政治・経済

今、中小・零細企業で大きな問題になっているのが、社会保険(社保)の強制加入だ。日本年金機構は今年度から、立ち入り調査を含む強力な指導に乗り出した。既に社保に加入しているサラリーマンには関係ないように思えるが、実態はそうではない。 文=ジャーナリスト/小森 昭

隠れ兼業のサラリーマンにも社会保険「強制加入」の余波が及ぶ

 国民皆保険・皆年金の日本では、全員が何らかの健康保険と年金に入っている。いわゆる年金未払い問題は、国民年金に入っているにもかかわらず保険料を支払わないことを指す。

 ところが現実には、社保から逃れている中小企業が少なくない。罰則がないことが理由のひとつ。さらに休眠も多い中小・零細企業すべてを調べ、社保への加入を促すのは難しい。

 風向きが変わったのは昨年、年金機構が国税庁から企業の納税データの提供を受けてからだ。年金機構は、その中でも給与の源泉徴収をしていながら社保未加入の約80万社に目をつけた。納税が必要な額の給与を払っているなら、休眠企業でないことは確実だ。

 年金や健保の保険料の算出基準である標準報酬月額は、4~6月の給与に基づいて9月に決定する。年金機構は8月に、休眠ではないと見込まれる企業に一斉に加入を督促する書類を送った。断れば立ち入り調査の上、強制加入措置もあるという。従業員の給与の額を把握した上で、決断を迫ったといえる。

 しかし、社会生活を避けている“ひきこもり”ならともかく、現在のサラリーマンが無保険・無年金で暮らしているとは考えにくい。実は社保非加入の中小・零細企業の社員は、別の形で保険に入っている。最も多いのは国民年金、国民健康保険ですませていることだ。

 言うまでもなく社保の保険料は労使折半だが、国民年金や国保なら会社負担はいらない。またオーナー社長が月100万円の役員報酬を取っていた場合、健保の保険料だと会社と本人負担合計で年間140万円ほどになってしまう。しかし国保なら年間85万円(東京の場合)の上限ですむ。こうした社保逃れは昔からある悪習で、是正が必要だろう。しかし、必ずしもこれに該当しないグレーゾーンも少なくないのだ。

 例えばサラリーマンが副業として、別の会社で少額の給与を得ている場合、副業がパート程度であれば社保に該当しないとして処理することが多い。厳密には本業の収入と合算して保険料を算出し、2つの会社の給与の比率で按分する面倒な経理が必要となる。また、75歳以上の後期高齢者には社保の加入義務がない。高齢の社長のほか、パートばかりで操業している零細企業なら社保不適用が普通だ。しかしパートの定義はあいまいで、調査によって正規従業員並みの労働と認定されれば、社保に入らなければならない。

 実は「隠れ兼業」はサラリーマンにも少なくないといわれる。就業規則で兼業を禁じている企業であっても、所有するアパートや駐車場を他人に貸すことまで規則違反とはしていない。親族の事業を週末に手伝ったり、高齢の親から家業を受け継ぐつもりで修業しているようなケースも、よく聞かれる。

 さらに最近、増えているのがインターネット上のアフィリエイトやオークションなどの収入だ。一定額を超えれば事業所得なり雑所得として確定申告し、納税しなければならないことは一般に知られている。しかし社保の必要性まで認識している人が、どれだけいるだろうか。

 近年では1円で株式会社が設立できたり、親族や親しい友人と一緒に小さな事業を立ち上げるのに適した「合同会社」が制度化されたりして、気軽に法人がつくれる。零細な副業であれ、事業が法人形態なら社保への加入義務が生じる。そこから少額でも給与を受け取っていれば保険料は上積みされ、納付書が年金機構から送られてくる仕組みだ。

 それだけではない。保険料を本業と按分して計算するということは、副業をしているサラリーマンの給与の支払元や金額が、本業である勤務先に知られてしまうことを意味する。それを恐れるサラリーマンは少なくないだろう。中小・零細企業に対する社保の強制加入は、こうした波紋を巻き起こしているのだ。

マイナンバー制度で「個人成り」も社会保険の捕捉対象に

 しかし、強制加入の懸念を逃れる方法がないわけではない。それが「個人成り」である。個人事業主が、事業の発展に伴って会社を設立することを「法人成り」と呼ぶ。「個人成り」はその反対。会社をたたんで事業を個人に戻すことだ。

 年金機構は、休眠していない法人であればどんな中小・零細でも社保に強制加入させる構え。個人事業でも常時雇用者5人以上など一定要件なら、健保や年金への加入義務があるが、まだ強制加入の動きはない。つまり、サラリーマンが副業としてわずかな給与を得る場合、支払い元が法人なら社保適用、個人事業なら多くは不適用になる。さらに本人が個人事業主になって仕事を受託する形なら、社保の懸念はほぼなくなるだろう。

 もっとも「それも一時的なこと」(ベテラン税理士)だという。マイナンバー制度が軌道に乗れば、法人だろうと個人だろうと収入すべてが国に捕捉される。社保の上乗せ保険料を国保で払わされる事態も、いずれ現実になるに違いない。

 「マイナンバーで本当に怖いのは税金ではなくて社会保障負担だと、まだ多くの人が気付いていない」と、同税理士は警告する。

 

あわせて読みたい

2015年10月19日 
「ミスター年金」が赤裸々に語る「伏魔殿」厚労省との闘い(前編)――長妻昭氏(民主党代表代行 衆議院議員)×德川家広氏

2015年09月25日 
マイナンバー導入へセキュリティ対策の不備に悩める総務省――総務省

2015年10月12日 
消費税の軽減税率で想定以上の強い反発。財務省案見直し必至――財務省

2014年11月20日 
崖っぷちの年金財政は立て直せるのか

【政治・経済】の記事一覧はこちら

 

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

前田浩氏

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

「消費者が電力の供給者を自由に選択できる時代へ」―― 再エネ主体の「顔の見えるでんき」をコンセプトに掲げるみんな電力が目指すのは、富が一部の人々に独占されないフェアな世界だ。法人顧客を中心に、同社への支持が集まっている理由を大石英司社長に聞いた。(吉田浩)大石英司・みんな電力社長プロフィール 消費者が発電事業…

佐藤輝英・BEENEXTファウンダーに聞く「起業家から投資家に転身した理由」

チェ・ゲバラに憧れた10代起業家が目指す「働き方革命」― 谷口怜央・Wakrak(ワクラク)社長

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年7月号
[特集] 素材の底力〜世界をリードする素材産業〜
  • ・素材のイノベーションが日本経済をリードする
  • ・化学工場 企業ごとの特色も鮮明に存在感増す化学素材
  • ・電気自動車普及が始まる車載バッテリーの覇権戦争
  • ・炭素繊維 市場を開拓してきた日本が技術的優位を保ち続ける法
  • ・「鉄は国家なり」の時代を経て問われる「日の丸製鉄」の競争力
  • ・経産省 日本の素材産業が世界をリードするための3つの課題
  • ・就職人気は下位に低迷でも焦らない素材メーカー
[Special Interview]

 日覺昭廣(東レ社長)

 「長期的視点で開発するのが素材企業のDNA」

[NEWS REPORT]

◆営業利益率10%突破 ソニーならではの「儲けの構造」

◆日本初の民間ロケットが宇宙空間に到達

◆携帯参入まであと4カ月 国内4番手「楽天」の勝算

◆日産・ルノーが直面する「経営統合問題」長期化の落とし穴

[Interview]

 「君は生き延びることができるか」──ガンダム世代が歩んだ40年

 常見陽平(評論家・労働社会学者)

ページ上部へ戻る