マネジメント

 原田泳幸氏がベネッセホールディングスに電撃移籍してから、1年余りがたった。トップ就任直後に顧客情報約3千万件の漏えい事件に見舞われる嵐の船出だったが、事件への対応と同時に、次の成長への布石を着々と打ってきた。リスクを避ける体質に陥った組織と人事の改革、各地域の相談窓口であるエリアベネッセを中核に総合的な学習支援を行う「ベネッセタウン構想」、海外展開の加速などだ。

 これらさまざまな改革を進める一方で、創業者の魂が根付く岡山の地も大事にしていくと明言する原田氏。今回、岡山特集を組むにあたって、同県を代表する企業トップとしての創業の地への想いと、今後の成長に向けた事業展開という2つの大きなテーマに沿って、インタビューを敢行した。 聞き手=本誌編集長/吉田浩 写真=幸田森

 

直島の強烈な印象から生まれたベネッセとの縁

201510020_HARADA_P02―― 原田社長の岡山に対する率直な印象は。

原田 ベネッセに来るまで、岡山にはほとんど縁がなかったので、正直なところ印象はあまりありませんでした。ベネッセの社外取締役を打診されていた当時、高松で講演する機会があり、高松に行くならベネッセアートサイト直島にぜひ立ち寄ってくれと、福武總一郎さんから人を介して言われました。それで直島に行ってみて半日過ごしたのですが、もう、衝撃を受けたというか、感動したというか、強烈な印象でした。それもあって社外取締役を引き受けることにしたんです。

―― 福武さんとはそれ以前から知り合いだったのですか。

原田 いえ、全く面識がなくて、直島に行った後に初めてお会いしました。多分、直島を見れば社外取締役を引き受けると思ったんじゃないでしょうか(笑)。

―― 少し前にメディアの取材に対して「本社を岡山から動かすつもりはない。ベネッセのDNAを理解し、発展のためにどう変化するか考えることが大切」という主旨の発言がありましたが、ベネッセのDNAとは何でしょうか。

原田 長い歴史を持つ企業には共通項があります。アップルもマクドナルドもそうです。創業者の魂が脈々と生き続けている会社というのは、たとえアップダウンがあってもずっと会社として成長しています。ベネッセの場合、創業者の魂は岡山からスタートしているわけですから、ただ利便性だけで本社を東京に移すと魂がなくなってしまうという意味でそういう発言をしました。

 では、ベネッセの魂とは何ぞや、と言えば、やはり教育に対する情熱と、お子さまの学びと成長を支援するという理念です。成長がダウントレンドに入った要因のひとつは、そうした「らしさ」を忘れたことにあります。そのことは社員も分かっていますが、徹底した共通認識を持ち、「らしさ」に立ちかえらなければいけないと思っています。

―― 「らしさ」を忘れたというのは、具体的にどんな部分に現れていたのですか。

原田 商品やサービスの進化を図るのではなく、会員募集のDMに莫大な費用を使ったり、目の前の数字を作ることを優先したり、といった部分ですね。サービスをもっと強化させ進化させるところに投資すべきなのに、以前は違う方向に傾いていました。この1年間は、それを正すための努力を一生懸命に行ってきました。その効果がそろそろ商品にも出てきています。

グループの豊富な資産を生かしきれていなかった

(はらだ・えいこう)1948年生まれ、長崎県佐世保市出身。72年東海大学工学部通信工学科卒業後、日本ナショナル金銭登録機(現日本NCR)入社。その後、横河・ヒューレット・パッカード、シュルンベルジェなどを経て、90年アップルコンピュータジャパンのマーケティング部長に就任。94年アップルコンピュータ取締役、96年同副社長、97年社長。2004年日本マクドナルドホールディングス副会長兼CEO、翌年、会長兼社長兼CEOに就任。14年、社外取締役を務めていたベネッセホールディングスの会長兼社長に就任し、現在に至る。

(はらだ・えいこう)1948年生まれ、長崎県佐世保市出身。72年東海大学工学部通信工学科卒業後、日本ナショナル金銭登録機(現日本NCR)入社。その後、横河・ヒューレット・パッカード、シュルンベルジェなどを経て、90年アップルコンピュータジャパンのマーケティング部長に就任。94年アップルコンピュータ取締役、96年同副社長、97年社長。2004年日本マクドナルドホールディングス副会長兼CEO、翌年、会長兼社長兼CEOに就任。14年、社外取締役を務めていたベネッセホールディングスの会長兼社長に就任し、現在に至る。

―― ベネッセに足りなかったものは何でしょうか。

原田 教育の知見に裏打ちされた質の高い教材を作るという部分では、ベネッセはどこにも負けません。ただ、変化に対応したり、自ら変化を作ったりする点に欠けていたと思います。とくに今のベネッセに必要なのは「リスクを取るリーダーシップ」「創造的成長戦略を生みだす力」「海外展開のマネージメント」の3つです。これまでは、この3つが足りなかったということですが、当社の社員ができないのではなく、求められていなかっただけだと思います。トップが何を示してどんな変化と仕事を求めるかで、社員は変わっていくはずです。

―― DMを大幅に減らして、内容も刷新しましたが、これも大きなリスクだったのではないですか。

原田 そういう意味では、今やっていることすべてがリスクです。リスクを取らないと、企業は変わることができません。DMに関して言えば、以前は「今だけ」「締め切り迫る」といった文言で会員募集をしていましたが、今は「まなびガイド」と称して、親御さんが子どもの教育に役立つ情報を提供する内容に変えました。それをメインにすることで返信率が上がりました。

―― 新規獲得よりも、既存の会員をもっと大事にしていくということでしょうか。

原田 現会員に対するサービスは、まだまだ向上の余地があります。会員の期待値を超えるレベルまでサービスを持っていかなければ、どんなに良い商品を出しても生きてきません。

―― 「ベネッセタウン構想」などを見ていても、ドラスティックなことをやるというより、地域密着で既存顧客を大事にする方向性に見えます。

原田 「基本に戻る」ことが大切でした。ただし、新しい手法で基本に戻る。ベネッセのコアバリューは徹底してお子さま一人ひとりの学びと成長を支援することですから、まず、そこにしっかりと原点回帰します。そして、コアバリューを新しい手法で実現するのがベネッセタウン構想です。ベネッセにしか作れない素晴らしい教材はたくさんありますが、お子さまの学力や勉強の進度は同じではないので、そこまで踏み込んでサービスを進化させる必要があります。その一環として、「人」の力が必要と考え、お子さんの学びのコンサルティングを行うエリアベネッセ、進研ゼミの教材を使って学べるクラスベネッセという学びの場をつくりました。地域の塾との連動も強化しています。これらは、今後全国で拡大していく考えです。

 一部のメディアからは、マーケティング手法としてDMなのかタウン構想なのかの2択の視点で質問を受けますが、そういう話ではありません。ベネッセタウンは拠点ごとに地域に密着して子どもに対応するサービスの一環ということです。

―― 素晴らしい資産はありつつも、生かしきれていなかったということですか。

原田 成功のレールの上を走っている時が、危機の始まりという感覚を持たないといけません。そういうときこそ、トップのリーダーシップが左右すると思います。私は社員たちに「売れなかったのではなく売っていなかったんだ」「お客さまが離れたのではなく、自分たちが離れていったんだ」と言っています。

―― 社長就任直後の情報漏えい事件も、ややもするとそうした気の緩みや大企業病が根っこにあったということでしょうか。

原田 それは否定してはいけないでしょうね。たとえ、委託先の社員がやったことだとしても、お客さまから見ればわれわれの責任です。そこは徹底的な意識改革を行い、物理的にもセキュリティをかなり厳しくすることで対応しました。

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