政治・経済

日本で恐らく最も魅力的な土地である北海道。だが、現地を訪れるたびに目にするのは、低迷する経済の影ばかりだ。その北海道のために戦い続けてきたのが、鈴木宗男氏だ。ただし、宗男氏は公民権を停止された身の上。そこで今回は宗男氏と、そして宗男氏の御息女にして新党大地代表代理の鈴木貴子議員の両名にご登場いただいた。連載初の親子対談である。

 

鈴木宗男が政治家を志したキッカケは

 

(すずき・むねお)1948年北海道足寄町生まれ。拓殖大学在学中より中川一郎衆議院議員の秘書を務める。83年衆議院初当選。北海道開発庁・沖縄開発庁長官、内閣官房副長官、議院運営委員長、自民党副幹事長、総務局長を歴任。2002年自民党離党後、04年参院選出馬・落選。05年新党大地を結成、代表に就任。同年衆議院復帰(8期)。10年懲役刑確定により失職・収監を経て現在に至る。著書に『汚名〜検察に人生を奪われた男の告白』『政治の修羅場』など多数。

(すずき・むねお)1948年北海道足寄町生まれ。拓殖大学在学中より中川一郎衆議院議員の秘書を務める。83年衆議院初当選。北海道開発庁・沖縄開発庁長官、内閣官房副長官、議院運営委員長、自民党副幹事長、総務局長を歴任。2002年自民党離党後、04年参院選出馬・落選。05年新党大地を結成、代表に就任。同年衆議院復帰(8期)。10年懲役刑確定により失職・収監を経て現在に至る。著書に『汚名〜検察に人生を奪われた男の告白』『政治の修羅場』など多数。

德川 宗男さんが政治家を志したきっかけは。

宗男 私は中学1年の作文で、将来の夢を書かされ、そこで「政治家になる」と書きました。小学校6年まで私はランプ生活だったんです。親父やお袋が一生懸命働いているのに生活が良くならん。やっぱり、これは政治じゃないかなと、こう思って、子どもながらに政治の必要性というものを感じましたね。

德川 北海道は当時、革新勢力がかなり強かったと思うんですが、社会党や共産党にいこうとは考えなかったのですか。

宗男 私の場合、政治とのかかわりは単純に人間関係、巡り合わせですね。中川一郎先生とは、拓殖大学に進む際に保証人になっていただくという出会いがありました。あの頃、入学するのに保証人という制度があってね。保証人は普通、身内、親戚、あるいは知人です。私には誰もいなかったんですが、うちの親父は中川先生の選挙を一生懸命、手伝っていました。中川後援会の、うちの地区の責任者が横田さんという獣医さんで、この人が中川先生の農学校の先輩でした。その横田獣医さんが中川先生に「おい中川、あんたの選挙活動をやっている鈴木さんの息子さんが今、保証人がいなくて困っているから、ぜひともやってくれ」と。すると中川先生が電話口で「先輩の言うとおりやります、分かりました」と言うのが聞こえました。

德川 中川一郎さんは、どういう方でしたか。

宗男 もう亡くなって33年になりますから、国会議員でも知っている人のほうが少ないと思いますが、やはり北海道が生んだ大政治家でした。青嵐会を作ったりしたから右翼、タカ派のイメージがありましたが、非常に人情家で、「政治は弱い人のためにある、政治は恵まれない地方のためにある」と訴えていました。

 中川先生もお元気だったら、もっと別の展開があったと思いますけれどね。自ら命を断つくらい厳しい政治の現実があるということを私は身に染みて分かったし、厳しい権力闘争が時にはあるということも。

德川 北海道は魅力的な土地で、国際的なリゾートとして大いに発展していてもおかしくありません。北海道経済の低迷の原因は何だと思いますか。

宗男 北海道は歴史が新しいので、基礎的なインフラがきちんとできていません。新幹線がまだ来ていません。来年になってやっと函館、さらに十数年かけて札幌ですよね。高速道路も函館と札幌が、まだつながっていません。小泉政権からアメリカ型の格差が広がるやり方に変わりました。やはりハンディを負った中での新自由主義政策に、北海道はモロにやられてしまいました。小泉政権は毎年1割ずつ公共事業予算をカットしていきましたが、これは北海道も四国も九州も一律で、これが北海道の成長がストップする大きな原因でした。

 

政治家は利益誘導で良いと思っている

 

(すずき・たかこ)1986年北海道帯広市生まれ。米国トレント大学卒業後NHK入局。長野放送局でディレクターを務める。2012年新党大地公認で衆議院選挙初出馬・落選。13年繰り上げ当選。14年民主党公認で衆院選当選(2期)。現在現職国会議員で最年少(29歳)。民主党所属と同時に新党大地代表代理を務める。

(すずき・たかこ)1986年北海道帯広市生まれ。米国トレント大学卒業後NHK入局。長野放送局でディレクターを務める。2012年新党大地公認で衆議院選挙初出馬・落選。13年繰り上げ当選。14年民主党公認で衆院選当選(2期)。現在現職国会議員で最年少(29歳)。民主党所属と同時に新党大地代表代理を務める。

德川 次は貴子さんに伺います。貴子さんは北海道経済を良くする方策は、何だと思いますか。

貴子 鈴木宗男が復活することです(笑)。半分は冗談ですが、半分は本気です。北海道は小選挙区制のもとで、国会議員の数が多い地域です。では、その北海道から選出された議員たちが、国会の場でどれほどの存在感を発揮しているか。今、北海道の政治家と言って、一般の方の誰もが真っ先に思い浮かべるのは鈴木宗男であるという自信があります。それだけ北海道に政治的空白が続いているということです。鈴木宗男以後、「私は北海道だ」と言えるミスター北海道、ミズ北海道がいないのです。

德川 中央からのテコ入れなくして北海道経済は成長しないのでしょうか。

貴子 国会議員が仕事をしていれば、北海道は確実に今より元気だったと思います。

宗男 13年前の鈴木宗男バッシングの時、よく使われた言葉が「利益誘導の政治家・鈴木宗男」でした。私はね、利益誘導で良いと思っているんです。なぜかというと、政治家はそれぞれ選挙区を抱えている。選挙区を抱えている政治家が、自分の選挙区に愛着を持たずして、どうして日本の国に愛着を持てますか。私は誰よりも北海道にこだわりを持って、北海道が良くなれば日本が良くなると思ってやってきました。

 ひとつには、北海道は日本の食糧基地だからです。食糧自給率200%ですから。そして、北海道は癒しの場です。風光明媚な四季折々の自然の美しさ、大地の恵みは天からの贈り物です。私は何とかそれを活用して、北海道の自立を考えてきました。それから、やっぱり北方領土です。共産主義のソ連であれば領土問題は動かないと諦めていましたが、自由と民主のロシアになって、「これはいける」ということで、私も精力的にやって、2001年3月25日のイルクーツク声明なんかはね、一番領土返還が近づいた時でした。ところが、小泉政権になってアメリカに擦り寄って、日ロ関係がおかしくなる。それが俗にいわれる空白の日ロ関係10年です。

 

北海道ならではの大学をつくる必要性

 

(とくがわ・いえひろ)1965年東京都生まれ。政治経済評論家。翻訳家。徳川宗家19代目にあたる。慶応義塾大学卒業後、米ミシガン大大学院で経済学修士号を取得。国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部、ヴェトナム・ハノイ支部に勤務後、米コロンビア大大学院で政治学修士号を取得。『自分を守る経済学』『日本政治の大転換』など著書、訳書多数。

(とくがわ・いえひろ)1965年東京都生まれ。政治経済評論家。翻訳家。徳川宗家19代目にあたる。慶応義塾大学卒業後、米ミシガン大大学院で経済学修士号を取得。国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部、ヴェトナム・ハノイ支部に勤務後、米コロンビア大大学院で政治学修士号を取得。『自分を守る経済学』『日本政治の大転換』など著書、訳書多数。

德川 私は千歳空港から札幌駅まで鉄道をノンストップで走らせれば、随分違うと思います。それから、北海道民と道庁のお金だけで北海道大学に匹敵する大学をつくる。これらがすぐに思いつく成長戦略です。

宗男 札幌と千歳にリニアを引っ張ろうという話があったんです。ただ、北海道側が引けましたね。実は北海道はリニアにとっては理想的な地形です。今、東京―名古屋間のリニアが莫大な費用を必要としているのは、トンネル掘削をたくさんしなくてはならないからです。北海道は真っ平らですから、お金が掛かりません。リニアと言っても、新幹線みたいなものでいいんです。

 それから、鉄道、飛行機、船をうまく組み合わせるのがこれからの時代の交通政策だと考えています。例えば苫小牧港は北海道有数であるのみならず、日本有数、5本の指に入る港なんですよ。そこにクルーズ船で来た観光客を、新幹線やリニア、飛行機で北海道各地に送り込む。

 それから大学ですが、北海道には北大だけでなく、いろいろと良い大学があります。例えば室蘭工業大学は北海道版の東工大です。札幌医科大学も、旭川医科大学も十分機能していると思います。ただ私は札幌に大学を置くよりは、旭川だとか、あるいは道東―釧路、根室の大平原に大学をつくるほうが良い。札幌にはススキノという日本でも1、2を争う歓楽街がありますが、青い火、赤い火の見えるところで学生に勉強せいと言っても無理ですよ。そこから施設を移動して、大自然の中で勉強させる。北大なんかも本当は根釧平野に移して、広々とした平原の牛や馬を見ながら、阿寒の山や知床の山、時には北方領土を見ながらゆったりと勉強できる環境をつくるのが必要でないかと。

德川 そんな寂しい場所では教員の確保が難しいのでは?

宗男 要は待遇ですよ。飛行機だと、札幌―東京も1時間半、東京―釧路も東京―帯広も1時間半強で、あまり差がないんです。居住環境をきちんとして、地方に来るリスクに見合った待遇をすれば、学生も先生もなんぼでも確保できると思いますね。

德川 貴子さんは、どう考えますか。

20150407_KOU_P05貴子 これは私自身の昨年の選挙の反省点の1つでもあるんですが、「アベノミクス選挙」だという報道もあって、みなさん経済の話に重きを置きがちでした。ところが世論調査を見ると、教育や福祉に対する関心のほうが非常に高くて、特に選挙の中盤に入ると、経済政策よりも教育、福祉に対する関心が上回る逆転現象が起きていました。自分の選挙区の北海道7区―釧路管内、根室管内、北方領土では、地方都市でも教育に対する意識が高いんですよ。本来であれば教育を受けることによって誰もが公平にチャンスを得ていたにもかかわらず、今は教育によって格差が生まれてしまうという本末転倒な状態です。そうした問題を解決するには、「北大を目指せ」ではダメで、さっき代表(宗男氏のこと。新党大地代表)が言ったように、「北大にもできない、ここならではの大学を目指せ」でなければならない。例えば、極論ですけれども、北方領土やサハリンから毎年30人ずつ留学生を受け入れるとか、あるいは語学に特化するとか。スペシャリティー、ニッチなものに特化することに大きな可能性があると思います。

 

鈴木宗男が娘・鈴木貴子に感じた政治家のセンス

 

(すずき・たかこ)1986年北海道帯広市生まれ。カナダ・トレント大学卒業後NHK入局。長野放送局でディレクターを務める。2012年新党大地公認で衆議院選挙初出馬・落選。13年繰り上げ当選。14年民主党公認で衆院選当選(2期)。現在現職国会議員で最年少(29歳)。民主党所属と同時に新党大地代表代理を務める。

(すずき・たかこ)1986年北海道帯広市生まれ。カナダ・トレント大学卒業後NHK入局。長野放送局でディレクターを務める。2012年新党大地公認で衆議院選挙初出馬・落選。13年繰り上げ当選。14年民主党公認で衆院選当選(2期)。現在現職国会議員で最年少(29歳)。民主党所属と同時に新党大地代表代理を務める。

德川 政治家としての人付き合いの極意を、貴子議員に伝授されているのでしょうか。

宗男 いろいろな話はしますが、特別ああしろ、こうしろとは言いません。やっぱり私の後ろ姿を見ているから、どう付き合うか、自分の立ち位置をどこに置いておくかというのは、私から見れば勘が良いし、きちんと判断している気はしますね。

貴子 鈴木宗男って多分、世の中の皆さん、周囲の国会議員の皆さんもそうですけれども、逐次「ああしろ、こうしろ」みたいなことを、悪く言えば口うるさく、良く言えば懇切丁寧に教えているというイメージがあります。でも、けっこう放任主義ですね。それはいかがなものかと思いますけど(笑)。人間・鈴木宗男の歩みみたいなものは、もちろん見て来ました。後ろ姿しか見る機会がなかったというか。父は普段、家の外にいて、小さい時はテレビで見るほうが多かったので。

 政治家として、例えば国会、永田町において、あるいは役人を前にして、どう物事をさばいていくか、という姿は、一度も見たことがないんですよ。ムネオイズムを鈴木イズムに変えるために、もう少し何かあったほうが良いんじゃないかと思うんですが、それを1度言った時に、鈴木宗男の口から出て来たのは、「そんなことも分からないのであれば、それはお前にセンスがない。それが分からないようであれば、有権者が判断してお前はいなくなるから、悩む必要もない」と。なかなか……ひどい話ですよね(一同、笑う)。

德川 宗男代表は、本当は手を取り、足を取りして、教えたいのが本音じゃないでしょうか。

宗男 本音というかね。持って生まれたセンスというのは、あるんですよ。鈴木貴子が政治家に向いていなかったら、誰も声を掛けてきません。「貴子、出るべし」というのは、全く血のつながりのない第三者の声でしたから。次男坊の行二も向いていますけれど、「俺よりも貴子のほうが向いている」と言って、それで貴子に決まりました。私が新党大地を立ち上げた時に、娘が19歳で応援演説をして、そのインパクトが強いから、周囲の人は圧倒的に鈴木宗男のDNAはこっちのほうが強いという受け止め方をしたんですね。

 

政治家・鈴木宗男をつくった中川一郎の教え

 

(すずき・むねお)1948年北海道足寄町生まれ。拓殖大学在学中より中川一郎衆議院議員の秘書を務める。83年衆議院初当選。北海道開発庁・沖縄開発庁長官、内閣官房副長官、議院運営委員長、自民党副幹事長、総務局長を歴任。2002年自民党離党後、04年参院選出馬・落選。05年新党大地を結成、代表に就任。同年衆議院復帰(8期)。10年懲役刑確定により失職・収監を経て現在に至る。著書に『汚名〜検察に人生を奪われた男の告白』『政治の修羅場』など多数。

德川 次に宗男代表に話を戻します。学生時代から中川一郎さんの秘書をされていたとのことですが、学生秘書というのは、どんな感じだったのでしょうか。

宗男 大学4年の前期で全部単位を取ったので、9月3日から学校に行かないで、びっしり議員会館の中川事務所に詰めておりました。ちょうどその年、1969年の12月に選挙がありましたから、中川先生にぴったり随行です。秘書になって初めて飛行機に乗れるのがうれしくてね。貧乏学生だったから、いつも学割の汽車で、しかも寝台を使わんで、普通の列車で。混んでいて青森―上野間立ちっぱなしなんていうこともありました。

德川 政治家としての秘訣は教わりましたか。

宗男 教わりました。人間関係を大事にせい、と。政治家で大成するかどうかは、人間関係が細いか太いかだ、と。それから、上にお世辞を言う必要はない、下に気を使え、とも教わりました。自分より年上の人は黙っていてもいなくなるのが自然の法則だが、下の者は伸びてくる。その下の連中をいかに使うか、いかにして彼らの支持を受けるかが大切なんだ、ということです。

 役所の局長にジョニー・ウォーカーを1本持って行くよりも、一課員に焼酎を1本持って行けと。もらい慣れしている局長は「またか」ですんでしまうけれど、下の連中は感激して忘れないし、役所にいる時間が長いんだと。私はこの教えを守ってきました。今もその教えは生きています。よく鈴木宗男は恫喝したとか腕づくで予算を取ってきたとか言われますが、役所とは信頼関係、人間関係がしっかりしているんです。中川先生の教えを守ってきてよかったと思っています。

德川家広氏(政治評論家)

德川家広氏(政治評論家)

德川 前回、石原慎太郎元都知事の回でも話題に出た議員集団の青嵐会には、中川一郎さんも参加していました。青嵐会は何を目指していたのでしょうか。

宗男 やっぱり自主憲法の制定と、日本国家の真の自立でしたね。あとは日本人の信義と節度、失ってはいけない日本人としての立ち位置、心を守らなくてはいけない。青嵐会を作ったのは73年でしたが、当時は右翼だと言われましたね。しかし、その後の日本の政治の流れを見ると、青嵐会の精神は生きているなという気がします。ただあの時、血判を捺したのが誤解のもとですね。この血判を言い出したのは石原慎太郎先生だったんですよ。なぜかというと、参議院議員になって参議院の改革をしようとしたら、みんな賛成したけれども、いざとなったら逃げてしまった。あの時、自民党を割って、河野謙三さんを担いで参議院議長にしたのが石原先生でしたね。石原先生には、本当に政治家はだらしない、約束を守らない。だから血判でもって団結を保つんだ、という思いがあったのでしょう。

 青嵐会には藤尾正行という、いつもふんぞり返っているタカ派の政治家がいて、この藤尾先生がびびっちゃったんです。安全剃刀で指を切るのに、藤尾先生が「血が出ない、俺には血がないのか」と言っていたら、中川先生が「藤尾、お前、指を切っていないんじゃないか?」と言ってばっさり切ったら血がどくどくと出て、藤尾先生は気を失ってしまいました(笑)。考えてみると真剣に魂を持って、日本という国を考えた集まりだったという感じです。

 

「鈴木宗男の娘」という部分は使わせてもらう

 

20150421_SUZUKI_P01德川 ロシア外交といえば宗男代表ですが、ロシアの現状については、どう見ていますか。

宗男 プーチンさんについてはいろいろ言われていますが、彼は人情家です。4回ほど会いましたが、気の優しい人だと思います。KGB出身だから冷酷だろうというのは、本人を知らない人の言うことです。

德川 ウクライナ問題でも、原油価格の下落でもロシアは苦しんでいます。これは日ロ関係にとっては良いことでしょうか。

宗男 ロシアというのは世界一のエネルギー資源大国です。ソ連崩壊直後のロシアの経済は、今の10倍悪かったけど、自立してやっていました。人的レベルが高いんです。油の値段が上がらない要因はさまざまですが、ロシアはびくともしないと考えています。外貨準備が莫大ですから、2、3年は心配することはないと思います。一方、ヨーロッパは農産物等の輸出規制をしましたが、それによってロシアの農家が潤っているんです。たくさん物を作れますし、値段が上がっていますから。こうした視点が足りないですよね。ロシアが大変なのは事実ですが、致命傷になるとは思わないです。

德川 相手が弱っているのにつけ込んで北方領土を取り返す、などというのは好ましくない?

宗男 それは、国益にはかないません。

德川 最後に、貴子議員は、政治家としてムネオイズムを継承されようとしているのか。鈴木貴子カラーはどこで、いつくらいに出していくつもりですか。

貴子 おのずと出るのがベストですよね。無理に、いつまでにとか、そういう時間軸というのは、正直、考えていません。ただ、私は確実に鈴木宗男がもう1度、果たしたい目的のためにタスキを掛ける日がくるだろうと思っています。そうなった時には、今とは関係が変わると思いますし。まあ、似ていますからね、私たち(一同、爆笑)。

 例えば自衛隊の式典で演説をすると、自衛官の人に「お父さんが政務次官で来られた時の演説も聞いているけれども、話の持って行き方が、やっぱりそっくりですね」と言われたり(笑)。私はそれを最大限、使おうと思っています。既に似ている部分でもそうですし、鈴木宗男の娘という肩書も使いますし、鈴木宗男が持っている経験、人脈、ありとあらゆるものは使う。それが政治家としてのプラスというか、地元の人に還元できるのなら私は大いに使います。だから鈴木宗男代表、もっと頑張ってください。生涯現役ですから、という思いです。

文=德川家広 写真=幸田 森

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