マネジメント

 原田泳幸氏がベネッセホールディングスに電撃移籍してから、1年余りがたった。トップ就任直後に顧客情報約3千万件の漏えい事件に見舞われる嵐の船出だったが、事件への対応と同時に、次の成長への布石を着々と打ってきた。リスクを避ける体質に陥った組織と人事の改革、各地域の相談窓口であるエリアベネッセを中核に総合的な学習支援を行う「ベネッセタウン構想」、海外展開の加速などだ。

 これらさまざまな改革を進める一方で、創業者の魂が根付く岡山の地も大事にしていくと明言する原田氏。今回、岡山特集を組むにあたって、同県を代表する企業トップとしての創業の地への想いと、今後の成長に向けた事業展開という2つの大きなテーマに沿って、インタビューを敢行した。 聞き手=本誌編集長/吉田浩 写真=幸田森

 

原田泳幸・ベネッセホールディングス会長兼社長プロフィール

原田泳幸氏

(はらだ・えいこう)1948年生まれ、長崎県佐世保市出身。72年東海大学工学部通信工学科卒業後、日本ナショナル金銭登録機(現日本NCR)入社。その後、横河・ヒューレット・パッカード、シュルンベルジェなどを経て、90年アップルコンピュータジャパンのマーケティング部長に就任。94年アップルコンピュータ取締役、96年同副社長、97年社長。2004年日本マクドナルドホールディングス副会長兼CEO、翌年、会長兼社長兼CEOに就任。14年、社外取締役を務めていたベネッセホールディングスの会長兼社長に就任し、現在に至る。

 

直島の強烈な印象から生まれたベネッセと原田泳幸社長の縁とは

 

201510020_HARADA_P02―― 原田社長の岡山に対する率直な印象は。

原田 ベネッセに来るまで、岡山にはほとんど縁がなかったので、正直なところ印象はあまりありませんでした。ベネッセの社外取締役を打診されていた当時、高松で講演する機会があり、高松に行くならベネッセアートサイト直島にぜひ立ち寄ってくれと、福武總一郎さんから人を介して言われました。それで直島に行ってみて半日過ごしたのですが、もう、衝撃を受けたというか、感動したというか、強烈な印象でした。それもあって社外取締役を引き受けることにしたんです。

―― 福武さんとはそれ以前から知り合いだったのですか。

原田 いえ、全く面識がなくて、直島に行った後に初めてお会いしました。多分、直島を見れば社外取締役を引き受けると思ったんじゃないでしょうか(笑)。

―― 少し前にメディアの取材に対して「本社を岡山から動かすつもりはない。ベネッセのDNAを理解し、発展のためにどう変化するか考えることが大切」という主旨の発言がありましたが、ベネッセのDNAとは何でしょうか。

原田 長い歴史を持つ企業には共通項があります。アップルもマクドナルドもそうです。創業者の魂が脈々と生き続けている会社というのは、たとえアップダウンがあってもずっと会社として成長しています。ベネッセの場合、創業者の魂は岡山からスタートしているわけですから、ただ利便性だけで本社を東京に移すと魂がなくなってしまうという意味でそういう発言をしました。

 では、ベネッセの魂とは何ぞや、と言えば、やはり教育に対する情熱と、お子さまの学びと成長を支援するという理念です。成長がダウントレンドに入った要因のひとつは、そうした「らしさ」を忘れたことにあります。そのことは社員も分かっていますが、徹底した共通認識を持ち、「らしさ」に立ちかえらなければいけないと思っています。

―― 「らしさ」を忘れたというのは、具体的にどんな部分に現れていたのですか。

原田 商品やサービスの進化を図るのではなく、会員募集のDMに莫大な費用を使ったり、目の前の数字を作ることを優先したり、といった部分ですね。サービスをもっと強化させ進化させるところに投資すべきなのに、以前は違う方向に傾いていました。この1年間は、それを正すための努力を一生懸命に行ってきました。その効果がそろそろ商品にも出てきています。

 

原田泳幸社長が考える今のベネッセに必要な3つのこととは

 

―― ベネッセに足りなかったものは何でしょうか。

原田 教育の知見に裏打ちされた質の高い教材を作るという部分では、ベネッセはどこにも負けません。ただ、変化に対応したり、自ら変化を作ったりする点に欠けていたと思います。とくに今のベネッセに必要なのは「リスクを取るリーダーシップ」「創造的成長戦略を生みだす力」「海外展開のマネージメント」の3つです。これまでは、この3つが足りなかったということですが、当社の社員ができないのではなく、求められていなかっただけだと思います。トップが何を示してどんな変化と仕事を求めるかで、社員は変わっていくはずです。

―― DMを大幅に減らして、内容も刷新しましたが、これも大きなリスクだったのではないですか。

原田 そういう意味では、今やっていることすべてがリスクです。リスクを取らないと、企業は変わることができません。DMに関して言えば、以前は「今だけ」「締め切り迫る」といった文言で会員募集をしていましたが、今は「まなびガイド」と称して、親御さんが子どもの教育に役立つ情報を提供する内容に変えました。それをメインにすることで返信率が上がりました。

―― 新規獲得よりも、既存の会員をもっと大事にしていくということでしょうか。

原田 現会員に対するサービスは、まだまだ向上の余地があります。会員の期待値を超えるレベルまでサービスを持っていかなければ、どんなに良い商品を出しても生きてきません。

―― 「ベネッセタウン構想」などを見ていても、ドラスティックなことをやるというより、地域密着で既存顧客を大事にする方向性に見えます。

原田 「基本に戻る」ことが大切でした。ただし、新しい手法で基本に戻る。ベネッセのコアバリューは徹底してお子さま一人ひとりの学びと成長を支援することですから、まず、そこにしっかりと原点回帰します。そして、コアバリューを新しい手法で実現するのがベネッセタウン構想です。ベネッセにしか作れない素晴らしい教材はたくさんありますが、お子さまの学力や勉強の進度は同じではないので、そこまで踏み込んでサービスを進化させる必要があります。

 その一環として、「人」の力が必要と考え、お子さんの学びのコンサルティングを行うエリアベネッセ、進研ゼミの教材を使って学べるクラスベネッセという学びの場をつくりました。地域の塾との連動も強化しています。これらは、今後全国で拡大していく考えです。

 一部のメディアからは、マーケティング手法としてDMなのかタウン構想なのかの2択の視点で質問を受けますが、そういう話ではありません。ベネッセタウンは拠点ごとに地域に密着して子どもに対応するサービスの一環ということです。

―― 素晴らしい資産はありつつも、生かしきれていなかったということですか。

原田 成功のレールの上を走っている時が、危機の始まりという感覚を持たないといけません。そういうときこそ、トップのリーダーシップが左右すると思います。私は社員たちに「売れなかったのではなく売っていなかったんだ」「お客さまが離れたのではなく、自分たちが離れていったんだ」と言っています。

―― 社長就任直後の情報漏えい事件も、ややもするとそうした気の緩みや大企業病が根っこにあったということでしょうか。

原田 それは否定してはいけないでしょうね。たとえ、委託先の社員がやったことだとしても、お客さまから見ればわれわれの責任です。そこは徹底的な意識改革を行い、物理的にもセキュリティをかなり厳しくすることで対応しました。

 

進研ゼミに依存しないベネッセの創造的成長戦略とは

 

201510020_HARADA_P03―― 信頼回復も含めて、本格的な成長軌道に乗るには時間がかかりそうですか。

原田 教育ビジネスは最低1年サイクルなんです。多くのお子さまは新学期が始まる4月に塾や習い事を大体決めます。ですから、1年間できちんと信頼回復して、それから本格的な事業の回復ということになります。

―― 少子化で事業環境が変わり、進研ゼミへの依存度が下がるとすると、将来的にどんな会社を目指すのでしょうか。

原田 良い意味で進研ゼミから脱却しないといけません。進研ゼミ以外の事業の伸び、海外事業、介護事業の伸び、それから教育面で文部科学省の教育改革に伴う新事業も展開していくので、そちらも忙しくなるでしょう。

 1人のお子さまに進研ゼミだけを提供するというビジネスモデルでは、ベネッセの将来はありません。1人のお子さまの可処分時間に、どれだけベネッセのサービスを提供できるかが日本における成長ドライブとなります。次のドライブは、当社の事業ポートフォリオからすっぽり抜けている、社会人向けの学びと生活の支援になるでしょう。そこで、大学生に対するキャリア教育や、社会人を対象としたオンライン教育プラットフォーム「Udemy(ユーデミー)」などをスタートさせました。

 また、今や英語が不可欠な時代になっていますが、傘下のベルリッツには、異文化をしっかりと理解した上で、英語のコミュニケーションが学べる商品があります。そうした社会人の領域で成長の伸びしろはまだまだあるので、どんどん展開していきたい。

 そのためにベルリッツの組織や人事をどうするか、講師をどう育てるかについて、戦略を練っているところです。英語を教える外国人がいても、ビジネス経験がなければビジネスマンに役立つ英語は教えられません。ベネッセはいろんな事業をやっているので、例えばそこで講師にインターンシップを経験させれば、ビジネスの現場の経験ができます。そういうことを考えていけば、サービスの価値を上げられることはたくさんある。創造的成長戦略とは、つまりそういう意味です。

―― なぜそうしたことが今まで実現できなかったのでしょうか。

原田 グループレベルで考えていなかったということでしょう。この1年は部長級以上でグループ幹部会を定期的に行い、自分の事業以外のことを学べるようにしています。他の事業のことが分からなければ、シナジーの機会も生まれませんから。

 

ベネッセ 原田泳幸流、岡山活性化のアイデアとは

 

201510020_HARADA_P04―― 岡山の話に戻りますが、地方活性化おいて何がポイントだと考えますか。

原田 いよいよ文科省が大学改革に着手し、人材の多様化、人間力育成、グローバル人材などさまざまなキーワードが出ています。ただ、これまで日本では、多くが画一的な教育で画一的な人を育て、企業も画一的な人事で横並びをやってきました。これではグローバルで勝てません。

 同じく、地方の活性化には、多様な人材を育成すると同時に、それを生かす経営者マインドが必要です。そのためにも東京一極型ではあってはいけない。1カ所に固まること自体が、多様化を阻むからです。やはりITインフラを使った事業モデルや働き方を進めていくことで、地方の若者がもっと活性化すると思います。本格的な過疎化の地域は別として、6大都市とそれに次ぐ都市では、そうした若者を育てる環境をつくるべきだと思います。

 そこで主役になるのは大企業ではなく中小企業です。就職活動で学生は1人で100社エントリーしますが、それは大企業に集中しています。結果、多くの学生が振り落され失望してしまう。素晴らしい人材を、日本の成長を本当に支える中小企業にマッチングさせるということにも真剣に取り組むべきです。

―― 岡山県には農業や繊維など伝統ある産業があって、元気のある若者も増えています。原田流の岡山活性化のアイデアがあれば教えてください。

原田 正直申し上げて、岡山を語れるほどよく勉強しているわけではないですが、農業に関していうと、岡山の桃やマスカットなどは世界に誇れるレベルだと思います。岡山産品の飛びぬけた品質をさらに進化させるIT技術や管理技術といった分野で、若者の力が生かせるかも知れません。ただITベンチャーをつくるということではなく、岡山の特産を進化させるようなIT技術の使い方を若者にブレーンストーミングしてもらえば、アイデアが出てくるんじゃないでしょうか。

―― 企業として、岡山へはどんな貢献を考えていますか。

原田 地元に貢献するというよりも、岡山が日本全体に貢献しないといけないと思いますし、当社としてはそれを支援するのがミッションだと思います。そういう意味では、情報漏えい事件の際に設立したベネッセこども基金に35億円の拠出をしましたので、これも大きな機会になります。さらに、瀬戸内で展開する文化芸術活動もしっかり継続していきたいと思います。

 直島はベネッセの「よく生きる」という理念を、アートと地元の方々のコミュニティを通じて実現している理想的なモデルの1つです。直島はある意味、非日常的空間ですが、本来の日本の素晴らしさが残っていて、それを思い出す1つのキッカケになるのではないでしょうか。木材を焼いて耐性を高める伝統的な焼き板塀など、町並み1つ取っても今の時代に見たら感動します。

 こうした素晴らしい、伝統的な生きる知恵が日本にはあるのです。同じくアート活動を展開している犬島には、約100年前につくられた銅の製錬所の工場や煙突の跡が今も残っています。精錬所は、銅価格の大暴落でたった10年間で歴史を閉じたそうですが、このような瀬戸内の島々の歴史を知ることも、非常に興味深いです。

―― 子どもの教育環境にもよさそうですね。

原田 子どもを連れていくだけで感動するはずです。そういうところが、日本人の教育の原点だと思いますよ。

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