱する人工知能ブーム AIは21世紀最大のゲームチェンジャーか
[Special Interview]

 小川啓之(コマツ社長)

 「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来

[NEWS REPORT]

◆SBIが島根銀行への出資の先に見据える「第4メガバンク構想」

◆家電同士がデータを共有 クックパッドが描くキッチンの未来

◆新薬の薬価がたった60万円! 日の丸創薬ベンチャーは意気消沈

◆1で久々の優勝を果たすもホンダの4輪部門は五里霧中

[総力特集]

 人材育成企業21

 SBIホールディングス/サイボウズ/メルカリ/ティーケーピー/シニアライフクリエイト/イセ食品/センチュリオン/タカミヤ/中央建設/アドバンテック/合格の天使/明泉学園/オカフーズ

ページ上部へ戻る