政治・経済

沿線開発による収益が大きな比重を占める私鉄企業では、中長期的な視野に立った経営が要求される。同時に、社会や国家に対するビジョンをしっかりと持つことが、株主の理解を得るためにも必要だ。今回は、京阪電鉄のトップを経験し、現在、大阪商工会議所会頭を務める佐藤茂雄氏をゲストに迎え、コーポレートガバナンスについての考えを聞いた。 構成=本誌編集長/吉田 浩 写真=幸田 森

政治家が賃上げを要求する違和感

(さとう・しげたか)1941年生まれ、大分県出身。65年京都大学法学部卒業後、京阪電気鉄道入社。95年取締役、99年常務取締役を経て2001年社長に就任。07年最高経営責任者(CEO)取締役会議長、11年取締役相談役、13年最高顧問。10年大阪商工会議所会頭に就任。JPXほかの社外取締役を務めている。

(さとう・しげたか)1941年生まれ、大分県出身。65年京都大学法学部卒業後、京阪電気鉄道入社。95年取締役、99年常務取締役を経て2001年社長に就任。07年最高経営責任者(CEO)取締役会議長、11年取締役相談役、13年最高顧問。10年大阪商工会議所会頭に就任。JPXほかの社外取締役を務めている。

牛島 佐藤さんは以前から「民の底力」という言葉を発信されている。この言葉を私は、素晴らしいと思います。今、政官が一体となってアベノミクスを押し進めているのですが、それを実現するのはまさにビジネスマンです。そのときに、佐藤さんが言う「民の底力」というものは、1つのキーワードになると思っています。

佐藤 安倍首相はずっと「賃上げ」を訴えているのですが、私のような人間から言わせていただくと、そんなことを政治家に言われる筋合いはないということなんです。経営者であれば、誰しも、従業員のことを考えています。賃上げはいつでもしたい。しかし経営というものは継続性が大事ですから、賃上げをして、業績が悪いからすぐに下げるということはできない。だから、慎重になる。一度上げた賃金を下げるということに耐えられる経営者は少ない。アベノミクスが本当に軌道に乗ったと確信できたら、多くの経営者がすぐにでも賃上げを実行するでしょう。従業員の幸せを考えない経営者なんていませんから。

牛島 政治家が賃上げの要求するのはせんえつだということですね。

佐藤 私は大阪商工会議所にいて、東京から離れているから強く感じるのかもしれませんね。

牛島 それは大阪にいるからというよりも、以前から佐藤さんの発言をお聞きしていると、もともと、そういうお考えなんだろうなと感じます。

佐藤 私が京阪電鉄の社長に就任した頃、創業100周年ということもあって、創業時のことを調べてみましたら、渋沢栄一氏の話が出てきました。渋沢氏は民の力での殖産興業を図った人です。そのまま政治の世界にいたら、それこそ、総理大臣にまでなったかもしれない。しかし、国を豊かにするのは民の力だと考えて野に降りた。その影響は強いですね。

牛島 あの人は興味深い人ですね。『徳川慶喜公伝』も書いていて、見るべきものをきちんと見ていたんですね。

佐藤 あとは福沢諭吉の影響もあります。独立自尊の精神です。

牛島 その「独立自尊」の精神こそ、資本主義の良さだと思うのです。世の中を良くするための人類の知恵が結集されたものが、上場会社という制度であり、資本主義だと思っています。しかし、そこから「独立自尊」の精神を取ってしまったら、中身がない。福沢諭吉の言葉の何が良いかというと、従業員一人ひとりが独立自尊だからなんです。働いて給料をもらうということは広い視点で見ると、社会に雇われて、自分の仕事でお返ししている。つまり、自分は独立し、社会に貢献している、だからプライドを持っていいんだということになる。ただ、それはリーダーあってこそなんです。会社を引っ張るリーダーが必要で、リーダーがいるから従業員も大きな意味を持って働ける。

佐藤 リーダーというのは、自分の利益や会社の利益を通して社会に貢献するのは当然として、自分の事業をもって国家、社会に貢献するんだというビジョンと使命感を持った人でないといけない。

企業のリーダーに公私混同など論外

(うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

(うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

牛島 私は、大企業のトップは聖職だと思っています。それは望むと望まざるとにかかわらず。

佐藤 “私”に生きてはいけません。公私混同など論外ですね。

牛島 使命に生きることができる人は、限られた人だと思っています。そういった資質が求められる。

佐藤 公に生きるというのは、どうすれば身に付くのか、難しいですね。

牛島 そこで佐藤さんにお伺いしたいのは、民間企業のトップという職に就くことと“公に生きる”ことはどのように結び付くのかということです。

佐藤 難しい質問ですね。大阪商工会議所が運営する大阪起業家ミュージアムというものがあります。そこには、松下幸之助さんをはじめ、多くの起業家の資料が揃っているのですが、その中にヤンマーディーゼルの創業者、山岡孫吉さんの「燃料報国」という言葉が残っています。戦時中の話だと思うのですが、燃料で国に報いる。日本は資源がない国で、燃料がない。だからこそ、効率が良いヤンマーディーゼルを開発して、燃料で国に貢献しようという考えなんです。最初はヤンマーも小さな会社だったと思いますが、それでも、報国を考え、事業を興した。そういう人が創業し、その理念が伝えられたからこそ、あのように大きな会社に成長したのではないでしょうか。

 大きくなった会社に後から経営者になった人には、その感覚は分かりにくいかもしれません。しかし、創業時の理念に立ちかえって、再認識する必要があるのではないでしょうか。

牛島 佐藤さんも大きな京阪電鉄の社長となり、創業時のことを調べたからこそ、そういったことにお気付きになられたのでしょうか。

佐藤 そういった面は大きいと思います。

会社文化を考えた上でのコーポレートガバナンス

20151103_USHIJIMA_P03牛島 佐藤さん自身が経営者として多くの経験をされて、その後は社外取締役の経験もおありですが、その経験から考えて、社外取締役の意義というものはどのようなところにあると思われますか。

佐藤 いろんな会社、組織を見させていただきましたが、本当に会社によって風土、文化が違う。その中で、一律に「こうしたほうがいい」なんて言えないんです。それぞれの会社が適者生存の法則の中で、苦労して成長してきている。だからそこで「これが正論だ」と意見をぶつけるのは、おかしいと思いますね。その会社の文化を考えないといけない。

牛島 そういった点で、コーポレートガバナンス・コードは、一律に「こうしろ」とは言っていない。コンプライorエクスプレインなんです。これは実情に沿っているのでしょうか。

佐藤 実情に沿っていると思いますよ。その上で企業は世界に互していくにはどうすればよいか、日本を豊かにするにはどうすればよいかを真剣に考えていかなければならない。

 最近では、ROEをいかに高めるかに関心が向いていますが、私は京阪電鉄の社長時代にROEに関する本を購入したことがあります。なぜそんな本を買ったかというと、IRで世界中の投資家に会うわけです。そこでやはり投資家から評価されたい。株主を大事にしないといけないと考えた時に、ROEをいかに高めるかという話は分かりやすかったんですね。

牛島 株主が自分たちにとってどういった存在かということですね。

佐藤 私鉄会社の場合、個人株主が非常に多いんです。株主=お客さまなんですね。だから優待割引や安心、安全の提供、生活の利便性の提供が株主のメリットになる。それはありがたい話なのですが、株価を上げようと思ったら、機関投資家を無視できない。電鉄という事業の特性上、機関投資家も多くは長期保有が基本なのですが、利益を上げるには時間がかかるということを理解してもらうことが大変でした。

 京阪電鉄の社長時代に、時価会計制度が導入されて、それまでの含み損をすべて顕在化させないといけなくなった。私鉄のビジネスモデルの基本は、沿線開発にあります。当社のくずはモール(大阪府枚方市)もそうですが、安い土地を大量に購入して沿線開発で価値を上げていく。そうなると、一朝一夕でどうにかなるビジネスではないのです。土地の価格の上下もあって、含み益、含み損が出てきます。それをすべて顕在化させろという話で、当時は含み損が多かった。剰余金はありますが、利益がないのに剰余金を取り崩して配当を出すのはおかしいということで無配当にしました。当時は新聞で「京阪、無配当」といった見出しが躍りましたが、それを出直しとして、立て直しを決めたんです。(次号、後編に続く)

 
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