政治・経済

 抜群の立地と気候に恵まれ、歴史的な文物も豊富ながら、なぜか印象の希薄な岡山県。その県の売り込みに一生懸命となっているのが、1期目も間もなく4年目に入る伊原木隆太知事だ。岡山県を代表する名門企業の1つである天満屋百貨店の創業家に生まれ、東大卒業後、米スタンフォード大でMBAを取得、天満屋社長を14年間務めたという背景と履歴は、輝かしいという形容がぴったりである。

伊原木隆太氏は語る 岡山の魅力に気付かない地元の人々

20151020_KOU_P02德川 東京駅で伊原木知事のポスターを拝見しました。キャッチフレーズの「もんげー岡山!」の「もんげー」とは、どういう意味でしょうか。

伊原木 岡山弁で「すごい」という意味です。「もんげー」は、実は私自身も使ったこともなければ聞いたこともほとんどなかったという、ちょっとマニアックな岡山弁なんです。ところが「妖怪ウォッチ」という小学生に大人気のアニメで、主人公格のコマさんという妖怪が「もんげー」をよく使うんですよ。今、日本中の小学生が「もんげー、もんげー」と言ってくれているのだから、これはチャンスだというわけで、使ってみました。

德川 あのポスターは「岡山県に移住してください」というキャンペーンですが、この移住計画はどういうことから始まったのですか。

伊原木 岡山県は災害の少ない住みやすい場所です。ところが岡山県人は、日本人が一般的に自己PRが下手なのに輪をかけたような県民性なんです(笑)。そこで「自己PRしようよ!」という意味で岡山移住を訴えることにしました。それで、実際に来てくださっているんですよね。はっきりとは分からないですが、東日本大震災の後の避難先として、西日本では1位なんじゃないかと言われているくらいです。

德川 では、どういう所が移住して来てもらうに足る魅力なのか、知事によるPRをお願い致します。

伊原木 一番は、われわれのご先祖様がうまく選んでくれた自然、地の利ですね。気候が温暖で災害が少なく、晴れの日が多い。晴れの日ばかりだというと、たいていは日照りで水不足になって農業がたいへんなんですが、岡山は一級河川が3つありますから、水不足で困ったことがほとんどないんです。水不足で困らなくて晴れていて平野があるというのはどういうことかと言えば、この300年、400年の間に岡山では飢饉がほとんど起きていないんです。自然に恵まれているだけに、みんなゆったり過ごしている。逆に、災害がないからみんな団結しないとも言われていますが、それぞれの人の自由な生き方を許容できる風土があるということでもあります。風光明媚なのを、われわれは当たり前だと思っていますし、食べているものも、自分たちはあまりおいしいと思っていなかったり。他所から赴任して来た方から「お魚がおいしいですね」とか「野菜がおいしいですね」と言われても「あ、そうですか?」みたいな(笑)。海に関しても、私も昔はハワイや湘南みたいに水平線がダーッと見えるのが本当の格好良い海で、瀬戸内海はちまちまして箱庭みたいだと思っていたんです。ところが外国人の友人は「水平線がダーッというのは色がちょっと違うくらいでどこの海もあまり変化がない、それに対して瀬戸内海は、船で5分か10分行くと、景色が全然違う。これは凄いよ」と言ってくれました。

跡取りの立場に対する複雑な感情があったと語る伊原木隆太氏

(いばらぎ・りゅうた)1966年岡山県岡山市生まれ。地元百貨店・天満屋創業家の6代目。東京大学工学部卒業後、外資系コンサルティング会社を経て95年スタンフォード・ビジネススクールにてMBA取得。96年天満屋取締役就任、98年代表取締役就任。2012年天満屋社長を退任し、岡山県知事選挙に出馬・初当選(現在1期目)。趣味テニス、ゴルフ、アルトサックス。

(いばらぎ・りゅうた)1966年岡山県岡山市生まれ。地元百貨店・天満屋創業家の6代目。東京大学工学部卒業後、外資系コンサルティング会社を経て95年スタンフォード・ビジネススクールにてMBA取得。96年天満屋取締役就任、98年代表取締役就任。2012年天満屋社長を退任し、岡山県知事選挙に出馬・初当選(現在1期目)。趣味テニス、ゴルフ、アルトサックス。

德川 伊原木知事御自身は、天満屋の跡取りとしての自覚はいつから持ちましたか。

伊原木 小学校に入ってびっくりしたのが、「天満屋の息子」と言われることでした。それまでは天満屋に普通の客として連れて行かれていましたが、自分の家がやっているお店だというのは、あまりピンと来ていませんでした。ただ、小学校を卒業する時に天満屋が創立150周年を迎えて社史を作ったんですが、江戸時代の頃から歴代当主や会社やその時の地域がどうだったのか、という内容のもので、それを読んでみたら、曾祖父や祖父の代の会社の盛衰と町の盛衰とがリンクして来たんですね。祖父は三木行治知事を商工会議所の会頭としてお支えし、父も長野士郎知事を会頭としてお支えしというのが書いてあるのを見ると、地域との繋がりが強いんだな、と。

德川 なるほど。ところで、私は日本の地域間競走で決め手になるのは大学と空港だと思うんですが、岡山は全国的に見て、相当有利なので、田舎に人を呼び寄せるよりも、岡山市内に来ていただく。それも世界中から来ていただく。あるべき移住計画の姿はこれではないかと思います。

伊原木 そうかもしれませんね。スタンフォードに留学して思ったのは、普通に日本で育っていると、しっかり勉強をして大きな仕事がしたかったら東京へ行きましょう、東京を経ないと世界に出られないという思い込みがあるんです。でも、100万も200万も人口がなくても、十分に良い仕事、良い勉強ができるし、世界ともつながれるという事実を、留学して初めて知りました。岡山は十分それができる環境だと思っています。

德川 今、お話に出たスタンフォードへの留学ですが、こちらのご経験についてお話していただけますでしょうか。

伊原木 私自身、MBAを取ろうと思ったのは、中学2年生の時でした。スタンフォードの仲間の中でいえば、いちばん早い(笑)。実は岡山から脱出したくて、脱出計画の一環としてビジネススクールへ行こうと思ったんですよ。

德川 なぜそういう思いに至ったのでしょうか。

伊原木 祖父や父親のことが色濃くありまして、本当に混ぜこぜ、ない交ぜなんですけれども、誇りにしている部分と、ちょっと勘弁してほしいというところがありまして。それでスタンフォードへ行って、人生が変わりました。

德川 具体的には、どういう変化でしょう。

伊原木 それまでは単純に、いちばん有利で、いちばん有能さをアピールできる所へ行こうと思っていました。ところがスタンフォードでは、入学した時点で私よりも人間ができている人が多かったんですね。彼らはそもそも「将来良い給料を取ろう」とか、そういう発想でビジネススクールに来ていない。彼らの多くは「どういうことをして役に立とうか」「何ができるか」といったことを考えて来ている。「短い人生、単に給料が高かったとか、目立つポジションに就いたといって、それが何?」みたいな感じだったんです。言われてみれば、毎年ビクビクしながら、今年も何とか給料をもらってポジションを守って家族を養えたといって、引退のときにほっとするような人生って、寂しいですよね。自分が仕事から引退する、あるいは死ぬときに、「あー、自分はこれだけのことをやった。自分も楽しかったし、誇らしいなー」と言えるために何をするんだということを、強烈に意識させられたんです。

德川 その意識の変革と、当初の脱出計画とは、どう絡み合っていったのでしょうか。

伊原木 地元のデパートでは、父が5代目の社長で、私は6代目を当然継ぐものだと思われていましたが、「親の七光りで一生食べていくんでしょ」というふうに思われるのが、耐えられなかった。一方私の祖父は、敗戦で日本中が荒廃し、岡山も焼け野原になって、どうするんだっていう時に、「諦めちゃいけない」と言って会社を再建して、3年後には35歳で商工会議所の会頭になりました。自分の会社の再建もさることながら、とにかく岡山の産業や文化などの再建のお手伝いをするべく奔走する一生でした。自分のことがどうのこうのよりも、岡山を助けなくてはならないという気持ちに、みんななっていたんだと思います。だから祖父は皆の思いと自分の立場に支えられて、岡山の再建のために本当に頑張りました。それから、「戦後いちばん立派な岡山県知事」と言われる三木知事をお支えした。そういうわけで、孫としては祖父のことが大変に誇らしく、皆さんに貢献をする人生って素晴らしいと思ってもいました。ただ、岡山に帰って来た直接のきっかけは、スタンフォードでの勉強もそろそろ終わるという頃に、実家がなかなか厳しいという話を聞いたことです。

これからの岡山 外からの投資はどんどん受け入れたい伊原木隆太氏

 

20151020_KOU_P03

德川家広氏(政治評論家)

德川 天満屋の社長さんは何年間、お務めになりましたか。

伊原木 14年間です。

德川 社長業に、スタンフォード大ビジネススクールで取得されたMBAは役に立ちましたか。

伊原木 非常に役に立ちました。ビジネススクールの学費は1千万円前後だったと記憶していますが、100倍以上のリターンでした。そもそも私の人生を変えたという意味では、これほどの経験はなかったですね。

德川 天満屋に入社されたのは「苦しいから」ということでした。今からだいたい20年前ですよね。当時の天満屋、のみならず地方デパートの世界はどういう具合だったのでしょうか。

伊原木 高度経済成長期からバブルにかけての仕組みをそのままに、おかしいな、おかしいなと思いながら、バブル後の不況の中にいたということです。私も事態をちょっと甘く見ておりまして、中身を本当に教えてもらった時には、正直ちょっとびっくりしました。私が社長になったのが1998年ですが、それから3年のうちに大手も地方も合わせて、百貨店は何社も倒産しています。耐えきれなくなったんですね。倒産すると不採算店舗をいっぺんに閉めるわけですよ。大雑把にいえば従業員の半数が解雇されますが、経営破綻するくらいですから、ちゃんとした退職金なんて払えない。同業他社やその社員さんたちよりはましだったかもしれませんが、かなり厳しいことをやらざるをえませんでした。ビジネススクールで学んでいた経営危機の事例よりも、より生々しく厳しかったですね。

德川 98年と言いますと、金融危機のまっただ中ですね。そこから岡山経済は、ちゃんと回復してきているのでしょうか。

伊原木 良くなっていると思います。岡山には伸びる余地があったし、まだあるんですね。新幹線、鉄道、道路などの主要な交通手段からのアクセスが良いところに土地がまだ更地のまま、あるいは低利用のままで残っているんです。私もすべて分析できているわけではないですが、投資をしたくなる環境なんです。特にここ数年間で、工業も商業も急速に投資が進んでいます。工業の面では、ネックになっている規制や制限を私がいくつか外させていただいたんですが、そのこともあり、企業誘致の工業投資の予定額は昨年度は680億円以上と、ほぼ過去最大の投資を呼び込むことができました。商業の面でも、ずっと駐車場などになっていた岡山駅前の土地に、イオンが数百億円の投資をしてショッピングモールができました。私自身も大森・岡山市長も、岡山の内輪だけでなく、とにかく外から投資を受け入れるという姿勢を取っていますから、これからもいろいろな投資をしていただけると考えています。

德川 岡山市内は空き地が多い印象ですが、高層マンションが何棟か建っているところを見ると、規制で抑えつけているわけではないのですね。

伊原木 そういうわけではないんですよ。PR不足であったり、投資を考えている人からすると「ああ、こんな規制の条項があるんじゃ入れないな」ということで、知らず知らずのうちにはじいていたりということを、選挙中にもよく聞きました。

德川 観光振興は、県全体としてどう取り組んでいますか。岡山市内のお城と後楽園、倉敷の美観地区、瀬戸内海、そして県北の高原と温泉と、主立ったスポットがかなり凝縮されているので、短期間で濃密に楽しめると思うのですが。

20151020_KOU_P05伊原木 私はほんの数年ですが海外で暮らしてみて、「観光って凄いな」と思うようになったんですよ。先進国はGDPの5~10%を観光で稼いでいるのに、日本では2%くらい。産業には手工業や軽工業のように発展途上国には向いていても賃金の高い先進国では回らなくなるような、うまく行く国が限られているものが多いんですが、観光業の良いところは、賃金の低い国ではそういう国なりの観光があるところです。プラザ合意以後、日本は円高で海外の人が来づらいということで、われわれも観光のポテンシャルに気付いていなかったのですが、ようやく円安トレンドになって来たわけです。私が知事になってから、なかなか予算が厳しいのでメリハリをつけることは難しいのですが、まず観光予算を2倍にしました。もともとの金額が小さかったんですけれどね(笑)。今年度、これをさらに3倍に増やしました。

德川 海外向けですか。

伊原木 それもありますし、国内向けもあります。岡山のことを知ってくれていて、来てつまらなかったというのなら、PRしても仕方がないんですけれど、来られた方は「知らなかったけれど、意外に良かった」とおっしゃってくださいます。これは非常にPR効果があるし、やりがいがあります。

 (文=德川家広 写真=幸田 森)

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