政治・経済

 石原慎太郎氏に対する評価はさまざまだが、彼が「ナショナリスト」だという点では石原ファンもアンチ石原も一致するであろう。ただし、石原氏のナショナリズムは、昨今の偏狭な「日本が何でも正しい」式の保守主義とは一線を画す。世界の文学を読み、グローバルに考え、都知事としてはオリンピック招致という、生々しい外交にも携わった。だからこそ、日本の本当の良さが分かるのだと思った。

石原慎太郎氏と「慧眼の士」小林秀雄との若き日の交流

(いしはら・しんたろう)1932年兵庫県神戸市生まれ。一橋大学在学中に「太陽の季節」で芥川賞受賞。68年参院全国区に出馬し300万票獲得しトップ当選。72年衆院選に鞍替え当選し8期25年務める。環境庁長官、運輸大臣を歴任。99年東京都知事に就任(4期)。2012年都知事を辞職し25年ぶりに国政に復帰。太陽の党代表、日本維新の会代表、次世代の党最高顧問を務める。14年12月政治家引退を表明。近著に『エゴの力』(幻冬舎新書)。

(いしはら・しんたろう)1932年兵庫県神戸市生まれ。一橋大学在学中に「太陽の季節」で芥川賞受賞。68年参院全国区に出馬し300万票獲得しトップ当選。72年衆院選に鞍替え当選し8期25年務める。環境庁長官、運輸大臣を歴任。99年東京都知事に就任(4期)。2012年都知事を辞職し25年ぶりに国政に復帰。太陽の党代表、日本維新の会代表、次世代の党最高顧問を務める。14年12月政治家引退を表明。近著に『エゴの力』(幻冬舎新書)。

德川 小林秀雄さんとの交流を、具体的にお願いします。

石原 僕は変な意味で一目置かれてね。一度、文士劇が終った後の総会で、小林さんが講演したんだな。そうしたら、だんだん小林さんが酔っ払ってね。『白波五人男』の1人を演じた水上勉がいたから、「水上、ちょっと来い」と言って、説教を始めた。小林さんは人の悪口を言う時に「俺が」と言わないで、「俺の女房が言っていたぞ」と言うんだ。「俺の女房が言っていたぞ、お前の書いているのはくだらねえ」なんて、聞こえよがしに。水上はぼろくそに言われて畳をかきむしって、そのうち泣きだした(笑)。それで雰囲気がだんだん険悪になってきて、僕は小林さんに「やめなさいよ」と言ったんだ。

 「小林さんは批評の神様かもしれないけれど、知らないことだって、いっぱいあるでしょう。星とか空を見て自分のいる場所が分かりますか。僕はちゃんと分かるんです。だから、あなたもそんなに大きな顔をしないほうがいいですよ」と。

 すると小林さんは隣りにいた今日出海さんに、「おい、今ちゃん、行こう」と言って、永井龍雄さん、漫画家の横山隆一さんも一緒に帰っていった。でも、それから小林さんに会うと、それまで「石原君」だったのが「おまえ」、永井龍雄さんも「おまえさん」と呼んでくれるようになって、とてもうれしかったね。

德川 文壇の大先輩との間の垣根が取れたと。

石原 小林さんは中村光男も大岡昇平も「おまえ」でしたから。小林秀雄というのは、慧眼の士でしたね。『考えるヒント』という名著があるけれど、その中でプルタークの『英雄伝』を取り上げて、歴史っていうのは大きな川みたいなもので、プルタークはそこに出て来る人間をぽつり、ぽつりと書いているだけで、歴史が英雄を作ったんであって、英雄が歴史を作ったわけじゃないと言っています。これには全く同感だけれども、今の政治家っていうのは、それが分からない。歴史の中に自分が置かれているということ、自分の立ち位置が分からないから、話していてつまらないな。

德川 政界引退のメッセージでも「今、日本が極めて危うい」と書いておられますが、それは政治家などエリートの歴史観の弱さが原因なのでしょうか。

石原 歴史観というよりも、自分の立ち位置が分かっていませんね。自信がなくなっちゃったよ、日本人は。例えば、東京裁判の戦争史観なんか、どうして今でも踏襲しているんですかね。村山談話なんか、馬鹿ばかしくて読む気がしない。アメリカに気がねしてばかりで、間違っていると思うね、僕は。

石原慎太郎氏が佐藤栄作に見た政治家の度胸

20150324_KOU_P03德川 政治家としての石原先生は、福田赳夫さんの系列ということになりますが、福田さんにはどんな思い出がありますか。

石原 福田さんは役人上がりということもあって、大した決断ができなかったね。ダッカのハイジャック事件の時、閣議の席上、厚生大臣の渡辺美智雄が「政府もいろいろ手を尽くすだろう。その揚げ句、ハイジャック犯の言いなりになるんだろうが、言うことを聞いた後で、尽くすだけの手は尽くしたことを国民に周知徹底してくれ、自分たちも福田内閣の一員として、政治家としての面子があるんだから」と言った。僕は挙手して「渡辺さんの質問の前に言うつもりだったが、ミュンヘン・オリンピックの時のテロの後で、類似の事件に対処するための特殊部隊を日本も養成しているという話があるけれども、あるんだったら使ったらどうなんですか」と尋ねた。そしたら園田直官房長官が顔色を変えて「これはとても大事な話だから、これから言うことは皆さんも聞かなかったことにしてください」と前置きして「実はダッカには日本の特殊の公務員が10人行く」と言うんだ。「10人ですか?」とただしたら、「いえ、20人」と言ったので、これは嘘だと気付きました。

 結局、刑事さんが3人行っただけなんです。福田さんはとぼけていましたが、園田さんと2人で僕らを騙したんだな。福田さんには、ああいう武力の絡む問題に対しての姿勢には、虚弱なものがありましたな。その点、佐藤栄作っていうのは、すごい度胸がありましたよ。

德川 政治家、首相の度胸というのが分かりません。何か実例を挙げていただけますか。

石原 ニクソンと沖縄返還を交渉する前に、ジョンソン大統領の時代に佐藤さんは「日本も核兵器を持ちたい、アメリカに協力してほしい」と言っておられたんだね。それで佐藤さんはドイツに「一緒に核兵器を開発しましょう」と持ち掛けていた。

 そのことを、沖縄返還で使節をやった若泉敬(京都産業大学教授。遺著に『他策無カリシト信ゼムト欲ス』がある)は十分、承知していたんだな。佐藤さんが沖縄返還の交渉でワシントンに行く時に、自民党のいろんな国会議員がついて行きたいっていうのを全部はねてね。どういうわけか、あの頃僕は参議院議員だったけれど、僕と竹下登だけを連れて行ってくれた。

 一緒に行くとみんなに分かってまずいから、僕はソ連を経由して、竹下さんはメキシコを経由してワシントンに行くことになった。それを知った若泉敬が喜んで、「石原さん、佐藤さんにアレンジしてもらってアメリカの核の戦略基地を見てきてください。日本の国会議員で、日本の総理大臣の助言があったら、相当なところまで見せてくれるはずだから」と言ってくれて、それで僕はオマハの戦略空軍司令部(SAC)とシェイエンヌ山地の北米航空宇宙防衛指令部(NORAD)に行きました。オマハの司令部はコンクリートの40メートルの天井の下にあるミサイル格納庫まで見せてもらったし、NORADも随分中まで見せてもらった。その時にアメリカの警戒システムが全然日本をカバーしていないことが分かったんで、司令官に「アメリカの核の抑止力は全然『傘』になっていないじゃないですか」と言ったら、

 「どうしてだね?」

 「だって、警戒システムが日本まで及んでいませんよ」

 「当たり前じゃないか、石原君。日本なんて遠過ぎて、とてもじゃないけれど及ばない。お前たち危ないんだったら、なぜ自分で核兵器を開発しない。日本だったらすぐできるから、やれよ」って言われましたよ(笑)。

 実はその時まで日本の国会議員でアメリカの核戦略基地に行った奴が1人もいなくて、「お前が初めてだ」と言われて、僕はびっくりした。それで「アメリカの核の抑止力は日本にとっては存在しない」という内容の論文を書いたんだけれど、すぐに核保有論者にされましたな。

20150324_KOU_P04德川 若泉敬さんとも交流があったのですね。

石原 佐藤さんに「ドイツと組んで核を開発しなさい」と言ったのは若泉じゃないかと思いますが、その若泉も核保有論者にはなりきれなかった。後に実存主義者で国際政治学者のレイモン・アーロンと仲良くなって、彼が年に1回、日本に来るたびに僕は呼ばれてフランス大使館で飯を食いながら、いろいろな話をしました。

 彼はド・ゴールの信奉者でね。ある時、若泉がぜひ同席したいというので、3人で食事をしたところ、レイモン・アーロンが若泉に対して「日本は何で核を持たないんだ。ド・ゴールを見習え」とはっきり言いましてね。若泉は興奮すると鼻血を出すくせがあって(笑)、この時も鼻血を出して「いやー、石原さん、良い人を紹介してくれた。確かにそうなんだよな」と言う。

 それで、若泉は2番目の男の子が生まれた時に「核」と名付けました(笑)。あの時の核をめぐる佐藤栄作と若泉敬の間の意志疎通がどういうものだったのか、想像すると興味深いですね。

石原慎太郎氏と岸信介の関係性とは

德川 石原先生は岸信介さんとも仲が良かった印象です。

20150324_KOU_P02石原 仲がいいわけじゃないよ。何度かいろいろなことで岸さんの知恵を借りたり、岸さんを動かそうとしたりして、何度か長谷川峻と一緒に御殿場の岸さんの別荘に行きましたが。

 あの人は日本の政治家に珍しい文人でしたね。あれだけ見事な字を書く政治家っていうのはいない。あの人の色紙をあちこちで見たけれど、素晴らしい字だったね。

 「先生はあちこちで揮毫されているようですけれども、書く文章の備えっていうのは、あるんですか」と聞いたら、

 「そりゃ君、やっぱり幾つかないと、同じもの書くわけにいかないから」

 「備えは幾つくらいあるんですか。」

 「200くらいかな」

 それで幾つか言ったの、漢詩。本当の教養ですよ。岸さんもまんざらじゃなかったようで、帰りに玄関まで出て来て、「君、時々来たまえ」と言われたんだよ(笑)。僕のことをテークノートしたなと思いました。だけど、場所も遠過ぎたし、岸さんの所へはあまり行かなかったな。

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