政治・経済

 ビール世界最大手のベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)が2位の英SABミラーを買収することで基本合意した。世界シェア3割超を握るメガ連合が誕生するだけに、次の買収対象ともなりかねない国内メーカーは、戦々恐々と推移を見守っている。文=ジャーナリスト/太田浩一

【ビール業界、日本市場に忍び寄る買収の影】

 「正直、驚いた」。サッポロビールの尾賀真城社長は、ABインベブが、SABミラーの買収に動いたことに、こう率直な感想をもらした。

 ABインベブが、SABミラーの全株を取得すれば、買収総額は600億ポンド(約11兆円)近くに達する見通し。SABミラーは、9月16日に公表した声明の中で「条件について、詳細は分からない」としつつも、ABインベブからの提案があれば検討するとした。

 2社の2014年の売上高は単純合算で約692億ドル(約8兆3千億円)となる。その規模は日本のビール大手4社分(7兆円程度)をも上回る。世界のビール市場で3分の1を占める“超巨人”が誕生すれば、国内のビールメーカーも決して、他人事ではいられない。買収を機に日本市場へ本格参入する可能性があるためだ。ABインベブは今年、東京都内に日本支社を設立。狙いは、世界で7番目の需要のある日本市場で買収を画策するためと見られている。

 日本市場は、今は複雑な酒税の仕組みにより、外資メーカーにとって参入障壁が高い状況。だが政府・与党内では、ビールと発泡酒、第3のビールで異なるビール類の酒税の1本化に向けた検討に着手。来年度税制改正に向け、一定の結論をつけるとみられ、税制改正が実現すれば外資も参入しやすくなる。

 そうなると、最もてっとり早いのは、アサヒグループホールディングスかキリンホールディングス、サッポロホールディングス、サントリーホールディングスの大手4社のいずれかを買収すること。セブン&アイ・ホールディングスやイオンなどの大手小売りに加え、外食店などと太いパイプを持つためだ。海外とは、商慣習の異なる日本で、流通や外食と新参外資が一から関係をつくるのは難しい。既にできているパイプを使うのが最も効率的になるわけだ。

【ビール会社大手4社にとっては市場拡大のチャンスも】

 しかし大手4社といっても、創業家が9割の株式を保有するサントリーホールディングスを買収するのは至難の業。ビールのシェアも大きくない。最も規模の小さいサッポロが狙い目とも見えるが、収益を不動産事業に依存しており、相乗効果は未知数だ。

 そうなると、年間1億ケース(1ケースは大瓶20本換算)以上の超大型ビールブランド「スーパードライ」を擁するビール類首位のアサヒに加え、ビール、発泡酒、第3のビールの販売比率が3割前後でバランスする同2位のキリンが、有力な対象となる可能性がある。

 ABインベブのカルロス・ブリト最高経営責任者は7月末の決算会見で「オーストラリアと日本で現場の人を増やしている」と述べ、日本市場への本格参入に向けた野心を隠さなかった。当面は、SABミラーの買収交渉が最優先課題となるが、それを片付ければ、次の照準は未開拓の日本市場へと傾くことになるのは間違いない。

 日本メーカーにとって、進撃の超巨人と対峙するには、国内外企業との再編による規模拡大が有力な手段だ。日本では10年のキリンとサントリーの経営統合交渉の破談以降、大型再編は一向に進まず、世界的な再編の波から完全に取り残された。

 キリンとサントリーの統合の狙いは、そもそも、国内売上高1位と2位が結ばれることで規模を拡大。収益性も高め、世界市場での存在感を高めることだった。ABインベブによるSABミラーとの買収と、考え方は完全に同じだったはずだ。

 超巨人の誕生が、再び国内再編の背中を押す契機となるのは確実な流れだ。国内企業同士で激しい競争を繰り返し低採算にあえぐよりも、国内でまず強い連合を形成して、対抗するのが妥当と判断してもおかしくないからだ。組み合わせは「サントリーとキリン」「アサヒとサッポロ」が有望だろう。サントリーは、10年の統合交渉ではキリンに売り上げが及ばなかったが、今は逆転しており、地位は対等以上だ。アサヒは昔、同じ会社だったサッポロとの統合が最も単純なストーリーとなる。

 しかも日本メーカーにとって今回のABインベブとSABミラーの大型買収が実現すれば、事業を拡大するチャンスともなる。買収には、米国や欧州、アジアなどでの独占禁止法への対応を迫られ、事業売却を迫られるのが必至の情勢だからだ。

 海外事業の拡大を目指す日本のメーカーにとっては、垂涎の的となる売り物が出る可能性もある。実際、08年にインベブがアンハイザー・ブッシュを買収した際には、出資していた中国2位のビール会社の青島ビールの株式の2割をアサヒに売却。さらに、韓国大手のOBビールの株式も放出した。

 世界1位と2位との統合ともなれば、さらに売却案件は増える。日本勢は、アジアを中心に海外市場の強化が経営課題で、おこぼれに預かる機会が、拡大に増える可能性もあるわけだ。

 今回のABインベブとSABミラーの再編が、世界の合従連衡から取り残された日本メーカーの合従連衡を促すか。今後の両社の動向に、業界関係者や市場関係者は、大きな関心を抱いている。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

葬儀業から脱皮しライフイベントのプラットフォーム運営企業へ―ライフアンドデザイン・グループ

古い体質が残り実体が見えにくい葬儀業界の中で、「パッケージ化された分かりやすいサービス」「家族葬など小規模葬儀に特化」「低価格だが高品質のおもてなし」「出店スピードの速さ」等を強みに事業拡大。人生の終末や死別後に備えた事前準備を行う。文=榎本正義村元 康・ライフアンドデザイン・グループ社長プロフィ…

人材領域で培ったテクノロジーを活用し社会課題を解決する―ビズリーチ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

一般には馴染みが薄い産業廃棄物処理の世界。古い慣習が残る業界を、ITによって変えようとしているのがトライシクルの福田隆社長だ。業界の老舗企業がテクノロジー導入に舵を切った背景と今後の展望を聞いた。(吉田浩) 福田隆・トライシクルCEOプロフィール   産廃処理で「B to B版メルカ…

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

佐藤輝英・BEENEXTファウンダーに聞く「起業家から投資家に転身した理由」

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年8月号
[特集] SDGsは江戸にある
  • ・「仁義道徳」 経済人に必要な「利益」と「倫理」
  • ・「利他」 「気候変動に具体的な対策を お金の流れが意識を変える」
  • ・「善の巡環」 高邁な理想を支える創意工夫と挑戦
  • ・「才覚、算用、始末、商人倫理」 SDGsの精神宿る江戸商人
  • ・「国利民福」 国が栄えれば人々も幸福になる
  • ・「先も立ち、我も立つ」 石田梅岩と商人道徳
  • ・「気丈」 学問は「治安」「エンタメ」「立身出世」──江戸庶民の教育事情
  • ・「心田開発」 二宮尊徳の報徳思想
[Special Interview]

 里見 治(セガサミーホールディングス会長グループCEO)

 日本初のIR事業への参入はエンターテインメント事業の集大成

[NEWS REPORT]

◆メガバンクからの陥落目前 みずほ銀行の昨日・今日・明日

◆巨大ドラッグストアチェーン誕生か 業界再編はココカラ始まる

◆カリスマ・鈴木修会長に陰り? ピンチを迎えたスズキの前途

◆G20農相会合で見えてきたスマート農業の未来像

[特集2]

 AI時代に稼げる資格

 今必要な資格、将来必要な資格はこれだ!

ページ上部へ戻る